闇夜に踊れ、恋が始まる ー幕間:第2青年隊隊長ー
彼にとって、いや全ての若き人狼にとって。
ブレイク・ルー=ガルーは敬愛すべき隊長である。
「ブレイク隊長!本日はよろしくお願い致します!」
同じ隊長だというのにブレイクのことを「隊長」と呼んでしまうのは何故だろう。
自分の中に眠る人狼としての本能だろうか。
第2青年隊の隊長は、ブレイクに向けて勢いよく頭を下げながらそんなことを思った。
「よろしく頼む」
青白い髪に、金色の瞳。
真一文字に結ばれた口元には笑みもない。
そもそもの身長も高いが、オーラが違いすぎて見上げてしまいそうになる。
普段でもそう思うのに、こうやって鎧をつけていると更に。
「なんだ、誰かと思ったらお前か」
「はい!自分です!」
「俺はお前の隊の隊長ではないぞ」
「けれど自分にとってブレイク隊長はずっと隊長ですので!」
「それでもお前の隊員が混乱するだろう。気軽にブレイクと呼べ」
そんなことできるわけがない。
ブレイクは自分にとって永遠に隊長である。
それでも彼は、ブレイクに向かって元気よく返事をすると頭を下げた。
元々彼はブレイクの部下だった。
家柄としては名門と呼ばれるものだったので、ブレイクの推薦もあり第2青年隊の隊長となったのだ。
しかし彼は、自分が隊長に向いているとは到底思ってなかった。
そして多分、自分の隊員達も自分が隊長なんて認めてなんていないだろう。
自分たちの世代の中で、ブレイクは特別だった。
その立派な家柄もそうだし、体格も性格も全てが人狼としての理想を詰め込んで出来たようだ。
誰もがそういうし、彼もそう思っている。
現在進行形でブレイクは特別なのだ。
人狼はリーダーを選ぶ。
自分より下だと思われてしまうと、途端に態度を変える。
それに関しては当然だと彼も思っていた。
力なきリーダーはリーダーではない。
そしてまぁ残念なことに。
自分はその「力なきリーダー」だ。
自分自身が情けなくなるくい、隊員達に舐められているのだから。
「ブレイク隊長は本当にいつ見ても格好いいな」
「俺、握手してもらっちゃったよ」
比較的、第1青年隊と会う機会の多い第2青年隊でもこれだ。
隊員達がヒソヒソと話し合っている声がする。
そして彼はその後に続く言葉を知っている、誰も言っていないけれど。
「その点、うちの隊長は……」。
きっと彼らはこう思っているのだ。
第2青年隊の隊長にはヒトの血が流れている。
祖母がヒトだったのだ。
人狼族こそが唯一無二だと信じる人狼族にとって、他の一族の血が流れていることはそれだけでも遠ざけられる対象となる。
そんな自分が隊長だなんて。
家柄や運だけだ、と思われていても仕方ない。
能力や人格ではもっと優れている者はたくさんいるし……
(ああ、俺もブレイク隊長みたいだったらなぁ)
強くて凛々しくて格好いい。
誰にも負けない。
誰かに甘えたり、誰かを頼ったりなんてしないんだろう。
「ほら、第2青年隊の隊長ってヒトの血が混じってるらしいから」
「それがなんで隊長に?」
「お坊っちゃまだからさ」
「ああ、だからね」
鎧を付けていると、そんな声がした。
ここに自分がいないと思っているのだろう。
けれど何もいえない、その通りだから。
(この戦闘訓練が終わったらブレイク隊長にいおう)
青年隊を辞めるって。
そう思っていた時だった、ガン!と破壊音がしたのは。
何かあったのかと駆けつけると、ブレイクが鬼のような形相で立っていた。
彼の前には数人の隊員が呆然とし、そのうちのひとりは転がっている。
意識がないようだ。
「隊長に対する暴言、及びほか種族に対する差別的な発言が聞こえた!隊としての規律を破る行為だ」
ブレイクはゆっくりと拳を引く。
見ると、ロッカーにはくっきりと拳の跡が付いていた。
さっきの破壊音はこれを殴った時のものらしい、ならばどうして隊員のひとりが吹っ飛んでいるのか。
タックルでもしたのだろうか。
「ブ、ブレイク隊長!自分達は……」
「聞きたくない、何もいうな。荷物をまとめろ」
それはつまり「青年隊から出て行け」ということ。
隊員たちの顔面が青を通り越して真っ白になる。
青年隊に入ることはエリートの道を約束されたもの同然だったというのに、そこを辞めさせられたとなればーーー
隊員達が凄い顔で彼を睨み付ける。
お前のせいだとでもいうように。
居たたまれなくなり、彼は目線を逸らした。
「なんだ、何かいいたいことがあるようだな」
「はい!その…………」
ブレイクは隊員達が何をいいたいのか察したようだった。
相応しくない、自分がここにいることなんて。
自分はリーダーにはなれない。
「いいだろう。リハーサルの予定だったが、第2青年隊と第3青年隊は闘技場に立て。俺とこいつが2人で相手をする」
「ブレイク隊長、そんな……!」
確かにブレイクだけでも第2青年隊は相手にできるだろう。
けれど自分は絶対に足を引っ張る。
自分の焦り具合を見て、成り行きを見守っているばかりだった第1青年隊達が手助けを申し出てくれた。
第1青年隊は個々でも第2青年隊数人の力を持つ。
しかしブレイクは、その申し出をきっぱりと断った。
「第2、第3青年隊の相手ならば俺達2人で十分だ。お前達だって余裕だろう?なんせこいつにはヒトの血が流れているし、家柄で選ばれたといっていたくらいなんだから!」
それは事実です!
