闇夜に踊れ、恋が始まる ー09ー
「戦闘訓練の相手がいない、と?」
「その通りだ」
話はこうだった。
本日の戦闘訓練はブレイク率いる第1青年隊と、第2、第3青年隊のものだったらしい。
基本的にほとんどが人狼族で構成されている青年隊。
その中でもブレイクが隊長を務める第1青年隊の強さは抜きん出ているらしい、その結果。
「リハーサルで第2、第3青年隊をぶっ飛ばしたってことですか?」
「どんな時であれ本気を出す、それこそが……」
「訓練の相手がいなくて途方にくれていたんですよね?」
キリリ、とした顔で言い返していたブレイクだが、どういう訳だが途端に指先が気になりだしたようだ。
大真面目な顔で自分の爪を気にしている。
いや、まぁ、確かに!
人狼も爪がね!?大事ですけどね!?
「リハーサルを訓練ということにして、今からのものを中止にするとか」
「駄目だ。第2、第3は俺が1人で倒したから訓練にはならない」
こいつ…………
きっと、テンション上がっちゃったんだな……?
そして1人で倒したな……?
鬼神もかくやといわんばかりのブレイクを見て、誰も止められなかったのだろう。
「そんなに戦いたいならば私の練習に付き合ってくれてもよかったのに……」
「いや、それは出来ない。ゾーイに止められている」
「え?ゾーイに?」
なんで?
ゾーイがどうして魔法の練習を妨害?
眉を寄せた柘榴をスルーし、ブレイクは隊員達と今後について話し合っている。
訓練のために人と場所を集めて武装までしたのに、何もせずに帰ることはできないんだろう。
柘榴は少し考えた。
ゾーイが何故自分の魔法の練習を妨害しようとしているのかはわからないが、頭の良いゾーイが理由もなしにそういうことはしないだろう。
理由は後で聞くとして……
(私とブレイクが2人で練習するのが嫌なのでしょうかね、じゃあ……)
みんなとならいいのでは?
そう思った柘榴は、はい!と挙手する。
「私が相手になるというのはどうでしょう!」
青年隊達は恐れおののいた。
自ら挙手してきたのは、なんといっても「あの」鬼姫だ。
そして同時に嫌そうな雰囲気に包まれる。
柘榴とは家柄と父親が立派なだけで、本人には何の実力もない。
こんな小娘では何の訓練にもならない、隊長だってそう思うだろうーーー
「四方木が相手になってくれるのならばちょうどいい!」
隊員達に動揺が走る。
ブレイクがまさか柘榴に頼むとは誰も思っていなかったらしい、隊員達は顔を見合わせた。
けれどブレイクは何も気にしている様子はなかった、そもそも彼にそんな些細な人の変化なんて気付けるわけもないのだが。
「ゾーイに止められませんか?」
「2人での練習については止められているが、多人数では問題ないはずだ」
柘榴も気にしないことにする。
その後、戸惑う隊員達を尻目にブレイクと柘榴は戦闘訓練の話を進めるーーー
そしてその結果、柘榴は闘技場に立つことになったのだった。
◯◯◯
「柘榴!俺が時間を稼ぐ!その間に魔法陣を完成させろ」
「ええ。お願いしますね」
青年隊が弓を構えているのが見える。
ブレイクが柘榴の前で剣を構えるのが見えた。
基本的に人狼の基本は集団攻撃なので、ひとりのブレイクがどうやって戦うのか柘榴にはわからない。
「殺すまではやるなよ」
「私を誰だと思っているんですか」
ニッと柘榴は笑う。
集団と戦うなんて初めてだ。
魔女である時は、ほとんど戦うことなんてしてこなかったから。
手段としては持っていたし、脳内ではよく想定していたけれど、実際に戦うとなればーーー
「鬼姫ですよ?」
これが鬼の本能なのか。
それとも魔女の魂なのか。
楽しくてゾクゾクする。
戦闘開始の合図が響き、わっと声を上げて青年隊が駆け出した。
矢が雨のように降ってくるが、先頭を走るブレイクには既に防御の魔法をかけている。
そんなものがなくたって彼に弓の攻撃が食らうとは思えない。
