魔女は死を懇願する ー05ー
ブクマがうれしくてもう1話更新です。
「わざわざご足労いただき、誠にありがとうございます。それにしたって約束の時間より随分と早いようですが」
「それはすまないな。君が常々、人造人間ごときが鬼姫を待たせるなんて無礼だわ、と忠告してくださるから早くに行動するようにしてるんだよ。こと、君との約束はね」
「あら。それでは新しく忠告いたしますね。早く来すぎるのもいかがかと思います、ご注意くださいませ」
「天下の鬼姫様からの素晴らしいお言葉、一生忘れないよ」
ははは、とゾーイが笑う。
ふふふ、と柘榴も笑った。
客間の中央にどっしりと置かれた一枚板テーブルを挟み、向かい合うように座った2人。
それぞれの前に湯のみ茶碗が置かれ、湯気がたっている。
一見すると和やかなようにも見える柘榴とゾーイ。
しかし2人の間には、極寒のような空気が満ちていた。
(謝罪するつもりだったのに、頭から喧嘩を売られてついつい買ってしまった……)
芹が用意してくれたお茶を飲みつつ、柘榴は多少後悔する。
しかし売り言葉に買い言葉。
約束の時間の3時間も前にやって来ただけではなく、出会い頭に投げつけられた皮肉の豪速球。
打ち返して何が悪い。
一歩も引くつもりもなく、柘榴は金と赤の眼でゾーイを見る。
相手も引くつもりはないらしい。
お茶を飲みつつ、ゾーイも赤の眼でこちらを見返して来た。
「和菓子か……」
「どうぞ召し上がってください」
睨み合っていたのは数分だったか、数秒だったか。
無言の攻防に飽きたらしく、ゾーイはお茶の隣に置かれた練り切りに赤い目を移す。
春の季節にぴったりの可愛らしい練り切り。
柘榴が「お茶菓子は練り切りがいいです」と提案し、芹が買ってきてくれたものだ。
芹は「あのお嬢様がゾーイ王子のために、お、お茶を出す!?」と驚愕していたような気もするが、覚えていない。
繊細な細工がもの珍しいのか、ゾーイは手を伸ばすことなくじっと眺めている。
そんな彼を見守りつつ、柘榴は王子について考える。
ゲームの中でも、ゾーイは皮肉屋だ。
特別優秀な生徒が集められた学園内でも、彼は目立つ。
それはもちろん、彼がヨーク王国第四王子であるという大きな看板のせいでもあるし、遺伝子操作で人工的に生み出された人造人間も要因の1つだ。
人智を超えた頭脳。
「王子」としてしか見てくれない周囲。
そしてゾーイ自身も誰にも胸の内を見せない。
何故ならば彼自身が、自分は偽物だと思っているから。
そしてそんなコンプレックスから、周囲の人間もそう思っているに違いないと信じているから。
ゾーイは優秀な生徒である。
年に2回行われる実力テストでも、成績は常にトップ。
皆が彼を「凄い!」と褒めるが、ゾーイは褒められる度に孤独を深める。
本当に凄いのは自分か?
自分は作られたものなのに?
その言葉は本音なのか?
王子へのご機嫌とりでは?
皮肉をいうことで距離を作り、決して本音は見せない。
ゾーイはそんな人間である。
そんなゾーイは、裏表のない主人公と触れ合うことで少しずつ自分の価値を見出していく。
気づけばいつも側にいた主人公を好きになっていた……
ゾーイとのルートはそんな感じだ。
しかし、柘榴にとって大事なのはそこじゃない。
柘榴は主人公絶対至上主義。
最後に勝つのは主人公でなければいけない。
もはやある意味で「縛りプレイ」とも呼ばれるほど、主人公を最強完璧にすることにこだわる。
年に2回行われる実力テストで1位をとってこそ、私の可愛い主人公ちゃん!
そう思っているため、常時学年1位をキープする天才ゾーイの存在は柘榴にとってみればライバルでしかない!
