闇夜に踊れ、恋が始まる ー17ー
「そういわれれば……ゾーイと全く会えないのですが、元気にしていらっしゃいますか?」
寒い冬が過ぎ、春の足音が聞こえてきたある日。
冬青と朝食をとっていた柘榴は、ふと思い立って尋ねた。
「そうですか?ああ……柘榴は王城に行きませんもんね。クフフ、お兄ちゃんはほとんど毎日会っているから久しぶりなんていう感覚、なかったなぁ。でも元気ですよ」
四方木家の庭に埋められている桜の蕾も膨らんでいる。
1つ年上の義兄はもうすぐ化物学園に入学だ、彼は寮に入る。
特権階級であるため、他の生徒とは違って冬青は平日であってもすぐに帰って来ることができる……とはいえ、毎日顔を合わせて学園生活もない今の状況とはやはり変わってる。
ゾーイの側近として任されている仕事の一部を引き継いだりといった細かなことが多く、冬青は毎日のように王城に出向いていた。
そしてそれはゾーイとて同じ。
来年には柘榴やゾーイも化物学園に入学する。
ブレイクやアルカードはまだ1年の余裕がある上に、ゾーイと同じ学校に入るためそれほど焦ってはいないが王子様はそうはいかない。
柘榴を溺愛している冬青ですら、忙しすぎて義妹の顔を見るだけが精一杯のこともあるくらいだ。
ゾーイの多忙さはこんなものではないだろう。
(けれどここまで家に来ないことは初めてですね)
「気になるの?」
「ええ、まぁ」
ちゃんとご飯を食べているのでしょうか……
せっかく美味しくお漬物を漬けることができたから、是非ともゾーイにお裾分けしたいと思っていたのに……
柘榴の「気になる」といえば孫を気にしている祖母観点であるが、冬青にそんなことがわかるはずもない。
冬青は何かいいたげに眉を寄せ、「ふーん」とだけ声を漏らした。
それにしても、日本人として転生した際に学んだ漬物。
久しぶりに漬けてみたがうまくいってよかったなぁ……なんて思いつつ、柘榴は食卓に並べてある漬物をひとつ口に入れた。
「ちょうどいい漬け具合で最高ですね」
漬物を漬け出した時はメイドや両親、義兄に正気を疑われたものだ。
そんな思い出込みで美味しい。
柘榴はうっとりと漬物を味わう。
「…………ところで柘榴。そのニンジン食べなきゃ駄目だよ?大丈夫だから。あまーく煮込んでいるから騙されたと思って食べてごらん?クフフ。あ、もしかしてアレかなぁ?お兄ちゃんにあーんってしてもらいたいのかな?甘えん坊だなぁ、柘榴ったら」
漬物に夢中になって現実から逃れようとしていたが、義兄は見逃さない。
柘榴のことは溺愛しているが、溺愛しているからこそ義妹の健康や美容に関しては誰よりも口を出してくる冬青。
柘榴がスルーしていたニンジンをつまみ、にこりと笑いながら差し出してくる。
観念した柘榴は、冬青にむけて口を開いた。
突っ込まれたニンジンを咀嚼していると、甲斐甲斐しくも冬青は柘榴の口を拭ってくれる。
ああこれ、この感じ、覚えがある……
遠い目をしながら柘榴はポツリといった。
「介護…………」
「何かいった?」
「いえ。実際に私はドシニアですのでお気になさらず」
「???うん」
まさか自分の義妹の魂が何百年も生きてきた魔女だなんて思いもせず、冬青は首を傾げていた。
「ざーーくーーーろーーちゃーーーん!あーーーそーーびーーーましょーーーーー!」
「柘榴!」
そうこうしていると聞き覚えのある声が響く。
冬青が入学するまでは彼の引き継ぎが優先されるため、時間が余っているといってブレイクとアルカードは連日のように遊びに来ているのだ。
「あらもうそんな時間ですか」と、慣れた調子で柘榴は時計を見上げる。
微笑む柘榴とは裏腹に、冬青は舌打ちをした。
「また来た……柘榴。遊びたくないなら遊ばなくていいからね?お前が断りにくいなら、お兄ちゃんが断ってあげようか?お前は生きてるだけで可愛いんだから何もしなくていいんだよ」
確かにーーー……
最近はいやに好かれているような気がする。
こっちは死刑に向けて邁進せねばならないっていうのに、こんな風に遊んでいていいのだろうか。
もっとポジティブに嫌われていく努力をすべきなのでは?
柘榴は一瞬だけそう思ったが、すぐに笑って力こぶを作った。力こぶなんて出ないけれど。
「ありがとうございます、冬青兄様。安心してくださいませ、いざとなれば私の腕力が火を吹きますよ」
まぁいいか、いざとなれば世界を征服して魔王目指そ。
そうすれば勇者が現れて退治してくれるだろ。
そのまま処刑されればいいや。
それに何より学園に行けばみんな気付くでしょう、何てったって柘榴は悪役令嬢なのだから。
けれどそれはヒロインがいてこそ。
ヒロインがいなければ悪役でも何でもない、今はただの令嬢なのだから。
「クフフ、何てことだ……うちの妹は世界で一番可愛いだけではなく、強さも兼ね揃えているなんて……こんなにも素晴らしい生き物が普通に生きていていいんでしょうか……?国の保護を求めるべきでは……?」
(魔女裁判の時、こうやって支離滅裂なことをひとりでいってる人おりましたね)
柘榴への愛が暴走している義兄を華麗にスルーして、柘榴は冬青の羽織りを手に取る。
懐かしいですねぇ、なんて全くもって気にしないまま、柘榴は冬青の肩に羽織りをかけた。
「お見送り致しますよ、冬青兄様」
「ありがとう、柘榴…………良い奥さんになれますね」
冬青の鞄を手に柘榴が立ち上がると、冬青が呻くように告げる。
微笑んでいるが、何処か辛そうな笑顔で。
「あら。私も良い奥様がいてほしいのですが」
「ははは!そうか」
なんだか楽しそうに笑ってから冬青は柘榴の頭を撫でる。
玄関まで見送るつもりだったが、「ここでいいですよ」といわれ部屋から出ていく義兄の背中を柘榴は見送った。
柱にもたれかかりながら、柘榴は金と赤の目を中庭に遣った。
光が差し込む中庭では、白と赤の梅が咲いている。
もうすぐ桜も咲くだろうーーー……柘榴は口の端を持ち上げた。
「私が死ぬのもあと少し……」
友人達の足音が近付いてくる。
ただの令嬢としての毎日は今しかない。
もうすぐ、あと1年と少しで学生と成る。
そして終わりが始まるのだ。
楽しみで楽しみで仕方がなかった。
「柘榴!来たぞ!」
「柘榴ちゃーーーん!ケーキ買ってきた!」
「ありがとうございます。おやつの時間に食べましょう」
にっこりと柘榴は笑った。
(それにしてもゾーイはどうしているんでしょうね)
近いうちに顔を見に行こうかしら。
あの人の好きな和菓子でも持って。陣中見舞いでも兼ねて。
○○○
「…………婚約、か」
その頃、王城ではゾーイが独り言を呟いていた。




