表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/60

闇夜に踊れ、恋が始まる ー06ー

 魔法というものは、魔力を使い切って枯渇させることで最大量が増える。

 つまりそのためには魔力を使い切らねばいけないのだ。


(何が問題かって、私……強くなりすぎちゃったようなんですよね)


 もちろん、魔女だった時に比べると全然だが。

 今までは父の武道場を少し借りて修行するくらいで、あっという間に魔力の最大量が上がったというのに……

 多分今は、これ以上魔力を上げようとすると誰かと本気の決闘をしないとどうにもならない。


 知っている顔ぶれの中で、魔力が枯渇するほどの決闘ができる相手といえばブレイク。

 冬青(そよご)も鬼なので本気を出せば強いのだが、義妹相手には戦えないと練習相手にもなってくれない。

 アルカードも強いのだが、「汗をかくのが嫌だ」というアイドルのような理由で武道場にさえ来てくれないのだから。

 さすがに王子に向かって魔法を放つわけにはいかないし。


 ブレイクは誘えば付き合ってくれるのだが、なんせ忙しい。

 青年隊の活動もあるせいだ。

 ということで、柘榴は今、魔法の練習については停滞していた。


「クフフ。些細な疑問なんですがね、柘榴。お前はそんなに強くなる必要はありますか?」


 予想外の質問に、柘榴は目を丸くした。

 この世界では「戦う」ことは身近にある。

 ヨーク王国は大きな国であるが、それ故に近隣の国との関係は良いばかりとは言い難い。

 血筋や生まれによっての差はあれども、性差はそこまでない国なので男でも女でも戦えるものは兵士となる。


 そして特に、鬼一族は戦うことが生きがいだ。

 身体が大きな方が尊敬されるような一族だし、力が強いことも最高の誉れ。

 鬼族で王家だともいわれる四方木家現当主、柘榴の父だって鬼の本性が出ると身体は小さな山くらい大きくなる。


 鬼にとって戦うことは食事と同じくらい当然のこと。

 魂は別の世界を生きてきた柘榴でもそう思うっていうのに、生粋の鬼育ちである冬青が、まさか強くなる必要を問うなんてーーー

 柘榴はパチパチとまばたきをして、今度は爪の手入れをしてくれている義兄を見つめる。


「クフフ。確かに……(おれ)達にとって、強くなることは当然のことでしょう。けれど……」


 冬青はそっと、柘榴の手に自分の手を重ねた。

 同じ鬼族でも、冬青と柘榴の手は全然違う。

 骨っぽくてひんやりとしている義兄の手に視線をやってから、柘榴は顔を上げた。


「お前のことは俺が護るから。一生。死ぬまで。俺はお前よりも先に死ぬつもりはない……だからお前は、強くならなくたっていいんですよ」


 確かに前世を思い出すまでの柘榴や、ゲームの中の柘榴は家柄や父の強さに守られてきた。

 自分から戦おうなんて思ってもいなかっただろう。


 冬青は強い。

 確かに身体は、鬼らしいとはいえない。

 筋骨隆々でもないし、際立って大きいわけでもない。


 それでも彼が強いことは柘榴はよく知っている。

 恵まれているとはいえない生まれをして、それでも生きてきてここにいるのだ。

 頭脳や立ち居振る舞いをよくわかっている。

 それも「強さ」だと柘榴は思う。


 そんな義兄の傘の下にいれば、きっと将来は安定だろう。

 戦う必要なんて、強くなる必要なんてない。

 義兄は柘榴をたっぷりと甘やかしてくれる。

 どうしてこういう感じになったのかは柘榴にはわかりかねるが、今の冬青は柘榴を十分に愛してくれている。

 もちろん、家族として。


「駄目ですよ。そんなの」


 けれど、柘榴はきっぱりといった。

 赤と金の目で冬青を見返す。



「だって私も、冬青兄様も護りたいですもの」



 理由はそれだけじゃないけれど!

 ライバルであり、悪役令嬢である柘榴(じぶん)が強くなっていればなるほど、ヒロインは柘榴を超えるために強くならなければいけない。

 そうならないと柘榴の処刑に繋がらないのだから。


 だからきっと、ヒロインは努力してくれるはずだ。

 完全無欠の主人公ちゃんが性癖ともいえる柘榴にとって、主人公が強くなることは大歓迎である。

 むしろ主人公は誰よりも完璧でなければならない!

