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闇夜に踊れ、恋が始まる ー11ー

「マスターって飼い主のことなんですか?」


 広い会議室、長いテーブルの一番端。

 一番ボードから遠いところを陣取った柘榴は、思わず大きな声でそう聞き返してしまった。

 柘榴の隣に座るゾーイが眉を寄せる。


「俺の耳が悪そうに見えるんなら申し訳ないけど、生憎だが耳は良い方なんでもう少し声を落としてくれないかな」


 相変わらず皮肉めいた言い方だ。

 声のボリュームを下げろ、と言いたいらしい。

 ゾーイの赤い目はテーブルの端、柘榴とゾーイがいるところとは真逆の方向に向けられている。

 テーブルの一番端、ボードの前ではブレイクと青年隊の何人かが大いに声を張り上げながら作戦会議を繰り広げていた。


 そちらに夢中でブレイクは気づいていないようだった。

 ゾーイが『マスター』について説明しようとしていることを。


 賢明な第四王子がいうことによれば、その単語は共通言語に翻訳するのが難しい単語らしい。

 日本語でいうならば「侘び寂び」とか「真面目」とか、そういったものなのかと柘榴は考えた。

 似たような言葉は存在するが、短く表現できない。

 そのものズバリという単語が存在しない、民族独自の単語。

 人狼族の使う『マスター』もそうらしい。


「一番近い言葉が『飼い主』だ。人狼族においての『飼主(マスター)』がどういうものなのかを詳しく説明すると……」


 ゾーイはまず、人狼族の簡単な説明からしてくれた。

 つまり人狼族というものは自分達の一族が一番優れていると思っていて、そのことを隠すつもりもない。

 選民意識の強い一族である、と。

 そのことは柘榴もよく知っていることなので素直に頷く。


 人狼族には狼の本能がある。

 自分より優れたリーダーに従う本能。

 その習性を存分に活かした彼らは戦闘においてほとんど無敵だ、集団戦闘を得意として全員が1つの狼のように乱れなく動くから。

 リーダーのためならば命すらも投げ出せる。

 そういう一族なのだ。


 だからこそ今、各青年隊のリーダー達は作戦会議に本気になっている。

 優秀なリーダーはどんな時も優秀で、本気なのだ。

 リーダーのいうことには絶対に従う部下がいるという責任が彼らを大真面目にさせるのか、それともただただ人狼というのは真面目な一族なのか……

 そこまでは柘榴には分からなかった。


 ブレイクもそれはもう大真面目に何かを語っている。

 青年隊においてブレイクの実力に敵うものはほぼいないとあって、彼の意見を皆が真剣に聞いていた。

 ま、それはさておき。


「そのことはよく知っています」

「慌てるなよ、本題はここからだ」


 人狼について詳しくなったところで何の役に立つ?

 柘榴が業を煮やしてそう告げると、ゾーイはいつものように余裕たっぷりに返した。


「人狼の本能は戦うことだけじゃない。認められたい、というのも本能の1つなんだよ」


 認められたい?

