闇夜に踊れ、恋が始まる ー幕間:アルカードー
「普通」に生きていくつもりだった
「普通」こそが望まれている人生だと知っていた
『3世……わかっているわね?
あなたはヘイグ家のために生まれたのよ』
「普通」に生きていくつもりだった
人生というレールから外れることなく、普通に。
「柘榴は俺の飼主になった、首輪を貰う日が楽しみだ」
幼馴染は笑う、嬉しそうに。
「あいつは俺が護ります、この命に変えても。永遠に」
幼馴染は誓う、苦しそうに。
「何をしでかすかわからない。最高だよ、柘榴は」
幼馴染は喜ぶ、楽しそうに。
(ああ、ええなぁ……)
そう思ってしまった気持ちを、アルカードは抑え込んだ。
自分と幼馴染が違うことなんてよくわかっている。
彼らには特技や個性があって、残念なことに……もしくは幸いなことに自分には何もない。
才能や個性や特技は「特別」なものだ。
そういうものがないものが選ぶ道は2つだとアルカードは思う。
「普通」になるか。「普通」にはならないか。
アルカードには選択肢はない。
「普通」に生きていくのだ。
アルカード・ヘイグとして「普通」の学生として、男として、結婚して、子を生す。
だって自分は3世だ、同じ名をした人間が他にもふたり。
同じ名をしたふたりと、同じ人生を歩む。
普通の人生。変わらない人生。つまらない人生……
「つまらんと思うんは、比べてしまうからや」
自分の人生が他の人とも同じであれば、それは「普通」ではなくて「平均」だ。
だからアルカードは手を伸ばした。
その手は誰かを助けることもできるけれど、引きずり込むこともできることを知っているから。
普通の自分と同じ人生を他の奴も歩めばいい。
幸せじゃないか。
家柄のために生きて、家柄のために死ぬのだ。
それが「普通」だろう?
「普通」だろう?それが貴族の生き方だろう?
俺達の人生だろう?そうじゃないか。
「ブレイクが可哀想やで。あいつが結婚できんなったらどうするん?」
こっちにおいで。
みんなで普通になろう。
普通の人生を歩こう、普通に結婚して子を生して、家を繁栄させよう。
俺達はそのために生まれてきた。
それが普通だろう?
「同級生の女の子が飼主になるなんておかしいで。みんなそういってる」
普通じゃなくなるなんて可哀想だ。
愛しき幼馴染が悪名高い鬼姫の毒牙にかかるなんて可哀想だ。
ブレイクのことをもっと考えてあげろよ。
柘榴なら大丈夫、最初から普通じゃないから。
そういうところが好きだから。
でもブレイクは巻き込まないでよ、可哀想だろう?
柘榴にそう告げると、彼女の顔色が変わる。
一応なりとも柘榴にも家柄を守らねばならないという感覚はあるらしい、アルカードは胸を撫で下ろした。
柘榴は自分が何とかしてみせると自信満々に宣言し、ヘイグ家から出て行った。
よかった、これでーーー……ブレイクは「普通」になる。
アルカードのように「普通」に結婚して、「普通」に子を生して、「普通」に生きていける。
それが普通なんだ、そうだろう?
家を、血を、名を、名誉を、人生を守る
それが「普通」なんだーーー……
そうだといってくれ、頼むから。
「はっきりといっておく!!」
やめろよ、馬鹿げたことをするのは。
会場中にブレイクの声が響く。
アルカードは友人を見た、彼の側には燃えような赤。
炎のような赤。
「四方木 柘榴は俺の親愛なる飼主だ!
彼女への侮辱はそのまま俺への侮辱となる。
覚悟を持って文句をつけてこい。俺が相手になろう!」
ブレイクは柘榴を抱きしめ、力強くそう宣言した。
しん、と会場が静まり返る。
周囲の人間が怯えていることがアルカードにはひしひしとわかった、失望と戸惑い。
ブレイク・ルー=ガルーはおかしくなってしまった。
痛いくらいの沈黙は彼が「普通」というレールから振り落とされたことを物語っているように思えた。
普通じゃなければ駄目なんだ。
そうじゃないと家を守れない。
人生を、血を、名を、名誉を。
アルカードの視界の端で、チカチカと赤色が点滅する。
ブレイクはしっかりと柘榴を抱きしめている。
そんなことをしては駄目だ、今すぐに柘榴を離して宣言しないと。
こんな奴は知らない、と。
四方木 柘榴なんて大嫌いだ、自分に近づくな、と。
こいつは死神だ、と。
そうしないと「普通」には戻れない。
柘榴なんて。
四方木 柘榴なんて。
悪名高き鬼姫なんて。
好きになってしまってはいけない。
それだけで普通じゃなくなってしまう。
奇異の目で見られ、人々は口々に噂をして中傷し、正気を疑われる。
誰とも結婚できなくなる。
家を守れなくなる。
名誉を守れなくなるーーー……
普通じゃなくなる
それなのに、どうして
「どうしてそんなに大事そうに、柘榴ちゃんを抱きしめるん?」
まるでこれ以上大事なものなんてない、とでもいうように。
家柄なんて、名前なんて、人生なんて、血なんて、名誉なんて、そんなものどうだっていい、というように。
彼女だけが自分の全てだ、とでもいうように。
何もかもが。
間違っていないとでも、
そういうように。
それは普通じゃない、そうだろう?
