闇夜に踊れ、恋が始まる ー08ー
「凄いですね、本当に……!」
ゲームの中そのままで!
数時間後のカフェテリアにて。
柘榴はダージリンティーを片手に、徐々に自分にしか聞こえない声にしつつ本音を呟いていた。
柘榴の前を陣取る義兄が目を細めつつ、穏やかな笑顔で楽しげな柘榴に向かって頷いている。
その顔はもはや、鬼ではなく仏のようだった。
冬青と柘榴の2人は、隠れ柘榴ファンの教師に案内され学園内を回り終えたばかりだった。
柘榴にとって学園内の探索なんてそれはもう、ゲーム内で呆れるほどに見てきた景色。
それでもそれが現実になっていると感動を抑え切れなかった。
「柘榴にとっては初めての学校生活ですもんねぇ……クフフ、わかりますよ。嬉しくて嬉しくて仕方ないんですよね……あんなに小さかった柘榴が、が、学生に。お兄ちゃんは嬉しくて……!」
「あなたと幼い頃に出会っていた記憶はないですけどね?」
謎の記憶を捏造しないで。
捏造した記憶で感涙しないで。
いや確かに柘榴は箱入り娘。
その上、昔の記憶を思い出すまでは他の種族は大嫌いと来たので自宅学習ばかりしていた。
そのため集団生活や学校に通うことも初めてだが。
「柘榴が皆と同じ制服を着る日が来るなんて……!」
「まだあと1年ありますし、私より前にあなたが制服を着るんですからね?」
1つだけ年上の冬青が、こんなに感涙するのはさすがに。
さすがにおかしい!
他人から見たらどう思うだろうか……
柘榴の悪評が立つのは大歓迎だが、冬青の悪評が立ってしまうことは柘榴にとって本意ではない。
ちらり、と柘榴は周囲を確認する。
大食堂の隅に設けられたカフェテリアには幾人か人はいるが、冬青と柘榴の周りにはいない。
声も聞こえたりはしないだろう。
チラチラとこちらに視線はやってくるが。
少し安心して、柘榴は息を吐き出す。
今日は学園の開放日。
普段ならは国外からのゲストなどもいるが、時期が時期なので化物学園を見学に来ている家族連れが多い。
カフェテリアや大食堂も今の時間は見学者のために貸し切りとなっており、学生の姿はなかった。
そのため、より一層冬青と柘榴に近付くものはいない。
なんせ2人は鬼族の中でも1番有名な四方木家の兄妹。
気軽に話しかけられるような存在ではない。
そのため、近付こうとする者はいなかった。
もしも近づいてきたとしてもーーー
「柘榴が、柘榴が立派になることはお兄ちゃんとて嬉しいんですよ……!けれど、成長すればするほどに可愛く優しく美しく賢くて立派で可愛くなる柘榴が悪い虫がつかないか、お兄ちゃんは……」
「四方木 冬青。寮を案内してくれる生徒が来た。四方木 柘榴。君は僕と共にカフェテリアで留守番だ」
「うちの妹は天然も度が過ぎておりましてね、クフフ。そのため、俺と一緒にいないとダメなんですよ。ですので柘榴も連れて行きます」
他人が来ればこういう態度になってくれるので、安心といえば安心だが。
可愛いを2回もいうほどに柘榴の可愛さに勝手にやられていた冬青が、きりりと顔を引き締める。
しかし、それをいった相手が悪かった。
特別寮の代表らしい生徒を連れてきたヨーコは片眼鏡をあげ、あからさまに不愉快だという表情を浮かべる。
「新学期より学生になる者以外の寮内の見学は禁止だ。僕が一緒にいるといっている、それでも不安だというのは教師に対する侮辱だ。改めたまえ」
「クフフ。それはそれは大変失礼致しました。けれどうちの愚妹は人見知りが激しく、また大変難しい性格をしておりましてね。初対面の先生と長時間過ごすことは苦痛かと」
「教師である以上、どのような性格の生徒とも接する機会が多い。その点は心配していない。むしろ君、自分の妹に対して少々態度が悪過ぎないか?見ていて不愉快だ」
「クフフ。俺と妹の関係に口を出さないでくれますか?こっちはこのバカな妹のせいで、色々と迷惑を被ってきたんですよ、クフフ」
2人の間に稲妻が走っているのが見える。
柘榴は知っている、この2人のこの会話が実は無意味なことを。
冬青が柘榴に対して失礼なことをいっている、とヨーコは思っているが、実際の冬青は柘榴でも時々引いてしまうほどのシスコン。
ダージリンティーを飲みつつ、柘榴は静かに頷いた。
(私についてはどうでもいいから、早く見学に行けばいいのに!)
