闇夜に踊れ、恋が始まる ー16ー
「あかん、で…………」
か細い声が、沈黙を切り裂いた。
多種多様な亜人達の視線が交錯し、ひとりの男に向けられる。
ライトの下で煌めく金色の髪に、黒の着物。
血の気のない青白い肌は普段よりももっと白い。
呆然とした顔のアルカードは、声を発した自分に驚いているかのように唇を震わせていた。
「何がだ」
「そんなん……全然、面白くない」
「面白い?面白さで話をしていない」
柘榴を胸に抱きしめたまま、ブレイクが冷たく言い切った。
幼馴染であるアルカードが面白いことや楽しいことに目がないことを良く知っている、故に彼は不愉快そうに眉を寄せたのだった。
こっちは真面目な話をしているのだ、とでもいいたげに。
ああ、どうしよう。
分厚いブレイクの胸に押しつけられたままの柘榴は「あーー……」と声を漏らした。
何といえばいいだろう、アルカードはきっとブレイクを心配しているのに。
面白くない、なんて本音ではないはず。
柘榴を飼主にしたことによって、ブレイクが結婚できなくなることを嘆いていたくらいなのだから。
それなのにアルカードとブレイクは睨み合っている。
(誤解を解かなくちゃいけませんね……!)
けども、だ。
何といえばいい?
「アルカードさんはブレイクが私を飼主にしたことによって、モテなくなることを考慮してくれているんですよ」?
ブレイクにとってみれば大きなお世話だろう。
(完全にその通りですけれども……!)
そもそも他人の恋愛に口を出すべきではなかった?
ブレイクの人生だし、ブレイクにはブレイクの考え方があるし、結婚するもしないも個人の勝手であるし……
主人公ちゃんと恋愛したっていいじゃないか。
それなのに何故自分は、ブレイクの結婚相手を探して主人公ちゃんとの恋愛を断念させようだなんて……!
そう考えると、柘榴は途端に恥ずかしくなってきた。
己は何をしでかしたのか。
何を考えていたのか、プレイヤー気取りでこんなパーティーを開いてしまって。
冬青をだしにして、家から出て行く冬青を本当にお祝いするつもりなんてまるでなかった。
あんなにも嫌がっていたのに……!
(大人というよりはもはやお婆ちゃんですのに、私ったら何というお節介を……!)
今の柘榴は主人公ではない。
それなのに何もわかっていなかった。
情けなくて顔が赤くなる。
「柘榴は俺の飼主だ。俺達の話に口を挟むな」
「あの……ブレイク……」
「行くぞ、柘榴」
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!
申し訳ないし、情けないし、何といえば……!
そんなことは露知らず、ブレイクは柘榴の肩を抱いたまま注目の的となっているその場から離れようとする。
そうですよね、確かに今はこの状況から抜け出さねば。
会場は静まり返ったままだし、雰囲気は最悪だ。
せめて……せめて!冬青のパーティーとして、このパーティーの主催者として招待客を楽しませなければ。
「あかん……」
白い手が伸びてくるーーー
柘榴の手を、アルカードが掴む。
金色の髪が揺れる、青ざめた顔に青い目が光る。
え、もしかしてここで話し合うの?
マスターなんて作るとモテないぞ、と?
それとも別の何かを?
柘榴は振り返り、アルカードを見返す。
彼の瞳は揺れ動いていた、不安げに。
「柘榴ちゃんを独り占めせんといて」
私ーーー……?
柘榴は驚きながら、何度かまばたきをした。
アルカードはいっていた、このままならばブレイクはどうなる?と。
ルー=ガルー家が絶えてしまう、と。
異性を、同級生を、しかも悪名高い柘榴を、飼主になんてしてしまえばブレイクの未来はない、と。
いつだって彼はブレイクのことを考えていた。
少なくとも、柘榴には「そう見えた」。
「アルカード?」
ブレイクの声に、アルカードは大きく目を見開いた。
我に帰った様子で慌てて手を離すと、アルカードの青白い顔はますます青ざめる。
信じられない、という顔をしてアルカードは己の手と柘榴を交互に眺め、眉を寄せた。
「ちゃう、俺は……俺は普通や……ちゃうねん」
なに?どうした?
アルカードは青ざめた顔のままでぶつぶつと呟いている。
さすがに友人の異変に心配になったのか、ブレイクは助けを求めるようにゾーイらの方を向いた。
ゾーイがこちらに向かってくる、冬青はこの雰囲気を変えようと声を上げるーーー。
柘榴はーーー……アルカードの手を握り直した。
びっくりするくらい冷たい。
揺れ動いていたアルカードの青い目が柘榴に注がれる。
「大丈夫ですよ、アルカードさん」
何といえばいい?
家のために「普通」であろうとする目の前の友人に。
彼が何でこんなに不安になり、混乱しているのかはよくわからないけれど。
柘榴とて「普通」にはなれなかった。
普通の女性として生きてはいけなかった。
ヒトとして生まれながら魔術に興味を持ち、魔女と成って、魔女だから殺された。
世間から求められる「普通」とは程遠い人生を歩んだ。
もしも私ならば何という言葉をかけてほしかった?