 そんな主人公に負け、華々しく散ることが柘榴の夢!


 そして自分が華々しく散った後、冬青が強くなければ四方木家が危ない。

 ゲームの中の冬青ならば家族との関係が悪く、主人公と駆け落ちして出て行ってしまうが、今の冬青ならば大丈夫だろう。

 柘榴を守れなかった……となれば家族の関係はまた悪化してしまうかもしれないが、柘榴の処刑は柘榴が原因のため問題もないはず。


 じゃあやっぱり、冬青は必要だ。

 自分が華々しく散るためにも!

 それに処刑に繋がるためには戦いは必要不可欠だし、その時に冬青が怪我なんてしてしまったら四方木家はやばいし、そうなったら気持ちよく死ねないし、そのためにはいざって時には冬青を守りたいし、というか戦った時に殺されるのではなくて処刑で死にたいし…………


(となると!私自身も!強くならないと!)


 そして後は演技力も必要!

 処刑されたいという気持ちが顔に出ないよう、気をつけていかねばならない。


 改めて柘榴がそんな思いを強くする。

 ふと冬青を見ると彼はーーー

 涙を流していた。

 ギョッとして柘榴は義兄の腕を握る。


「ど、どうしたんですか!?」

「いや、違うんです」

「ち、ちが?違う?何が?お、おおお腹?お腹が痛いんですか?そ、それとも歯ですか?歯を吹き飛ばしましょうか!?」


 他人の涙なんて、多分ここ数百年くらい見たことがない。

 柘榴は挙動不審に陥っていた。

 どうしよう、こんなことならば虫歯菌を退治できる魔法を覚えておくべきだった。

 手のひらで涙を拭っていた冬青が、そんな柘榴を見て少し笑った。


 な、何で笑われたのだろうか……

 柘榴は思わず自分の言動を振り返った。

 歯を吹き飛ばしましょうか、なんて台詞が悪かったのだろうか。

 虫歯菌をこの世から消滅させましょうか、の方がよかったのだろうか。

 虫歯菌を どころか、世界を消滅させることになるのだが。


「俺を護りたいなんて、お前は変わってますね」


 拭いきれなかった涙が義兄の頰で光る。

 そういって微笑む冬青の顔は、どうしてだか何処か寂しそうに見えた。

 柘榴は手を伸ばし、義兄の涙を拭いながら首を傾げた。


「何でですか?兄様は私の兄様なんですから、至極当然の感情です」


 それに。


「私は鬼なのですから、強くなりたいのは本能ですよ」


 だから気にしないでくださいね。

 柘榴はにっこりと笑うと、冬青の頭を撫でる。

 関係性的には兄弟ではあるが、魂的には柘榴の方が随分と年上なのだ。

 可愛らしいなぁ、と常日頃から思っているし、なんなら毎日頭を撫でたいくらいだが、冬青にもプライドがあるし普段は自制しているのだ。

 こういう時くらいはいいだろう。


「えっ!?ど、どうしました!?」


 またもポロポロと冬青が涙をこぼしたので、柘榴はさっきよりも更に慌てる。

 さっきは何が原因で泣いたのかわからなかったが、今のは完全に自分が原因だ。


「あ、頭を撫でたのが嫌でしたか!?そんなに髪の毛にこだわりが!?いや、プ、プライド的なやつですか!?すみません!」


 冬青が笑い出す。

 涙を流したまま、顔をくしゃくしゃにして。

 なだめた方がいいのか、それとも一緒になって笑えばいいのか。

 判断がつかず、柘榴はきっと困った顔をしていたのだろう。

 今度は冬青が柘榴の頭を撫でた。


「誰にも渡したくないですね」


 ポツリと告げた義兄の言葉に、柘榴は「何をですか?」と問うた。

 誤魔化すように曖昧に冬青は微笑む。

 そして冬青は、柘榴の頭を撫でた自分の手をぎゅっと握りしめた。

 まるで温もりを覚えていようとするかのように。



「『お兄ちゃん』はお前が大好きですよ」



 当然の告白に、柘榴はぽかんとした。

 家族なので好きなんて当然だ。

 少なくとも四方木家においては。

 ただ、柘榴はその告白を聞き逃せなかった。


「大嫌いなままでいてくださいってお願いしたのに!?」


 死にたいんですからね、私!

 冬青が声を上げて笑ったのはいうまでもない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