数人がブレイクと対峙し、他の隊員達は闘技場の1番奥にいる柘榴の元に駆けてくる。
どう考えても手間取るのはブレイクの方なので、先に遠距離攻撃ができるとかいう柘榴をやっつけておこうという魂胆なのだろう。
「鬼でありながら魔女だって聞いたけど、本当なのか?」
「俺達に攻撃してこなかったけど……?」
「鬼族の本性が出る、一定の距離を置け」
柘榴を取り囲む隊員達は、そう呟いていた。
彼女が「死神」であることは噂になっているが、魔法とやらも魔女も現実に見たことがないので隊員達はピンとこないらしい。
注意すべきは超近距離タイプの鬼の力だけ。
彼らは懐に入ってこない。
鬼のパワーを注意している。
本当に注意すべきはそれではないのに。
柘榴は薄く微笑んだ、距離がある方がやりやすい。
「きっとあなた方はいわれていたのでしょう、敵をよく見ろと」
頭の中で組み立てられていた魔法陣が、柘榴の周辺に浮かび上がる。
その数は4つ。
現在の柘榴の魔力で、同時に出せる限界の数。
浮かび上がるそれを見て、隊員達の顔色が変わった。
「けれど私には、時間を与えるべきではなかった」
「かかれ!」と隊員達の声がした。
模擬刀を光らせながら、柘榴に向けて隊員達が走り出す。
けれどそれよりも早く、魔法陣から稲妻が走ったーーー
1つの魔法陣からビームのように稲妻が走り、1つの魔法陣からは闘技場いたるところに稲妻が落ちる。
1つの魔法陣からは火の玉が大砲のように飛び出て、最後の魔法陣からは黒い手が伸びて来て柘榴をすくいあげた。
巨大な手は柘榴を攻撃が届かない、高いところに掲げる。
こうなってしまうともう柘榴を攻撃できるのは弓だけだ、柘榴は隊員達を見下ろしつつ魔法陣から次々と攻撃魔法を放つ。
「殺さないように、というのは逆に難しいですよね……どれくらいの魔法を当てたらいいのでしょうね」
稲妻を直撃させたら、さすがに死に、ます、よね?
炎で燃やしたら駄目ですよね?
とりあえず模擬刀での攻撃をさせないため、ビームを食らわしただけなのだが、今は上空にいるのでこの魔法陣を閉じてしまっても大丈夫だな。
そう判断した柘榴は、1つの魔法陣を閉ざすと新しい魔法陣を浮き上がらせた。
燃やした箇所を落ち着かせるように水を放つ。
(これ、どこまで行くと勝ちってことになるんでしょうね)
黒い手の上から、柘榴は稲妻を更に落とした。
ブレイクを後ろから攻撃しようとしていた隊員が、稲妻に怯えて尻込みする。
後ろに気付いたブレイクが隊員を吹き飛ばし、柘榴に向かって指をさした。
「フォローしておりますから安心してください」
「ああ!奥の弓隊をどうにかできるか!」
「火を放っていいですか」
「やりすぎるなよ」
そして戦闘開始から1時間も立たず……
闘技場に立っているのはブレイクと、そして柘榴だけとなったのだった。
「対魔女に向けての訓練もすべきだな」
ほとんど無傷のブレイクが堂々と告げる。
黒い手が伸びていた魔法陣を閉じ、柘榴はブレイクの隣に立った。
この魔法は初めてだったが、やはり立場的に上から攻撃するのはやりやすい。
ブレイクに向けて、柘榴は手のひらを向ける。
首を傾げていたブレイクだったが、柘榴が視線で促すと手を開いた。
ハイタッチをすると、ブレイクはようやく理解した様子で拳を作る。
「俺はこっちだ」
「ああ、なるほど」
ブレイクと柘榴は軽く拳をぶつけ合った。
2人は視線を交わし合い、どちらともなく笑う。
「まさか俺に、背中を預けられる相手ができるとはな」
「ん?何かいいました?」
ブレイクが楽しげに笑っていたので、今度は柘榴が首を傾げた。
観客席では冬青が眉を寄せていて、ヨーコが謎に感涙していて、そしてーーー
「なんてことだ、あの、死神め……!」
男が恐怖に青ざめていたのだったが、それを知る者は誰もいなかった。
そう、誰も。
何とかしないと、とその男が誰かにその事態を伝えたことも。何もかも。
今は誰も知る者はいなかった。




