闇夜に踊れ、恋が始まる ー07ー
馬車が揺れる。
ごうごうと風をきって進む。
風景が目まぐるしく流れていくーーー
「柘榴。クフフ。窓から外を見て」
危ないから窓は開けるなといわれていたせいで、本を読んでいた柘榴はいわれるがまま窓から外を見た。
白亜の城が建っている。
その学園の外見は今までに何度だって見てきた。
それが現実に、自分の目の前まであることに柘榴は何とも言えない感情に襲われる。
感動なのか、それとも驚きなのか……
「今日はこんなところにいたんですね、クフフ。手間をかけさせるんですから」
3頭の有翼馬が羽ばたく音が、馬車の中まで響く。
きっと今は着地するところを探しているのだろう。
学園の周辺は砂漠となっているので失敗したとしてもまだどうにかなるだろうが、いかんせん有翼馬の扱いは難しいらしい。
冬青は当たり前のように「ここにいた」なんて呟く。
知識としては知っていたことだが、柘榴はなんだかまだ信じられなくて思わず言葉を漏らした。
「化物学園って……本当に、生きているんですね……」
「え、何をいまさら?」
確かに柘榴は学園の外見を見たことがある。
ゲームの画面で。
学園の歴史だって知っている。
その学園がどうして「そんなところ」に建っているのか、だって。
化物学園とその寮は、1つの街ほどの大きさもある巨大な亀の甲羅の上に建っている。
亀、といってもそれが持つ甲羅は、想像するような甲羅ではない。
その亀は甲羅の代わりに切り株を背負っているのだ。
その甲羅代わりの切り株に根を這わさせ、砂漠の地下から水を吸い取らせて生きているらしい。
切り株には緑が咲き、そこに動物や人が住むこともこの世界ではよくあることだとか。
そのためそんな亀の上に学園が建っていて、王都から少し離れたところに広がる砂漠を亀が動き、学園が毎日少しずつ動いていたって訪れる人にとっては不便ではあるが不思議ではない、らしい。
寮生活を送る学生は地面ごと少しずつ動いていたって不便ではないし、特別階級の寮の中と学園内の一角には王都まで一瞬で移動できるワープホールがある。
今はまだ学生ではないので使えないから、今日の冬青と柘榴は有翼馬で亀を探し、こうやってやってきたのだが。
切り株亀の歩みは超絶ゆっくりなので、有翼馬なら余裕で追いつけるのだ。
(ワープホールを通って街でデートしていたと考えると……まだ仲が良くない時、デートに誘っても断られていた理由がわかりますよね……)
そりゃあまぁ面倒くさいよな……
寮内のワープホールでも、それを使う際は教師に使用許可を得なければいけないのだから。
仲が良くない女の子とデートするためにわざわざ使用許可を取るのは、まぁまぁ面倒臭いだろう。
なんだか乙女ゲームの裏側を知った気分である。
「今日は俺達以外にも一般生徒が見学に来ているし、学生だっております。お前は可愛いんだから、いつ誘拐されてもおかしくありません……クフフ、そんなことをしたら犯人をどうしてやろうか。死んだ方がマシだと思うような拷問を……いやいやとにかく。お兄ちゃんから絶対に離れないように」
馬車の中で、冬青は柘榴に何度もそう言い聞かせる。
子どもじゃないんだから、と柘榴は思った。
見た目と立場は今は冬青より年下だが、中身はドがつくほどのシニアなのに。
敬老の日に感謝されてもいいくらいなのだ、こっちは。
有翼馬を操っていた鬼の従者が馬車のドアを開ける。
薄暗かった車内にパッと光が入り、眩しさに柘榴は目を細めた。
「柘榴、おいで」
先に降りた義兄が手を伸ばしてくれたので、柘榴はその手をとる。
砂交じりの風が柘榴の頰を撫でた。
ああ、私はーーー
「化物学園に来たんですね……!」
ゲームの中で何度も見てきた場所に。
何百回となく「生徒」となって入学した学園に。
ついにやってきたのだ。
学園の敷地内にある駐車スペースなので、あまり知らない場所だがそれでもなんだか嬉しくて柘榴は辺りをキョロキョロと見渡す。
わーあっちは見たことがある風景だ!
学校内に入りたいなーー!