私ならばーーー……私ならば。
「それでも好きですから」
柘榴はアルカードに向けてにっこりと笑う。
いつもの妖艶な笑みではなく、顔をくしゃりと潰して。
アルカードは息を飲んで、そして……ぽろりと涙を流した。
ザワッと周りの空気が揺れ、そこから全体に動揺が広がる。
「えええ!?ご、ごめんなさい!!泣くほど嫌でした!?そうですよね!?ごめんなさい!!」
ちょ、調子に乗ってしまったーーーーー!!
己がどれほど嫌われているか何も考えていなかった!
私に好かれていたとして何も励ましにはならないし、むしろ嫌ですよね!そうですよね!
冬青にも泣かれたことがあるっていうのに、どうしてまたも誤ちを繰り返してしまうのか……!
すみません、前前世でも大いに嫌われて処刑されたような人間が!なーーーにをやってんだか!
柘榴は一気に青ざめ、慌てて着物の袖を探る。
ブレイクの腕から飛び出すと、アルカードに駆け寄った。
指先に当たったものを引っ張り出し、アルカードの頭を撫でながらそれを差し出す。
「お菓子ですよ!アルカードさん!ほら!何これ……お菓子じゃなくてリップでした……ちょっと待ってくださいね、あわわわわわ」
今日の私は全然ダメだ。
何百年も生きてきているのに、友達を泣かすし他人の恋愛に口出ししそうになるし、励ますこともできない。
お菓子のつもりで取り出したリップをまた袖の中に戻し、柘榴は自己嫌悪に陥りつつも今度こそお菓子を取り出す。
棒付きキャンディーの個装を剥がしていると、ブレイクの心配そうな声がした。
「アル、大丈夫か。腹痛か?頭痛か?救急車を呼ぶか?」
「違うんですよ、ブレイク。私のことを殴ってください!」
「飼主にそんなことできるわけないだろう」
何故か知らないがゾーイが笑っている。
呆然としたまま、一筋だけ涙を零していたアルカードはふわふわの髪をかきあげながら薄く笑みを浮かべた。
その途端にボロボロと涙が幾つも溢れ落ち、柘榴は個装を剥がした棒付きキャンディーをアルカードの口に思い切り突っ込んだ。
「泣かせちゃってごめんなさい!アルカードさん!チョコレート食べます?クッキーがいいですか?お肉?ハンバーグ?エビフライ?」
「そう、いうの……ちゃうもぉん……」
両目を押さえて本格的に泣き出したアルカードに柘榴がますますパニックになり、ゾーイがますます笑い、ブレイクがますます心配し、冬青がますます来客対応に追われーーー……
「あの鬼姫がヘイグ家のアルカードを泣かせた」という噂だけが一人歩きすることになったのだった。
○○○
「それで…………どうしてあの時は泣いたのですが、アルカードさん」
「えー!?男の子にそういうこと聞いてまう?嫌やわ〜」
「私の悪名が尚悪くなりながら広まりまくっているので良いのですけれども」
「それはほんまにええん?」
撫でろ、というように柘榴にくっついて来るブレイクの頭に手を伸ばしつつ、少女は笑う。
そんな少女の赤い髪の毛をとかしている冬青が、柘榴の後ろで笑った。
「クフフ、お前は確かにバカで間抜けですが……世間は何もわかっておりませんね!柘榴は悪い子ではないっていうのに!俺が教えてやりますよ!柘榴は悪い子ではなく馬鹿なだけだと!ああ、こんな馬鹿が妹なんてやだやだ!」
人前ではいつものように「義妹大嫌い!」を装う冬青の声を聞きつつ、柘榴はアルカードを見遣る。
柘榴の屋敷で、まるで己が屋敷のように寛いでいる彼はブレイクと柘榴に視線を向けていた。
その目は何か悲しそうで、不安そうで、そして同時に怒っているかのようだった。
「そういわれれば……ゾーイは?」
「柘榴ちゃん」
ここで理由を尋ねてもまた教えてくれないのだろう。
話を変えるつもりで告げた柘榴の言葉を遮り、アルカードは名を呼ぶ。
「どんな俺でも好き?」
何を今更。
柘榴は少し笑った。
「ええ。好きですよ」
「…………ありがとう」
アルカードは笑った、大人びた顔で。
その夜、見覚えのあるコウモリが一枚の絵を柘榴に届けてくれた。
描かれていたものは真っ赤な炎、闇を燃え尽くしている荒々しくも優しいそれ。
裏を向けた柘榴は「あら」と声を上げた。
「タイトルは『再生』。素敵……アルカードさんの絵、大好きですと伝えてください」
裏に書いてあったものはタイトルと記名。
絵を描いているということをひた隠しにしていた「普通」を求める吸血鬼の名だった。
別の視点を挟んで次はゾーイです!