 眉を寄せる柘榴に、ゾーイは説明を続ける。


 曰く、人狼達が戦いを求めるのは『認められたい』という欲求が強いからである、と。

 自分が優秀だと、強いと。

 特別だと、凄いと認められたい。

 人狼はその本能に、そういう感情が刻まれているという。


 しかもそれは誰にでもいいわけではない。

 自分が認める強いリーダーに認めてもらいたいと思うそうだ、それは他の種族が考えるよりもっともっと強く。

 どんな欲求よりも強く。

 どんな欲求よりも根深く。

 どんな欲求よりも果てしなくーーー


 強いリーダーであればあるほど、その欲求は強くなる。

 ただ強ければ強いだけ、欲求をぶつけるに値する存在とはなかなか出会えない。

 そしてその存在はただ強いだけではいけない。


 強くて、優しくて。

 いつまでも、いつだって、どんな時も。

 何をしていても、絶対に自分を認めてくれる存在。

 自分がどんな態度を見せても引かず、臆せず、側にいてくれる存在。

 いざとなれば自分が命を投げ捨ててでも守りたいと思える存在で、相手も自分のために命を投げ捨ててくれるとそうやって信じられる存在。


「それが人狼のいう『飼主(マスター)』だ」

「……1つ尋ねたいのですが、それって恋愛相手という意味でしょうか?」

「ほとんどの場合はそういうのじゃない。何といえばいいんだろうな……」


 柘榴の問いに、ゾーイは少し唸った。

 本当にその単語は訳しにくいらしい、ゾーイの天才的な頭脳を持ってしても。

 聞いている限りでもその通りだと思う。


「絶対に自分を見放したり、何処にも行ったりしない親みたいな」


 悩んだ末にゾーイはいった。

 ぼんやりながら柘榴にも何となく、その単語が持つ意味はわかってきた。

 明確に言葉にはできないが、何となく。


 その単語は相棒に近くて。

 親友に近くて。

 親子関係に近くて。

 恋人に近くて。

 そしてその全てとは少し違っている単語なのだろう。


 友達であって、ただの友達ではない。

 親友ではないけれど、恋人でもない。

 家族のようでいて、家族とも違う。

 つまり、だーーー……



「ブレイクは私のペット、というわけですね?」



 大真面目な口調で柘榴は告げた。

 ゾーイの表情が一瞬で真顔になる。


「ん?」

「私、ちょうどペットが欲しかったんですよ」

「いや、柘榴……そういうわけではなく」


 庭にいる鯉を見て何か飼おうかな、と思っていたのだ。

 犬とか、何とか。

 柘榴は目を輝かせる。


「なんて素晴らしいタイミングなんでしょう!」

「待って待って待って待って」


 目の前に座っていたアルカードが妙に慌てながら声をあげ、柘榴の前で手を振る。

 柘榴は幸せそうな笑顔で遠くを見つめていた。

 ブレイクという名のワンちゃんと巡る、素晴らしい日々に思いを馳せて。


「柘榴ちゃん!落ち着いて!子持ちになるみたいなもんなんやで!?」

「子持ち?」

「やってそうやん!?あんなでっかくて可愛くない男が、何かやるごとに柘榴ちゃんの元に飛んできて褒めて褒めてってねだるんやで!?それが死ぬまで続くんやで!?」


 あ、『飼主(マスター)』って死ぬまでの契約なんですね。

 どうやら柘榴が思っているよりもずっと、それは深い関係らしい。

 そしてその関係というものは他人から見るとおかしな関係なのだろう。

 なんせ人狼一族特有の習慣だろうし、話を聞く限りでは人狼でも全員がマスターを持っているわけではなさそうだ。

 だからこそ、吸血鬼一族のアルカードがそうやって過剰に反応してしまうのだ。

 柘榴はそう理解した。


 こんなに取り乱すほどに心配してくれるだなんて。

 我が推しは可愛いだけではなく、なんと良い人なのだ。

 もしも世界を潰すことになったとしても、アルカードの家は最後に潰そう。


「ははは、大丈夫ですよ。ご心配ありがとうございます」

「心配してるけど、なんかちゃうで絶対に!」

「むしろ可愛いじゃないですか、私の元にやって来るブレイクなんて。意外に私、頼られることが好きな性格なんですよね」

「そ、そうなん?」


 ええ、と柘榴は頷いた。

 どういうわけだか、魔女の時に頼られていたのは毒殺とか暗殺とか暗示とか呪いとかそういうものばっかりだったけど。

 それに比べれば褒めてほしい、だなんて可愛らしい。


「あれ?もしかしてですけど……うちのワンワン、世界で一番可愛くないですか?」

「いや待って早い早い!友人のことをペットって認識に変えるの早すぎてアルカードさんついていけん!」


 既にブレイクを自分のペットだと認識している柘榴にアルカードは慌てる。

 ちなみにゾーイはアルカードが慌てだしてから、何がおかしいのか大笑いしていた。


「それでええの!?柘榴ちゃん!」


 アルカードは問う。

 それでいいのか、なんて。

 決まりきっているじゃないか。



「私、世界で1番のマスターになります!」



 だってマスターですよ!?

 女性としては見られていないってことですよ!?

 今後も見られないってことですよ!?

 最高じゃないですか?

 好感度は上がらないまま、信頼度だけ上がるなんて。


 柘榴はもう、それはそれは素敵な笑顔で言い切った。

 「柘榴!」と、作戦会議を終えたブレイクが真面目な顔で柘榴の元に駆け寄って来る。

 真っ白な尻尾を千切れんばかりに振りながら。


「作戦会議をした。有意義だった」

「ブレイクったら偉いですねぇ」

「青年隊のこともたくさん考えた」

「何てことですか、天才じゃないですか」


 柘榴の言葉に満足げに頷き、ブレイクは膝をつく。

 その態度に柘榴は一瞬首を傾げたが、すぐに思い当たるとブレイクの頭をよしよしと撫でた。

 初めて撫でたブレイクの髪は思っていた以上に柔らかい。さすが人狼族!


「俺は認めへんから!!」


 そんなことを思っていると、わなわなと震えていた吸血鬼はそう叫ぶ。

 そしてアルカードは飛び出して行った。

 しかもドアからではなく、勢いよく窓を割って。


「反抗期でしょうかねぇ」


 ブレイクに抱き上げられつつ、柘榴が呟いた一言にゾーイはやっぱり爆笑したのだった。



次は幕間です!

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