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闇夜に踊れ、恋が始まる ー幕間:冬青ー

幕間です!

「本当に君は柘榴が好きだな」


 と、ゾーイにいわれた時、冬青(そよご)は一瞬言葉の意味が理解ができなくて眉を寄せた。

 好き?誰が?自分が?誰を?柘榴を?

 脳内にぽん、と義妹の笑みが浮かぶ。


 ああ、そういえば今日は朝から難しい顔をしていましたね、あの子。

 最近では出来る限り、食事は義妹ととるようにしているのだ。

 柘榴が「ひとりで食べても美味しくないんですよね」と、残念そうに呟いたことがあったから。

 両親もそれを聞きつけていたようで、家族団らんの時間も増えた。

 少し前の自分ならば考えられなかったことだ、冬青自身でも驚く。


 そんな柘榴。

 今朝はメニューの中に苦手な食べ物が出たらしく、どうにかして平和的に食べない手段はないか考えていたらしい。

 その結果があの難しそうな顔。

 思い出しただけで笑ってしまいそうになる。

 冬青は何とか笑顔を抑え込み、友人を見遣った。


「クフフ。何のことですか?」

「君もなかなか面白いジョークを言えるようになったじゃないか、大したものだよ」

「本気ですよ」

「本気なら笑えないな」


 気だるげに拍手を送っていたゾーイが、顔をしかめた。

 そんなにも自分の発言はおかしかっただろうか?

 持っていた書類に簡単に目を通しつつ、冬青は数秒間だけ思案する。


「好きか嫌いかと問われれば、それは勿論好いてはおりますとも。クフフ。兄妹ですからね」


 それにバカな子ほど可愛いというでしょう、と冬青は付け足す。

 柘榴が「大嫌いなままでいてください」といったものだから、人前では大嫌いなふりをする。


 ゾーイが赤い目を冬青に向けた。

 冬青は友人に書類を渡す。

 ヨーク王国の王子は書類を受け取りつつ、呆れた様子で溜息を吐き出す。


「そういう好きではなくてだな……」


 何といえばいいのか。

 ゾーイは書類にサインしながら、悩んでるいるようだった。

 王城にあるゾーイの事務室には陽光が差し込む、冬青にとっては慣れた場所だ。

 そこでどうしてこういう話になったんだっけ。


 ああそうだ。

 冬青の爪が黒に塗られていたから、それはどうしたんだとゾーイが尋ねたのだ。

 柘榴がやってくれた、素敵でしょう、できる限り落としたくないんですよね、というとゾーイはいったのだ。

 好きだな、と。


(わかりきったことをいいますよね、ゾーイも)


 事務室内には冬青以外にも、ゾーイの手伝いをする文官が何人かいる。

 皆が冬青とゾーイが友人関係にあるとわかっているので何もいわないが、あんまり親しげに話すこともはばかられる。

 何といってもゾーイは王子様なのだ。


 それでも思わずにはいられなかった。

 冬青にとって柘榴が特別なことなんてわかりきってきるはずだから。

 あの子は自分の義妹で、命の恩人だ。

 血の繋がりはないが家族である、好きに決まっている。


「君がそんな感じのままなら、いつか柘榴を俺にプレゼントしてくれよ。可愛いリボンをつけて、豪華にラッピングして」


 二、と笑いながらゾーイが呟く。

 なんだか含みのある笑い方だ。

 この王子様が柘榴を婚約者にしたい、と申し出てきたことは冬青とて知っている。

 柘榴が素晴らしい相手と結婚するのはいいことだ。

 それがゾーイならば何の問題もない。


「勿論構いませんよ」

「へぇ、構わないんだ?」


 なんだかその言い方は引っかかった。

 冬青は気づかないふりをして続ける。


「クフフ。当然でしょう?四方木家から王家に嫁ぐなんて、光栄ですよ。あんなにも馬鹿で間抜けな愚妹ではありますが……」

「じゃあ遠慮なく貰っちゃおう」


 貰うってまるでモノみたいに……

 その言い方に少しもやっとした。

 けれどゾーイが冬青の立場ともなっていくと結婚というのは一種の契約であり、政治だ。


「どうぞ、ゾーイ王子」


 珍しく、ゾーイがにっこりと笑った。

 その笑い方を、冬青はよく知っている。

 ブレイクやアルカードに比べると、ゾーイと冬青は長い付き合いではないが……


(オモチャを見つけた時の笑い方、ですね)


