ログイン中毒〜逃げないで!〜
バトルイベントの優勝報酬として、マテリアルブレスレットに装着するストーンが2つ選べたので、俺はマジックストーン(10)とスピードストーン(10)を受け取り、マテリアルブレスレットに装着した。
「いい試合だったな。」
「完敗です。」
俺とメガネくんは、再戦を約束して別れた。
その後、前回のイベントと同様に、シグレの妹であるメイプルが経営しているシロップで祝勝会を開く。
どんちゃん騒ぎをした俺達は、現実世界の時間が既に、6時になっていると気付くと、直ぐにログアウトした。
俺は直ぐに出勤の身支度を済ませ、買っておいたパンを咥えながら車を運転して、警察署へと出勤する。
「おはよう大野さん。」
「おはようございます係長。」
俺は大野さんと並んで警察署へと入る。
駐車場から警察署までは、昨日のバトルイベントの話や祝勝会の話をした。
更衣室に行き、素早く制服へと着替えを済ませ、本日の勤務を開始する。
今日は、大野さんとペアでパトカーに乗って勤務を開始した。
助手席に座る大野さんへと顔を向けるが、相変わらず大野さんの顔は髪の毛で隠されている。
大野さんって、実際どんな顔をしているんだろう?
一応弁明しておくが、大野さんの方を見たのは、信号待ちの時だからな!
走行中の脇見運転は、事故の元だ。
俺は一体誰に弁明しているんだ?
と、脳内で一人コントをしていると、110番が入電する。
『引きこもりの通報。当事者の母親からの通報で、不登校の息子が、最近部屋から出てこないとのこと。』
「引きこもりか。」
「NMが発売されてから、この手の通報が増えましたよね。」
「そうだな。この間行った現場なんて、両親がNMにログインしっぱなしで、育児放棄していたからな。近所の人から、子供の鳴き声がずっとしているって通報が無かったら、 大変なことになっていたな。」
「そうですよね。あの時の両親、全く反省していなくて、三日後にも同様の通報が入ったから、子供を警察で保護して、施設へ預けたんですよね。
「そうそう。両親なんて、『これでゲームに集中出来る』とかふざけたこと言ってたからな。」
子供を持つ資格の無い親だな。
いや、あんなのは親とは言えないだろう。
そんな会話をしていると、通報のあった現場へと辿り着いた。
インターホンを押し、通報した母親に案内されるままに、自宅の中へと入った。
「110番で話した通り、高校生の息子が部屋から出て来ないんです。」
「息子さんは、不登校とのことでしたが?」
「……はい。学校で虐めを受けていたようでして。高校に入学して直ぐ、不登校になってしまいました。当時は、部屋にこもり切ることは無かったのですが、ここ最近、ゲームを買ってからはずっと部屋から出て来ないんです。」
「少しくらいは、部屋から出てくるんですよね?」
「扉の前に朝昼夕と置いているんですが、朝と夕飯の二食しか食べていません。食事の時とお風呂の時しか部屋から出て来ません。」
現実世界で虐めに遭い、仮想世界にってことか。
てか、どんだけログインしっぱなしなんだよ。
俺は、母親に息子の部屋まで案内してもらう。
「大島良太君。堂平警察署の雲河原です。少しお話し出来るかな?」
俺は部屋の扉をノックするが、ログイン中なのか部屋から返事が無い。
俺は、再びドアをノックした。
「……はい。」
どうやら今はログイン中では無いようだ。
「部屋に入れてもらえるかな?」
扉が開くと、部屋の中には見知った顔の人物が居た。
しかし、俺が知っている人物は、もっと自分に自信を持った表情をしていたが。
母親には、リビングで待つように伝え、俺と大野さんの二人で部屋に入る。
「警察? 母さんが呼んだんですか?」
「そうだよ。部屋から出てこないって、お母さんが心配しているよ。」
「……知りませんよ。」
「何で部屋に篭ってるんだ? 現実から目を背けているのか?」
「関係ないでしょ!?」
机を叩きつけて、反論して来た。
「あの世界は、なりたい自分になれる。強ければ誰も俺を馬鹿にしない!」
「現実から目を背けるの?」
「煩い! 関係ないだろ!貴女だって、髪の毛で顔を隠してるじゃないか! 素顔を晒せないんだろ! 貴女だって現実から逃げてんじゃないか!」
大野さんの一言に噛み付く。
「……そうだね。私もずっと現実から逃げて来た。私もねNMをやってるんだ。NMの世界で、久し振りに素顔を外に出せたの。すぅっごい気持ちよかった。これならリアルでも素顔を出せるかもって思ったんだけど、やっぱり素顔を出せなかった。……でもね、バトルロイヤルでのメガネくんの戦いを見て思ったんだ。
私もいつまでも逃げてちゃダメなんだって。」
そう言うと、大野さんは自分の前髪を掻き分けた。
「え?」
「え?」
俺と大島良太ことメガネくんが同時に驚愕の声をあげた。
大野さんの顔は、紛れも無くスノウそのものだった。
髪の色を除いて。
「え? スノウさん?」
「私は、メガネくんに勇気を貰ったよ。あの時、メガネくんは虐めっ子に立ち向かって、乗り越えたんだよ!」
「で、でも。」
いきなりの展開で、メガネくんはかなり動揺していた。
「俺と戦ったメガネくんは強かったぞ。」
「え?」
「戦闘も勿論強かったが、メガネくんの表情は自信に満ち溢れていたぞ。」
「も、もしかしてクラウドさん?」
「ああ。メガネくん、あの姿がなりたい自分なんだろ? 君は強い! 俺が保証する!」
「今迄、誰も俺を認めてくれなかった。」
「それでも俺は君を認める。」
メガネくんはその場に膝を着いて泣き崩れた。
こうして、メガネくんは学校へ再び登校を決意する。
「あっ!?」
メガネくんは、いじめっ子と校門前で遭遇した。
「あーー、悪かったな。」
「え?」
「ちゃんと謝ったかんな! それより、お前強ぇな! 今日帰ったら一緒にプレイしようぜ。」
「あ、うん。」
こうして、メガネくんは新たな一歩を踏み出すことが出来たのだった。




