闇夜に踊れ、恋が始まる ー15ー
「そうする!」
「それがよろしいですね」
「ああ!じゃあ行くぞ!柘榴!」
「はい、行ってらっしゃ……え?」
あれ?何かがおかしい……
柘榴がそう思った時にはもう遅かった。
ブレイクのがっしりとした手は柘榴の肩に回されており、柘榴を飼主と慕う幼馴染の顔には満面の笑みが浮かんでいた。
待って待って待って。
「何で私の肩に手が……?」
「皆に見せて来いといったのは柘榴だろ?」
見せて来いって!
いったけど!
何故そこで私まで一緒に!?
戸惑う柘榴に対し、ブレイクも戸惑っていた。
意味がわからないという戸惑い。
当然なのに何をいっているんだ、柘榴は……とでもいいたげな様子で、ブレイクは不思議そうに首を傾げる。
く……!可愛いな、私のペット!
そんなことを思ってしまった自分を暫し落ち着かせ、柘榴は「待って」と声をあげた。
確かにいった、皆に見せて来いと。
しかしそれはブレイクがひとりで行けって意味だったのだ。
格好良く着飾ったブレイクが柘榴の言葉に従い、意気揚々と女性陣に挨拶にでも行けば出会いのチャンスが増えるだろうと見越して。
(ただでさえ黙っていれば怖い顔をしておりますし、話しかけづらい男ですからね……!)
でもこの子はたまに見せる笑顔が!
笑顔がとっても可愛い良い子なんです!
柘榴の胸の中で、ペット至上主義であり乙女ゲームオタクの己が声高々にそう主張する。
だからこそ!
だからこそみんなにブレイクの良さをわかってもらいたい!
いや!そんな皆もわかっているとは思うが!
もっとブレイクにときめいて!
何故って今夜はブレイクのお嫁さんを見つけねばならないから!
主人公ちゃんはそりゃ!可愛いが!最高だが!ブレイクの家が潰れては困る!
だからこそ!出会いが!必要なのに!
そこに!自分がいたら!
無意味ではないのか!?
このパーティーを開いた意味がなくなる!
心の中でそう叫びながら、柘榴はにっこりと笑った。
ブレイクに「お嫁さんを探してきなさい」といったところで伝わらないだろうし、ここは穏便に去るのが一番である。
「大変心苦しいのですが、私は冬青兄様と挨拶があるのでブレイクだけで挨拶を……」
「ブレイク様〜!」
今夜はタイミングが悪い日なのか?
柘榴の声を遮るように、女性特有の甲高い声が響く。
キャアキャアと声をあげながら、人狼族の女性集団が駆け寄って来たのだった。
「……何だ?」
柘榴に対しては今にも溶けんばかりにニコニコとしていたブレイクの顔が引き締まり、眉間にシワが寄る。
ブレイクにとっては柘榴は飼主だが、それ以外の者は甘える対象ではない。
むしろ人狼族特有の「俺が上だ!」といわんばかりの、隙のない態度に変わってしまった。
これはまずい。
(女性に対してなのですから、もっと、もっとこう……!)
あんたは笑っている方が可愛いんだから!
なんて、おばあちゃんが孫に思うようなことを柘榴はブレイクに対して脳裏で思ってしまう。
年齢的にはおばあちゃんと孫というよりは、ご先祖様くらいだが。
けれど心配しているのは柘榴だけだったようだ。
明確に上下関係を求める人狼一族では、キリリとしている方がモテるらしい。
これは柘榴的には盲点だった。
女性達は何も気にする素振りも見せず、むしろうっとりとしながらブレイクを見つめる。
(ははーんなるほど。ならばキリリとしていてもらわねばなりませんね?いやでも人狼族にだけ絞るわけではなく……もっとこう広い視野を……)
頭の中では新しい作戦が次々と湧き上がる。
だが、今は!
ここから抜け出す方法を考えねば、と柘榴は思った。
どちらにせよ自分がお邪魔虫なのは間違いないのだから。
「ブレイク様のお姿が見えたので声をかけさせていただきました〜」
「やだ〜お着物似合います!」
「素敵ですわ」
女性達は口々にブレイクを褒め称える。
ブレイクは金色の目で彼女達をチラリと見たが、すぐに目を伏せるとぶっきらぼうに礼を言った。
(ああ、わかります……!ブレイクは好感度が高くない場合、こういう態度なんですよね……!)