ブレイクにそう告げようとしたが、その金の瞳に見られると何もいえなくなった。
第2、第3青年隊達はその言葉を聞き、それもそうだと納得したらしく俄然やる気になっていた。
ブレイクがいたとしても人数の差は歴然である。
こんなものは無理だ、ブレイクに頼るしかない。
「ブレイク隊長、作戦は……」
「お前が1人で相手をするんだ。俺がサポートに入る」
「えっ!?で、でも!」
てっきり、ブレイクが前で自分がサポートだと思っていたのに。
自分が戦えるなんてありえない。
ブレイクを頼るつもりしなかった彼は、持っていた剣を落としそうになる。
「俺はお前を信頼している。お前は俺を信頼していないのか」
ああ、この隊長はずるい。
自分のことは信頼できなくても、この隊長のことは信頼しているとわかっているんだーーー
(ブレイク隊長の信頼に応えたい。ブレイク隊長に認められたい)
多分それは人狼としての本能だ。
力がみなぎってくる気がした。
認めてもらいたい、そのためならば何でもできる気がする。
◯◯◯
「よくやった!」
気が付けば最後に立っていたのは自分と、ブレイクだけだった。
あれだけの人数がいたはずなのに自分には傷1つないことに驚き、彼は目を白黒させながら駆け寄ってきたブレイクを見る。
その理想の人狼は爽やかに笑っていた。
「俺が推薦したお前が弱っちいわけがない!お前は自分の実力に気づいていなかっただけだ!」
認められていたのだ、ずっと前から。
血筋や家柄に一番固執していたのは自分だった。
自分は思っていたよりも強い、だって……
「ブレイク隊長の部下ですから!」
これならばもしかしたら、ブレイク隊長と一騎打ちして良い勝負ができる日も近いのかも!?
もっと認めてもらいたい。
そして彼の隣にたちたい。
何故ならばブレイクは凄い人だから、とんでもなく強いから。誰よりも信頼できる人だからーーー
「………………絶対に無理だ、これ」
いつか隣に立ちたい。
そう思っていた数時間前の自分を殴りたい。
第2青年隊の隊長は闘技場の観客席にて、思わずそんなことを呟いていた。
闘技場には阿鼻叫喚が満ちている。
抜きん出て強い人狼ばかりを集めた第1青年隊の隊員達は蹴散らされ、叫び声をあげ、吹き飛ばされる。
真ん中にいるのは我らがブレイクと、そして……
「魔王だ……」
悪名高き鬼姫、柘榴。
正直思ってはいた、見た目は可愛いが家柄だけの鬼姫に何ができる?と。
戦えるわけがない、と。
魔法陣を4つも生み出し、火や水や雷や悪魔を召喚して縦横無尽に破壊尽くす鬼姫を見ていると、その考えが間違っていたことがひしひしと感じられる。
ああ、さっき思ったはずなのに。
家柄や血に縛られていたのは自分だ、と。
「隊長あの…………さっきはすみません」
「血筋とか家柄とか関係ないですね……」
「そうだな、鬼が魔女になってるんだもんな……」
家柄だけが立派だと思っていた鬼姫は死神で。
家柄だけで選ばれたと思われていた自分は、ブレイクに信頼されていて。
もうそれだけで十分じゃないか。
「……というか、鬼姫と戦うところを想像したくない」
絶対に死ぬ。
闘技場の真ん中で笑うブレイクは楽しそうだった。
自分の背中を鬼姫に預け、第1青年隊をぶっ飛ばしている。
隣に立ちたいなんてまだまだ早い。
もっともっと強くならねば……
そしていつかブレイク隊長に認められたい。
それこそが本能なのだから。
◯◯◯
「この前の戦闘訓練で改めて思った。今後は魔女に対する訓練もしていかねばならない、と!そういうわけで柘榴も戦闘訓練に加わってもらうこともあるだろう!」
あ、これは死ぬぞ。
第2青年隊の隊長が思ったのはいうまでもない。
それにしてもーーー
「ブレイク隊長、いいんですが?恋人を戦闘に巻き込んで……」
「恋人?誰がだ?」
「え?柘榴様が、ブレイク隊長の……違うんですか?」
ブレイクは眉を寄せ、柘榴を指差した。
「こいつは俺の飼主であって恋人ではない!」
「可愛いでしょ、うちのブレイクです」
…………どう見たって惚れてると思うんだけどなぁ。
ブレイクという男のことはよくわからない。
ただし彼は、いついかなる時も敬愛すべき隊長である。
そしてその隊長もきっと誰かに認められたいと思うのだ、自分と同じように。
まぁ今は、いいか。
何故かニヤニヤしているゾーイ王子を見つつ、第2青年隊の隊長はそう思ったのだった。




