闇夜に踊れ、恋が始まる ー21ー
「…………俺の気持ち?」
「はい」
「だから…………婚約破棄を」
「でもそれってゾーイの気持ちではなくないですか?」
「…………え?」
まるで柘榴が何かおかしなことでもいっているみたいに、ゾーイは何度かまばたきをした。
柘榴も柘榴で眉を寄せ、首を傾げる。
「そもそも前提として私達は別に婚約をしているわけではないので、このような話をすること自体がおかしいのですが……」
とりあえずそれは前置きして。
柘榴は冷静に続けた。
「ゾーイが婚約破棄をしたいっていうのは、私が死神だということで反対する者が多いんですよね。それは理解できます。私は悪役ですから!」
「何故そこで自信満々な顔をするのか理解できないが……それ以外は、そう。合ってるよ、正しい」
ふふふ、なんせ悪役令嬢ですのでね。
なんて高笑いしたい気持ちをグッと堪え、柘榴は続けることにした。
国中から嫌われるのは大歓迎!
だが、それは今いう必要もない。
「反対する人が多くて、期待に応えらない……貴方は国のために生きることこそがアイデンティティだから……わかります。よくわかります」
「ああ、だから……」
ゾーイの言葉を遮り、柘榴は彼を見た。
幼馴染で、美しき人造人間。
国の発展ために造られた、賢い王子様。
「でも今、ここにいるのは貴方と私だけ。『貴方』の意見は?」
ゾーイが形の良い眉を寄せる。
唇を噛んで、困ったように視線をさまよわせた。
柘榴は逆に薄く笑う。
「四方木家の姫としての意見を先にいいましょう……」
こほん、と柘榴はわざとらしく咳払いした。
それでは失礼致しまして……と椅子から立ち上がり、大きく手を広げる。
そう、まるで今から舞台で口上を述べる役者のように。
「この国で1番優秀なのは間違いなく我々鬼族だわ!!本来ならば王家として崇められるのは四方木家であるべき。まがい物ごときが鬼の姫である私と結婚したいなんて、笑わせないで?まぁでも、王妃になるのは悪くない……そこは本来ならば私の席だしね。貴方がどーーーしてもというならば、そうね、結婚してあげないこともないわ!!」
ビシ、とゾーイを指差した。
呆然とするゾーイに向かい、柘榴はにっこりと笑う。
悪戯が成功した子どもみたいに。
「これが四方木家の姫からの意見です」
「………………記憶が戻ったのかと」
「記憶は曖昧ではありますが、皆様からの意見や話を統合した結果、少し前の私はこのような感じだったかと!間違っておりましたか?」
「吐き気がするほど完璧だったよ、柘榴様」
心臓に悪い、とゾーイは呟きながら冷たい水をくみに、席を立った。
そんなに完璧だったのか!
柘榴は思わず笑ってしまった。
ゲームの中で何度となく「四方木柘榴」と対峙してきたかいがある、主人公として、だが。
「四方木家としては王家と結婚していた方がいい、という訳だな。そうすれば名実共に、四方木家はヨーク王国を制する……」
「ええ。それを嫌がる方は、正直多いと思いますね。四方木家に権力が集中しすぎる……しかし、四方木家の力……引いては鬼族の力というものはこの国にとっては魅力的だと思います。抜群の戦闘力ですからねぇ」
柘榴としては当然のことをいったつもりだったというのに、ゾーイはなんだかやっぱり少し驚いたようだった。
何か間違えました?
柘榴が尋ねると、ゾーイは少し笑って首を振る。
「君は俺が思うよりも馬鹿じゃなかったんだな、と改めて思っただけだ」
「あらやだ。賢い女がモテないなんて過去の話です。今の時代、女は知性。そして度胸。更には愛嬌。私のような完璧な女がモテる時代ですわよ」
「アハハ!それは失敬」
楽しそうに笑い、ゾーイは続きを促すように眉を上げた。
こういうふとした動作や、表情のひとつをとってみても「画になる」というのはゾーイならではだろう。
これがゲームならば、間違いなく今のシーンはスチルになっていただろうな……なんて、柘榴は思った。
「ここからは私の意見となります」
「ちょうど聞きたいと思ってた」
ちょうど?
柘榴が軽く聞き返しただけでゾーイは笑う。
この人、笑いの沸点が異常に低いんですね……と、柘榴は思いつつ小さく息を吐いた。
実はあまり考えていなかった。
それをいうとゾーイは絶対に「え?」というだろう。
というか、本当は…………
「婚約をしていないのだから破棄することに関して意見も何もいう必要はないんですけれども」
「それは置いとくって話だったのに、君はご丁寧に持ち上げてくれるね」
「力持ちなので」
ジョークと皮肉の言い合いは楽しい。
楽しいが、そうじゃなくて。
柘榴は軽く目を閉じてから、パッと開いた。
赤と金の瞳でゾーイを見る。
「正直にいいましょう」
「君はいつだって正直だからね」
ニヤニヤと笑うゾーイは、今から柘榴が発する言葉が正直な意見なんて信じてもいなさそうだ。
けれど、残念ながら。
柘榴は至って正直にいったのだった。
「私、あなたの隣に、私以外の女性が立つのは嫌です」
(この状況で婚約破棄されたら、化物学園の中での『柘榴』の設定が変わってきちゃうんですよ!!)
柘榴は心の中で強く強く拳を握りしめる。
これはそう、化物学園ヘビープレイヤーとしての個人的で正直な意見であった。
主人公ちゃんにヤキモチを妬かせ、悪役令嬢として完璧に処刑されるためには「この国の王子様の婚約者候補」という肩書きは絶対に必須!
入学前のこの状況で「柘榴様って婚約破棄されたの?婚約もしてないのに?ププッ、ザマァ」なんて思われてしまったら……!
主人公ちゃんは優しくて可愛くて完全完璧聖女様、生きる天使ちゃんなんだから柘榴に同情し、万が一にでも仲良くなってしまう恐れまである!!
(私の、私の完璧な処刑計画に狂いが生じます……!!そんなことは、そんなことはさせません!!)
柘榴は恋敵であり、ムカつく存在であり、国中から嫌われる存在であって!!
最高潮に嫌われている状況で華々しく処刑され、悪の華として一生を終えるのだから!!
柘榴様可哀想……なんて、ほんの少しでも思われたくない。その可能性があるもので潰せるものは全てこの手で潰す!
「ですので婚約破棄だけは絶対にいたしません!!」
柘榴はそれを強く誓いながら、はっきりと言い切ったのだった。
ふふふ、完璧な否定よ。
しかも四方木家が王位に介入することで、四方木家への権力の集中や四方木家へのヘイトが向くかも……とわかっている上でのこの発言。
これはもう「なんてワガママプリンセスなんだ」と、ゾーイも呆れているに違いない。
さらにいえば、この権力への執着。
これをゾーイに見せることによって、主人公ちゃんを柘榴が虐めるという伏線にもなるわけだ。
柘榴に愛する主人公ちゃんを虐めるつもりなど皆目ないが、虐めたという噂が立った時にスムーズにゾーイや他の攻略キャラ達もそれを信じるだろう。
そうして柘榴はもっと嫌われる。
ああ、なんて完璧な計画なんでしょう!
柘榴は胸中で自画自賛しながらゾーイに視線をやった。
そしてポカンとした。
「……………………ゾーイ、あなた」
パチパチとまばたきをして、今度は柘榴がゾーイを見る。
「お顔が真っ赤ですよ?」
え?何で……?