ヘビーユーザー特有の感想を浮かび上がらせつつ、柘榴は拳を握った。
ここからブレイクの好感度を上げるのが楽しいんですよ!とか。
こんなにツンツンしているのに、好感度が上がるとデレデレになるところがブレイクの良さなんですよね!なんて。
柘榴は心の中で大いに語ったのだった。
(と、そういうのは置いといて……)
柘榴は女性陣を見回した。
人狼族といえば男女問わず背が高く、ワイルドさが魅力。
それを大いにわかっているのだろう、女性達は着物姿というよりは着物ドレスといったものを身にまとっている。
うん、素敵。けれどーーー
(着こなし方が気になりますね)
帯の締め方が緩かったり、格好良く着ていなかったり……
パーティーのホスト一族に合わせるのがマナーであるこの世界で、鬼がパーティーを開くことは余りない。
何故ならば記憶を取り戻す前の柘榴は他の一族を毛嫌いしていたからだ。
鬼一族はそれに倣ってパーティーなんて開かなかった。
だからこそ、彼女達も着物姿に慣れていないのだろう。
女性達はキャッキャっと楽しそうにブレイクを褒め称えている。
褒められることは嫌いではないらしく、ブレイクもそれを受け入れているようだが表情は厳しい。
邪魔ですよね、ごめんなさい。
柘榴はそっと謝罪の言葉を思い浮かべつつ、抜け出すタイミングを図っていた。
だって飼主は親みたいなもの。
親の前で異性を口説けるか、できない。
だからさっさと抜け出さねば、でも……着物の着こなしが気になる。
「それでどうしてブレイク様はその……」
「なんだ?」
「このような方といらっしゃるのかな、と思いまして……」
「このような方?俺の飼主が何か?」
「飼主!?じゃあ……あの噂は本当ですの!?」
「あの噂?」
不穏な空気が流れ始めた。
ブレイクの金の瞳が光る。
ぞわり、と逆毛立つ。
しかし柘榴といえば……
(気になる……気になりすぎますね……絶対にもう少し、帯を上で締めた方が格好良く素敵に着れると思うんですよね!)
着物の着こなし方について本気で考えていた。
自分からいえればいいのだが、ここで口を挟んでしまうと失礼になるだろうか。
ホストである自分が苦言を呈した、なんて噂されると彼女達に失礼かもしれない。
何か面倒なことになるかも……?
(よし!ここは黙って見守っときましょう!本格的に着物を着る場面ではよろしくないかもしれませんが、今夜のパーティーはコスプレみたいなものですもんね!問題ありません!楽しんでいたたげればオールオッケー!)
結論を出すとあっさりと頭を切り替えた。
柘榴はぐっと拳を握る。
(そんなことよりブレイクのお嫁さん探しを……)
「はっきりといっておく!!」
会場内にブレイクの声が響いた。
怒りを含んだその低い声は、ざわめいていた会場に沈黙を走らせる。
柘榴の視界の端で冬青やアルカード、ゾーイが振り返ったのが見えた。
「四方木 柘榴は俺の親愛なる飼主だ!
彼女への侮辱はそのまま俺への侮辱となる。
覚悟を持って文句をつけてこい。俺が相手になろう!」
しん、とする会場内全体に響き渡る声でいいきると、ブレイクは柘榴の腕を引っ張る。
柘榴が反応する前に、小柄な身体はすっぽりとブレイクの腕の中に納まった。
会場内にこれほどの人がいるというのに、耳鳴りがするほどの沈黙。
恐ろしいくらいの静けさと、表現し難い人の感情。
それが「戸惑い」と「畏怖」と「怒り」と「失望」の入り混じったものだと柘榴にはわかった。
そしてそれを表現できる、簡単な言葉も。
(ドン引きじゃないですか……!)
ただその沈黙の中。
ブレイクの胸に押し付けられた柘榴には、彼の鼓動の音だけが響いていた。
そして、ゾーイの笑い声と。