1位になる必要なんてないのだ。
10位以内に入っていれば好感度も上がるし、30位以内でも褒められる。
なんなら40位より下にならなければ何の問題もない。
天才ゾーイの平均点は3年間で498点。
500点満点の実力テストの平均でそんな点数である。
ゾーイがいる時点で1位はほぼ不可能、そういわれている。
しかし主人公絶対至上主義である柘榴にとって2位なんてないのと同じ。
2年の冬には主人公が1位となり、それ以降1位をキープし続けるのが常だった。
(そんな終生のライバルが目の前にいるなんて……!ゲーマー魂が燃え上がってしまいますね!)
今の自分はプレイヤーではなく、この世界もゲームではない。
それでもゲーマー魂が燃え上がる。
柘榴は自らを落ち着けるため楊枝を手に取って、可愛らしい桃色の練り切りをひとくち食べた。
ふと見ると、ゾーイはまだ練り切りに手をつけていない。
「どうかいたしましたか?練り切りはお嫌いでした?」
「君に心配されるなんて光栄だな。そういうわけじゃないから放っといてくれ」
「そういうわけにもいきません。苦手でしたらおまんじゅうがありますので、そちらにいたしますか?」
柘榴の問いに、ゾーイが難しそうに眉を寄せる。
少し考えてから王子はポツリといった。
「……この菓子が可愛かったから、食べるのを躊躇していただけだ」
思いがけない言葉に柘榴が顔をあげると、ゾーイは挑戦的に睨みつけて来る。
悪いのか、とでもいいたげな表情だ。
良い意味でも悪い意味でもゾーイは大人びた性格だが、14歳らしいところもあるじゃないか。
柘榴は薄く笑いながら、近くに控えていた芹を呼ぶ。
「ゾーイ王子が練り切りを気に入ってくださったようですので、お土産としてすぐに買ってきてくれますか?」
「別にそこまでしなくても、俺は……!」
「いえ、させてください。そもそも本日ゾーイ王子をお呼びたてしたのは、お茶会での私の言動を謝罪するため。本来ならば私が伺いに行くべきでしたのに、申し訳ございません」
柘榴の謝罪に、ゾーイと芹が同時にポカンとする。
しかし芹は王子の前だということを思い出したのか、すぐに正気に戻った。
「買ってまいります」と短く告げ、客間から出て行く。
残ったのは柘榴と、目を見開いているゾーイだけになった。
「そ、冬青から聞いてはいたが……君は本当に、記憶がなくなっているようだな」
ゾーイがしみじみとそう呟く。
ひとりごとのようだったので、柘榴は曖昧に微笑んでいるだけにとどめた。
義兄は何をいったのか。
詳しく知りたいところだが、ひとまず置いておく。
「改めて……この度はお茶会での不愉快な言動の数々、誠に申し訳ございません。ご令嬢の方々が大きな罪には問われていないと父から聞き、安心しております。また先日はお見舞いに来ていただいたというのに、お構いもできず重ねてお詫びいたします」
「君は俺をからかっているのか?」
しずしずと頭を下げた柘榴に、ゾーイが困惑した様子で問いかける。
しかしその声にはもう、悪意は含まれていない。
もちろん怒りだって。
ただただ困惑しているだけだ。
(ふふふ、先に全面的に責任を認めて謝罪されたら怒れないでしょう!そういう策略なのだよ、ゾーイくん!)
もちろん柘榴とて悪いとは思っている。
しかしこう簡単に謝ったのには理由があった。
それはとにかく、父親がうるさいこと。
柘榴を傷付けた女子達を厳しく対処しろ、ゾーイ王子に公式に謝罪させろ、柘榴に何かあったら鬼族は革命を起こしてやる……
柘榴としてはさっさとこのお茶会騒動にケリをつけ、この世界を堪能したいのだ。
(謝ることで私の好感度が回復してしまう恐れもあるかと思ったけれど、害虫より嫌われているのだし、ちょっとやそっとでは回復なんてするわけありませんからね!)
もはや我が身の将来は安定である。
柘榴にはそんな余裕があるからこその謝罪。
今日でこの騒動を終わりにし、処刑までの日を楽しく暮らしたい。
そんな柘榴の思惑なんて知らず、ゾーイはただただ困惑しているようだった。
「……何を企んでる?」
「何も企んではいませんが……」
「本当のことをいえ!お前が素直に謝罪する日はこの世界が終わる日だ!!」
ドン!とゾーイはテーブルに拳を振り落とす。
凄い。謝罪をするという行為を全否定された……
逆に柘榴は笑いそうになった。