闇夜に踊れ、恋が始まる ー13ー
「あかんねん、貴族の子息としてモテんくなることは!やってブレイクはまだ婚約者もおらんねんで!?」
柘榴は「なるほど」なんて軽く頷く。
実際のところ、アルカードが嘆くそれの何が悪いのかはいまいちわかっていない。
だって主人公ちゃんがいるでしょ?
なんて思っていたが、アルカードは詳しく説明してくれる。
家を継ぐためには結婚相手が必要だ、と。
「そのーー……化物学園で良い出会いがあるかもしれないじゃないですか」
例えば主人公ちゃんとか。
アルカードは「それはそうやねんけど」と前置きをしてから、柘榴がまだわかっていなかったことを告げる。
「運命の人と出会わんかったらどうするん?運命の人が他の人と結婚したら?そうなったらブレイクんちはあかんなるやん。人生は長いんやから」
柘榴は思わず、口を手で覆った。
確かにそれはアルカードの言う通りだ……!
柘榴は主人公ちゃん絶対至上主義。
主人公ちゃんが全員から愛され、そして主人公ちゃん自身もハイスペックでないと許せないので「逆に縛りゲー」といわれるほどにフラグを立てまくりながら、その中の1人を選ぶ。
ゲームではそれでいい。
だってゲームだから。
どんな楽しみ方だって許されるはずだ。
けれど、現実では?
まだ名も知らぬ主人公ちゃんがプレイヤーだった頃の柘榴と同じような考え方だった場合、皆に気を持たせるだけ持たせてその中の1人としか結ばれない。
この世界では19歳が成人で、大体その歳までには婚約相手を見つけておくのが普通。
なんなら成人と同時に結婚する者も多くないほどだ。
ブレイクが選ばれるならそれでいい。
しかし選ばれなかったら?
悪名高き柘榴が飼主で、しかも柘榴の計画によるとそのマスターは処刑される。
そうなった時、誰がブレイクの婚約者に名乗り出てくれる?
柘榴は頭を抱えた。
婚約者を選ぶならば今の時間しかない。
化物学園に入学してしまうと、ブレイク達は主人公ちゃんに出会ってしまう。
そうなるともうそれはそれはラブが始まる!
アルカードのいうように、同年代の女子をマスターにしたことでブレイクがモテなくなるのはまずい。
入学するまでに婚約者、もしくは婚約者候補を見つけておかねば……
いやブレイクの性格上、婚約者候補なんていても主人公ちゃんに惹かれたら自分からお断りしそうだ。
完全に詰んでる!
モテなくなるのはまずい!
自分が処刑されることは良い、とても。
でもそのことでブレイクに迷惑をかけるのはいけない。
ゲームではなく、ここは現実で。
化物学園の3年間だけが人生の全てではない。
人生は続くのだ。
例えどんなに素晴らしい3年間だったとしても。
灰色の3年間だったとしても。
どんな結末になったとしても。
華々しく処刑されない限り。
「ど、どうしましょう!私のせいでブレイクが!」
ようやく事の重要さに気づき、柘榴は嘆いた。
柘榴がここまで頭を抱えるとは思っていなかったらしく、アルカードは慌てて柘榴の背中を撫でる。
「柘榴ちゃんのせいやないよ!マスターっていうのは直感っていうか、本能的なもんやからさ。ブレイクが柘榴ちゃんに認めてほしいって思ったんやし」
「いえ、悪いのは私です。私はただペットが欲しくて二つ返事で了承してしまったんですもの……だってブレイクならば躾も必要ないですし、費用もいりませんし、散歩の必要もありませんし……最高のわんわんだと思ってました!」
「最高のわんわんの前に、そのわんわんが幼馴染ってこと失念してない?」
まさかこんなところに落とし穴があるなんて!
「落とし穴も何も丸見えやったで?」なんてアルカードが冷静に告げるが、柘榴には届かなかった。
(ブレイクの性格上、入学前に良い人を見つけて婚約までこぎつけなければ……!)
婚約者がいるとなれば、ブレイクの真面目な性格を省みるに万が一主人公ちゃんに心を奪われたとしても婚約破棄なんてしないだろう。
けれどもしも!