 何がそんなに面白いのか。

 天才の考えることは冬青にはわからない。

 ただ、義妹が塗ってくれた爪を見て、冬青はニヤリと笑っておいた。



「そうだ、話は変わるんだが……」

「なんでしょう」

「柘榴は魔法の訓練を続けているのか?」


 さっきまでのゾーイの仕事といえば書類にサインするだけだったが、今は意見を求められているらしく素早く文字を走らせている。

 よくまぁそんなに思考を巡らせながらも話せるものだ。

 感心していた冬青に告げられたのは、さっき話題に出ていた義妹のこと。


 柘榴は鬼でありながら魔女の素質を持っていた。

 この世界には魔法が存在するし、魔女だっている。

 しかし魔女はほとんどヒトだけがなるものだ、そもそもその単語は「魔力を持つヒト」に向けられるものである。


「いけませんか?クフフ。そんなことを気にするなんてゾーイらしくない」

「もっと俺らしくないことに耳に入ってくるんだよ、些細なことがね。死神だとか、なんだか」


 死神。

 2つの素質を持つもの。

 血筋を超越した、恐ろしい力を持つ者に向けられる言葉。

 例えば鬼でありながら、魔女としての素質を持つ柘榴にとか。


 この国ではそういう異質な存在は、昔から国に災いを呼ぶ存在だといわれていた。

 それを信じているものなんて今ではほとんどいないが、年配の人達は未だにそれを強く信じていたりする。


「なるほど……強くなるな、といわれているんですかね?もしかして」

「おーーさすが四方木家ご長男様!いわずともお察しくださるとは。俺の時間の短縮をしてくれてありがとう」


 皮肉たっぷりにゾーイはいう。

 彼自身も昔からの言い伝えとかにはうんざりなのだろう、根拠なんて何もないものだから。


「けれど鬼にとって、強くなることは本能です」

「わかってないと思うか?俺が」

「クフフ。まさか」


 全てをわかった上で、ゾーイいっているってことだ。

 思っている以上に、柘榴が「死神」だということはまずい立場なのかもしれない。

 何といったって義妹は悪名が高い。

 その上、四方木家は王家よりも強大な力を持つとまでいわれている。

 柘榴の死神を上手く利用して、四方木家転覆を狙っている輩がいたっておかしくない。


「……俺が護りますよ」


 柘榴は生きる価値のなかった自分に生きる意味をくれた。

 居場所を与えてくれた。

 その上、その魔力を使って命を救ってくれた。

 その恩は一生かかったって返せない。


(俺みたいな奴はいつ死んだって構わない。それで柘榴を護れるっていうならば)


 自分には価値がない。

 少なくとも柘榴の命よりは。

 ゾーイが赤い目を冬青に向けていた。


 そしてもしも自分が死んだって、柘榴には守ってくれる人が何人もいる。

 柘榴は妹で、いつか嫁に行く。

 いつまでも側にいることはできないーーー


(けれど義兄(あに)ならば……)


 そこまで考えて、冬青は我に返った。

 兄ならば、とはなんだ?

 何を考えていた?

 ゾーイがいたずらっ子のように、ニヤリと笑っているのが視界の端に映る。

 何だか気恥ずかしくて、冬青は気づかないふりをした。



◯◯◯



「誰にも渡したくないですね」


 ああ、どうしてそう思ったのだろう。

 まだその感情はわからない。

 いや違う、わかってしまってはいけない。

 自覚してはいけない。


 頭の中でチラリ、と楽しそうに笑っていたゾーイの笑顔が蘇る。

 あの男はこうなることがわかっていたのだ。

 なんだかそのことに無性に腹が立った。

 柘榴がゾーイと同じ、赤い目をこちらに向ける。

 ああ、もう。


「『お兄ちゃん』はお前が大好きですよ」


 彼女の側に永遠にいるためには。

 このままでなければいけない。



 だからこれは、恋じゃない。



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