待ってるでしょ、そこに!
寮代表生徒さんが!
教師と四方木家のご子息が言い争っているせいで、どうすればいいか本気で困ってるでしょ!
これを止められるのは私しかいない。
柘榴はダージリンティーのお代わりを頼んでから、ゆっくりと立ち上がった。
わざとらしく咳払いをする。
2人の視線がこちらを向いたのを感じてから、柘榴はにっこりと笑った。
「冬青兄様!柘榴は兄様から寮のお話をたくさん聞けること、心から楽しみにしております!」
冬青がそっと、頭を抱える。
そして爽やかな笑みを浮かべながら顔を上げーーー
「寮の見学に行ってまいります!」
寮代表生の首根っこを掴み、駆け出して行った。
あっという間に義兄の姿が見えなくなったところで、柘榴はヨーコに着席をすすめる。
ちょうどよく持ってきてくれたダージリンティーのお代わりと、ヨーコのために頼んだコーヒーを渡した。
「兄の扱いを心得ているなんて、さすが……!柘榴様!孤塚は……!孤塚は感動しているでござる!」
あれ?この光景、さっきも見たことがある……
柘榴が遠くを見ようとしていた時、ふと大きな影が落ちてきた。
「四方木、か?」
振り返ると、やはり。
不思議そうな顔をしたブレイクが、青年隊を率いて立っていた。
普段に比べるとがっちりと武装して。
「ブレイク。えーーー!こんなところで会えるなんて嬉しいですね、少し見ない間に大きくなりましたか?」
「身長は伸びていない。お前こそ珍しいじゃないか。どうした?」
「兄様が寮の見学に行くというので、私も連れてきてもらったんです」
おばあちゃんを始めとした大人特有の「絶対に身長やら変わっていないはずなのに、やたらと『大きくなった?』と聞いてくる」質問を華麗にかわしたブレイクは、納得したように頷いた。
狼男の金色の瞳が、ヨーコの方に向けられる。
「ああ、この人は化物学園の先生です」
「孤塚 ヨーコだ。四方木が寮の見学に行っている間、柘榴さ……四方木の相手をしている」
この人、いま絶対に『柘榴様』といいかけた。
真面目なブレイクは気づかなかったようだ、教師と聞いて深々と頭を下げて失礼を詫びる。
「それで……ブレイクはどうして?そんな格好をして」
「青年隊の訓練だ。今から闘技場で行われる。少し問題が起こったため、話し合おうとここにやってきたんだ」
「訓練?問題?」
ざっとブレイクから説明され、柘榴はにやりと笑う。
これぞまさしく、ネギを背負ってやってきたカモ!
高笑いを何とか堪える。
「そういうことでしたら私、手伝えると思います」
「四方木、本当か?」
そして30分後ーーー
堪えに堪えた高笑いを響かせながら、四方木 柘榴は闘技場に君臨していたのだった。
「アーーーハハハハハ!私を倒せるものならば倒してみるが良いですよ!第1青年隊の皆さん!戦闘訓練とはいえ、容赦なんてしてあげませんよ!」
魔王だ、魔王がやってきた。
青年隊の中でそんな噂が広まったのはいうまでもない。
そしてそんな魔王と化した鬼姫の隣には……
「この訓練の間は俺も倒すべき敵の1人。日頃の訓練の成果を見せてみろ」
第1青年隊隊長、ブレイクの姿もあった。
「ああ!柘榴様!何て素晴らしいお姿でござるか!スケボーの申し子として公園に立った時、たまたま居合わせたあの瞬間から信者である拙者は!!まさかこんな姿が見れるなんて思っておりませんでした!!感涙でござる!!」
「何で…………こうなったんでしょう」
そして観客席には、カメラを構えながら大興奮するヨーコと頭を抱える冬青の姿もあった。