もしも婚約者が見つからなかった時はーーー
「私がヒトの心を操ってやりますよ……!」
「突然の!ラスボス発言……!なんでなん……!?」
アルカードが恐れおののく。
柘榴は本気だった。
自分が原因となり、ブレイクの家が混乱するとなれば何がどうしたって自分が婚約者を見つける。
見つからないのであれば主人公ちゃんの心を操ってでも、ブレイクのことを好きにさせる!
(冬青兄様とゾーイは引く手数多ですし、アルは………………)
ふと疑問に思い、柘榴はじっとアルカードを見る。
さらさらとした金髪に青い目は美しい。
切れ長一重の目も、すっと通った鼻も、笑った時に覗く八重歯も可愛らしい。
吸血鬼特有の青白い肌も可愛いし、こんなに可愛いのに関西弁なのも可愛い。
というより、推しなので何をしていても可愛い。
全てが可愛い。
全力で可愛い。
生まれてきてくれてありがとう。
これが私の推し……!
(ではなく)
思わず柘榴ではなくプレイヤー的思考になってしまった。
アルカードに美味しい飴を握らせつつ、柘榴は少し考える。
(アルも大丈夫なのかしら)
と。
アルカード・ヘイグ・3世は少し面倒くさい。
前世の記憶を取り戻した柘榴が面白くないと階段から突き落とすし、今回も誘拐をやらかそうとするくらいだ。
ブレイクがモテなくなる、と妙な気遣いはできるくせに、やることが大胆で過激である。
ゲームの中でもアルカードの大胆で過激な性格は変わらない。
ヘイグ家として「普通」であることを強要されているアルカードは、主人公との交際を禁じられる。
そして彼はここにいるおじさま執事の手を借り、主人公と共にヘイグ家を倒すことを決意するのだ。
ヘイグ家の最強女城主、実の祖母と対決する。
アルカードと知り合う中で彼が絵画の才能があったり、自分が「家を続けさせるためだけの存在」だと悩んだり、対決したり……
そしてやっぱり「家柄が命!」と主張する柘榴が悪役令嬢として邪魔したりするのだが……
(この人、主人公ちゃんを好きにならなければ画家として花が咲かないし、家を継ぐためだけの存在と悩んだまま生きていくのかしら……)
冬青は家族との関係に悩んでいたが、今は解消されているといっても過言ではない。
ブレイクは選民思考が強かったが、どういうわけだか今はそこまでその思考は強くない。
ゾーイは楽しめるものがなかったが、何故か妙に柘榴で楽しんでいる。
ただ、アルカードは?
(アルにこそ主人公ちゃんが必要なのでは?)
彼は特別な存在だ。
自分の推しとかそういうのではなく。
幼馴染としての友情みたいなものも、柘榴の中にある。
何より彼のあの絵の才能が活かされず、腐っていくのを見るのは忍びない。
その才能をよく知っているからこそ。
彼はきっと結婚できる。
器用貧乏というやつで、何でもソツなくこなしてしまう男だから。
ただどの分野でも一番になれない、それがずっと彼の悩みだった。
いつだって「普通」で在り続ける、それが望んでいようが望んでいないことだろうが。
アルカードにとって主人公はいなくてはならない。
となればやっぱり、柘榴にできることといえば1つ。
「わかりました……!私が主催となり、兄様のさよならパーティーを開きます!」
どういうことやねん!?
と、アルカードがつっこんだ。
いや、これは重要なのだ。
(出会いの場を提供し、ブレイクを中心にあわよくば冬青兄様やゾーイの婚約者を見つけます!)
そしてアルカードには主人公ちゃんとうまくいってもらう!
ブレイクとうまくいってもらう、って考えたのは却下!撤回である!
ブレイクには他の女の子がいるはずだ!
アルカードにはいない!主人公ちゃん待ち!
そのために!
(アルに近づこうとするものは全力で私が妨害します!)
ブレイクの恋のキューピッドとなると同時に、アルカードの恋愛フラグクラッシャーとなってやりますよ!
ヘイグ家の城の中に、柘榴の高笑いが響いたのだったーーー
「いや!悪役みたいな笑い声出すやん!!」
「ありがとうございます!」
「何のお礼!?」




