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魔女は死を懇願する ー06ー

「なぜ私の言葉を信じていただけないのでしょうか」

「信じる?お前の言葉を?幼い頃から俺の顔を見たら『偽物』だの『まがい物』だの『ヨーク王国には相応しくない』だの散々いって来たお前の言葉を、なぜ俺が信じると思う!?」


 なるほど、これは根が深い。

 そういえばいつかのデートで、ゾーイは「昔から周りの者にそういわれてきた」といっていたことがあったが、その周り者とは柘榴のことだったらしい。

 化物学園でのゾーイの性格や立ち居振る舞いには、孤独と自棄と諦めが見え隠れしている。

 その要因のひとつに柘榴(わたし)の存在があったとは……


「………ゾーイ王子。私の言葉を信じられないのは当然でございます」


 正面から謝罪を述べても信じてもらえないというなら、方法を変えるまで。

 柘榴は瞬時にそう決意し、ゾーイに向かって出来るだけ優しい声色でゆっくりと告げる。

 ゾーイは余計に警戒したようだ、あからさまに眉を寄せた。


「私の14年間は謝罪をしても信頼されない、そのような人間だったのでしょう」

「その通りだ。君の言葉を信じる者など、もはやこの国には存在しない。まぁ君のご両親は別のようだな。君と同じで別世界のルールで生きているんだろう」


 王子は鼻で笑う。

 そのような態度がはたから見ると「バカにしてる」ととられ、ゾーイに近付く者が少ない原因にもなっているんだろう。

 大人からは生意気だと受け取られ、同年代と下からはバカにしてると受け止められる。

 しかし柘榴にとって14歳なんて生まれたての赤子と同じ。

 皮肉には皮肉で応じるが、それは本気ではない。

 じゃれ合いのような感覚だった。

 もちろんライバルとしてゾーイのことは認めているが、同時に可愛らしいなとも思う。

 孫に諭すような優しい気持ちで、柘榴は続けた。


「しかしゾーイ王子、今の私には頭を打ってからの記憶がございません」

(生まれる前の記憶はあるけれど)


 心の中でだけ、柘榴はそう付け足す。


「だから俺に謝罪を受け入れて許せって?今までのことは水に流せって?じゃあ君は溢れた水を一滴残らずグラスに戻せるのか?」


 ゾーイがイライラした調子で返した。


「一滴残らずグラスに戻すことはできませんが、グラスさえあれば新しい水を注ぐことはできます。今の私はグラスに注がれた新しい水。水に流せとはいいません、許してほしいとも思っておりません」


 処刑されたいので、むしろ水に流さないでほしい。

 そう思いつつ、柘榴は続ける。

 そんな柘榴の台詞は、天才的な頭脳を持つゾーイでも想定してなかった展開を迎えたらしい。

 もはや皮肉をいうことも忘れ、ゾーイは唖然としながら柘榴を見る。


 柘榴は微笑む。

 火の中で見せたあの妖艶な笑み。

 赤と金の目を細め、ゆったりとした口調で続ける。



「ただ、私が新しい水だということは

 どうかわかっていてほしいのです」



 そして柘榴は、ゾーイを見た。

 自分と同じ真っ赤な目を持つ王子。


「そして今の私から見れば、ゾーイ王子もまた新しい水なのです。今の私はあなたの過去も生まれも知りません。知りたくないとも思っています」


 知っているけれど。

 なんならスチルまで手に入れたけど。

 完全攻略したけれど。


「今の私にとって、あなたはただのゾーイ。この国の第四王子ゾーイ・カーティス・K・ヨーク。それ以上でもそれ以下でもありません。ですのでこれから私達は何にでもなれます。無関係な他人にも、知人にも、友人にも」


 ゾーイは真剣に話を聞いてくれている。

 改めて眺めても、整った顔をした少年だ。

 まばたきするのも忘れて、ゾーイも柘榴を見る。


「私は本心から謝罪を述べました。この言葉を信じるか信じないかはゾーイ王子が決めてください。ただその謝罪の言葉は『今の』私が述べたのです。『今の』あなたが判断してくだされば幸いです」


 そこで柘榴は言葉を紡ぐのをやめた。

 正攻法で謝罪が通じない場合の秘策「何となくいい感じのことを述べて、有耶無耶にしてしまう作戦」。

 要約すると「記憶喪失だから、過去の自分がしでかしたことまで責任持てない」というようなことをいってるだけなのだが、良さげに聞こえる。

 完璧だと自賛しつつ、しばし黙る。

 こういう場合はあまり多くを語るものではない。

 沈黙を怖がるなかれ!

 この時間も作戦の一部なのだ!


「…………なるほど」


 数分沈黙した後、ゾーイは静かに頷いた。

 困惑の表情を浮かべていた顔は、何だかスッキリしたように見える。


「確かに君のいうことも一理ある。謝罪を受け入れるよ。俺は大人気なかった」


 素直すぎてなんか怖い。

 何か企んでるのではないか。

 柘榴はそう思った。

 けれど謝罪を受け入れてくれたのは良いことだ、これで父の怒りもおさまるだろう。

 柘榴は胸を撫で下ろす。


「……ところで。話は変わるが、君の記憶は戻らないのか?」

「記憶、ですか?」


 なぜこのタイミングで?

 そうは思ったが、そもそも記憶喪失なのはゾーイ主催のお茶会で起こった事故が原因。

 主催者として現状が気になるんだろう。

 柘榴はそう考え、眉を寄せつつ答える。


「戻る可能性はある、そうお医者様はおっしゃっておりましたが……」

「戻らない可能性もある、と?」

「ええ。その可能性ももちろんあります」

「そうか」


 顎に手をやり、ゾーイは何事かを少し考えていた。

 柘榴が首を傾げていると、王子は続いての質問を投げてくる。


「記憶が戻ると、今の君はどうなる?」

「といいますと?」

「新しい水のことだ」


 つまり前世(わたし)ってことか?

 元よりこの魂は私のもの。

 今世の記憶を思い出したところで、何か変わるとは思わない。

 それを何と伝えればいいのか……

 柘榴が思案していると、ゾーイは続けた。


「元の君に戻るのか?」


 真剣な顔。

 そんなにアレか。

 前世の記憶を思い出してなかった頃の柘榴(わたし)が嫌なのか。


「ありえるかもしれませんね」


 そんなことあるわけないのだが、真剣なゾーイの顔を見るとついからかってしまいたくなる。

 柘榴は笑いながら返した。

 ゾーイもすぐに自分がからかわれていることに気付いたらしく、眉を寄せる。


「じゃあその時は、俺が階段からつき落とそう」

「あら。空気入れはあったかしら」

「空気入れ?」

「私のことを階段から突き落としたなんて父に知られた日には、ゾーイ王子はぺしゃんこになってしまうでしょうから……」

「ははは!間違いないな!」


 顔をくしゃくしゃにしてゾーイが笑う。

 ゾーイがそんな風に笑うのは珍しい。

 せっかく綺麗な顔だっていうのに、いつもは皮肉めいた笑みくらいしか浮かべないのだから。

 そう笑うと大人びた雰囲気は消え、年相応どころか少し幼く見えた。


 その後、練り切りを大量に抱えて帰ってきた芹は柘榴とゾーイが仲良く話している姿を見て驚愕を通り越して恐怖すら覚えて膝から崩れ落ちたのだった。

 それでも練り切りは死守していたので、柘榴は芹の底力を感じた。



今日もあと2回くらい更新します

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