俺の方が普通だろう?そうだといってくれ。
「あかん、で…………」
視界の端で赤色がチカチカしていた。
柘榴はブレイクに抱きしめられている。
柘榴はブレイクの飼主になる。
柘榴は、柘榴は、柘榴はーーー……
「柘榴は俺の飼主だ。俺達の話に口を挟むな」
あの城で喜ぶブレイクを見た時から、アルカードの胸の中には言葉にできない何かが広がっていた。
柘榴が飼主になってくれた、とブレイクが笑っていた時にも感じた「何か」。
言葉にはできない、それなのに苦しくて苦しくてたまらない。
視界の端では赤色がチカチカとしている。
危険だと警鐘しているかのようだ。
それ以上は駄目だと、近づくなと、考えるな、と。
口に出してしまうな。
その感情は口に出してはならない。
アルカードの手は柘榴の手を掴む。
赤色の瞳がアルカードを捕らえた。
チカチカと赤色が点滅するーーー
「柘榴ちゃんを独り占めせんといて」
自分の身体を流れる血が凍り付いたことを感じた。
息ができなくなる、突然周りの空気が消えてしまったから。
心臓が動きを止めたーーー……嗚呼、いけないことをしている。
そこまでして初めて気付いた、自分は。
ずっと彼女が好きだった。
「ちゃう……俺は、俺は普通や……ちゃうねん」
アルカード・ヘイグ・3世でなくなった時、自分に残るものはなんだ?何もない。
普通ではなくなってしまったら何も残らない。
柘榴がいたらそれでいい、なんていえるほどに自分は強くない。
自由には生きていけない。
名前が、家柄が、血が、名誉が、普通が要る。
普通じゃない自分には価値がない。
それなのにどうしたって。
どうしようもないくらいに。
柘榴が……誰かのものになってしまうことが嫌だ。
「大丈夫ですよ、アルカードさん」
彼女の温かい手が、アルカードの手を強く握りしめる。
まるで大事なものだとでもいうように。
「それでも好きですから」
にっこりと柘榴は笑う。
顔をくしゃくしゃにして、アルカードに笑いかける。
血が凍り付いて冷え切ったアルカードの身体に、新しい血が流れたのを感じた。
心臓が動き出して、息ができるようになった。
目の前では赤色がチカチカと点滅する。
「普通」に生きていくつもりだった
気がついた時には泣いていた。
余りにも柘榴が美しくて。
「えええ!?ご、ごめんなさい!!泣くほど嫌でした!?そうですよね!?ごめんなさい!!」
「アル、大丈夫か?」
こんなにも己は醜いっていうのに。
嫉妬して引き離そうとしたっていうのに、そんなことに気付きもせずに柘榴もブレイクも真剣に自分を心配してくれている。
頭を撫で、抱きしめ、お菓子を与える。
子どものように自分を甘やかす。
子どもなんかじゃないのに。こんなにも愚かなのに。こんなにも醜いのに。
それなのになんて世界は美しく優しいのだろう。
「普通」こそが望まれている人生だと知っていた
「どんな俺でも好き?」
わかりきっている問いを告げると、柘榴は笑った。
「ええ。好きですよ」
普通じゃない自分なんて価値がないと思っていた。
だから皆を「普通」にしてしまえばいいと、そう思った。
自分が特別になれないのならば、皆を特別じゃないものにしてしまえばいい、と。
柘榴が手に入らないのだとしたら、誰のものにもならなければいい、と。
何もかも捨てて彼女を手に入れようなんて思えない。
そう思っていた。
「普通」に生きていきたいから。
けれどーーー……
「でーーきた」
黒い闇を焼き尽くす炎。
「普通」を愛する自分は彼女の手を取った瞬間に死んだのだ、そしてまた再生した。
その炎によって。
「俺、知らんかったわ」
側にいた執事に向かって、アルカードはそう告げる。
赤色が点滅する。
何もかもを捨てて彼女を選ぶことはできない。
「めちゃくちゃ欲張りやったみたい、俺」
けれど柘榴を諦めることもできない。
もう「普通」には生きていけない。
ならば「普通ではない」道を選ぶだけ。
何ひとつ捨てることをせずに、彼女を手に入れよう。
ペットでもなく、兄でもない。
自分は彼女の一番近くに行く。
「柘榴ちゃんが普通じゃないならなんなん?死神?それがどうした!俺がヘイグ家の名を高めたる!完全無欠の家柄にして、誰にも文句なんていわせへん。柘榴ちゃんとスーパー幸せな家庭を築いたるねん!」
執事とメイドが盛大に拍手する。
ますますやる気を膨らませたアルカードは大いに盛り上がりーーー……次の日、寝不足で四方木家にて倒れたのはまた別の話である。
次はゾーイの話!
ブクマ、すごく嬉しいです(`・ω・´)