そんなことを思いながらテンションが上がっている柘榴が珍しいのか、冬青はクスクスと笑い出した。
「そんなに楽しみなのか?可愛いな。クフフ」
「だって……新しい場所ってワクワクしませんか?」
それだけではないのだけれど。
「わからないでもないね」と冬青が同意を示していると、ダークスーツに白衣を羽織った男性が校舎の方から2人に向かってやって来た。
彼を見た途端、柘榴は「あ」と声をあげそうになったのを何とか堪える。
背は高いが身体は細い。
年は30歳前後。
オレンジがかった長い金髪を1つに結び、肩にかけて垂らしている。
鋭いアイスブルーの瞳。
綺麗な顔をしているが、一文字に閉じた口やつり上がった目はその瞳の色も相まってどこか厳しげで、冷たそうにも見える。
そして何より目を引くのは、頭に生えているもふもふの獣耳。
今は白衣に隠れて見えないが、髪の色と同じもふもふの太い尻尾が生えていることを柘榴は知っている。
柘榴は彼をよく知っているのだ。
「四方木家の2人だな」
「はい。俺は冬青、こちらは妹の柘榴です」
「聞いている」
彼は片側にだけかけた丸眼鏡をあげた。
アイスブルーの瞳は、挨拶している冬青には向けられていなかった。
何故か彼は向かってくる時からずっと、ジーーーッと柘榴を見つめ続けている。
挨拶だけは冬青に向かってしているが、顔と目線だけはずっと柘榴。
穴が開くんじゃないかってくらい。
自分に視線が向けられていないことを不快に思ったのか、それとも柘榴ばかりを見る男に不信を抱いたのか。
冬青はわざとらしく咳払いをした。
すると男はようやく視線を冬青に向ける。
酷く冷静に「失敬」なんていいながら。
多分本心では思ってなんかいないだろう。
「本日、僕が学園内を案内する。教師の孤塚だ、担当は化学と他。特別寮の担当も務める」
「クフフ、よろしくお願い致します」
義兄と教師は握手をした。
どうも冬青の顔には作り笑いが貼りついていたし、手にはやたらと力がこもっている気がする。
それでも教師は至ってクールで、表情1つ変えやしなかった。
柘榴はただーーー
おののいていた、この状況に。
(か、隠しキャラも当たり前のように出てくるんですね!)
この教師、孤塚 ヨーコも実は攻略対象のひとり。
彼は主人公のクラスの担任で、先ほど自分でも述べていたように特別寮の寮監でもある。
化け狐という獣人族の生まれの彼は、変身学の教師でもあり男女どちらにも姿を変えることができる。
本来の性は男性らしく、ほとんどは男性なのだが獣耳とグラマラスな身体を持つ女性姿は人気も高い。
(この人!出現させるのがあんなにも大変だったのに、主人公でなければあっさりと出てくるんですね……!)
いや、というかゲームではなく現実なのだから、もしかしたらあっさりと出てくるのかもしれないのか!
主人公にとっては担任なのに、むしろ出てこない方がおかしいだろうし。
ちなみにゲームの中で彼を出現させるには、定期テストで赤点を3つとらねばならない。
柘榴は主人公完全完璧主義のため、主人公がテストで1番にならないなんて許せない主義だ。
そのため、血を滲むような思いをして彼を出現させ、そして血を滲むような思いをしてそこから学年1位になったかーーー
(しかもクリア条件に学年1位をとることってあるんですよね、この人……)
思わず遠い目だってしてしまうというものだ。
そんな柘榴を、ヨーコはまたもジーーーッと見つめる。
ゲームでは隠しキャラではあるが、実は「今」の柘榴とヨーコにも別の関係性もあった。
そっとヨーコが大きな身体を折り、柘榴に耳打ちしてくる。
「柘榴様……!ようやくお目にかかることができました……!何度もお手紙でやり取りしております、せ、拙者!コヅカです……!!」
そう、実はこの教師。
柘榴の熱狂的なファンで、文通をしているのだ。
名前からしてもしかしてと思っていたが、やっぱりこの人だったのか……
柘榴は自分のある意味最悪の予想が当たり、薄く微笑む。
「ざ、柘榴様!想像のご、500倍は可愛く、拙者は感激しているでござる…………っ!」
ちょっとこの人、気持ち悪いな?
ゲームではクールビューティだったのにな?
何でこんなことになったんだろうな?
柘榴が冷静に思ったのはいうまでもない。




