第四章 謎の通り魔の正体・その12
『それで私、ついでに、もし慶一郎さんが、またアンディードに会ったときのこともシミュレートしてみたんですけどね』
考える俺にマーティが話をつづけた。
『まず、アンディードの前で、アンディードとは絶対に言わないでください。おそらくアンディードは、自分の本当の名前が相手に知られてるとは思っていないはずですから。君、とか、あのー、って呼びかけておけば、とりあえずなんとかなると思います』
「なるほどね。それはもう少し早く教えて欲しかったな」
『いま何か言いませんでしたか?』
「いやべつに。じゃ、もしもの場合の質問なんだけど。俺がアンディードの本当の名前を知っているってことを、アンディード本人が知ったとする。そのとき、俺はアンディードを前にして、どうすればいい?」
『――そうですね』
スマホのむこうで、マーティが少し考えこむように沈黙した。俺の前で、アンディードの瞳が妖しい光を放っている。
『吸血鬼の呪詛因子が混ざっているんですから、アンディードは、あらためて催眠術を使って、慶一郎さんから記憶を奪おうとすると思います。それが吸血鬼の基本パターンなので。前のときは、たまたま催眠術にかからなかった、くらいに判断するでしょうし。だから、そのときは催眠術にかかったふりをして、しばらくぼうっとして、途中で我に返ったみたいな顔をして、あれ? 何をやってたんだ? くらい言っておけば、それ以上、話は大きくならないと思いますよ。アンディードだって、自分が破棄されずに生きていることを公にはされたくないでしょうから』
「そうか」
俺の相槌と同時にアンディードの瞳から光が消えた。この手は無理だと判断したらしい。
「じゃ、さらに質問なんだけど。もし俺が人造人間で、催眠術が通用しないってことまでアンディードに知られたら、そのときはどうなるんだ?」
『――そうですね』
スマホのむこうで、マーティが少し考えた。
『そのときは、どうしようもないから、アンディードも口封じ目的で、慶一郎さんに襲いかかってくるんじゃないでしょうか?』
「ふむ。やっぱりそうか。まあ、そうなって当然だろうな」
つまり、いま俺は大ピンチってことか。
『でも、そこまでは心配しなくても大丈夫だと思いますよ。そもそも、不死街に行きさえしなければ、そんな最悪なことにはならないと思いますから。だから慶一郎さんは、そのアンディードのことをいまから警察に通報すれば、もう一件落着です』
「話はわかった。ありがとうな。で、もう一個、さらに追加で質問なんだけど」
『あれ? まだあるんですか。なんですか?』
「いままでの人生で、タイミングが悪いとか、ドジって言われたことはないか?」
『は? なんですかその質問? ――まあ、あるかないかって言われたら、ありますよ。だからプルトニウムの件もバレちゃったし、私、勝手な思いこみで慶一郎さんに真名を教えちゃったし』
「あーそうか。それもそうだったな。じゃ、仕方ないか」
『仕方ないって何がですか?』
「気にしないでくれ。じゃ、また明日な。――明日なんてあるのかな」
「いま何か言いませんでしたか?」
「いやべつに」
俺は電話を切った。スマホをポケットにしまい、アンディードを見る。アンディードが静かに口を開いた。
「いまの女性が誰なのかは、教えてくれないわけですよね?」
「個人情報だからな」
俺は少しだけほっとした。機械越しのおかげで、ちゃんと女性の声に聞こえていたか。これでマーティが特定されることはないだろう。
「では、そのスマートフォンのパスワードを教えていただけますか?」
「それも個人情報だからな」
「そうですか。困りましたね」
「俺もだ。さて、どうしようか?」
「それは慶一郎さんがどう行動されるかで、こちらの対応も変わることになりますが」
「じゃ、どう行動するのか、少し考えさせてくれ」
「わかりました。では、三分だけ待ちます。返事が来るまで、ここから帰すわけにはいきませんので、そのおつもりでいてください」
「はいよ」
俺は首をひねった。とはいえ、こんな状況で妙案がでるはずもないのは明白だった。




