魔女は死を懇願する ー04ー
「ゾーイ王子に謝罪に向かいたいと思うのですが……」
柘榴が医者から起き上がることを許されたのは1週間後。
娘の全快を泣いて喜ぶ両親にそう述べたところ、泡を吹いて倒れたのは記憶に新しい。
両親の後ろに控えていた義兄が医者を呼ぶどころか呆然としていたので、柘榴が医者を呼んだのだった。
ちなみに医者にも卒倒され、メイドにも泣かれた。
(良く泣く人達だな……)
前世の記憶を思い出してから、毎日こうだ。
柘榴は多少うんざりとする。
粥を持って来てくれたメイドに「ありがとうございます」と笑うと泣かれ、酷い時は土下座で謝罪を受ける。
「私は健康ですので普通の食事がしたいです」。
医者に診察の感謝を伝えてからそう述べると、翌日になると何故かもっと高名な医者を呼ばれた。
記憶を思い出す前の柘榴はよっぽどだったらしい。
しかしそのおかげで柘榴は思ったのだ。
これはもう完全なる処刑。
死亡フラグ待ったなし!
そんなに酷かったのであれば、今さら神妙な態度をとったところで評価が変わるわけもない。
現に14年間生きて来た両親や面倒を見ていたメイド、10歳から一緒に暮らす義兄ですらこうなのだから。
そう、柘榴は14歳だったらしい。
義兄の冬青は1つ年上なので15歳。
16歳の春に化物学園に入学となる。
今がちょうど春のため、柘榴は2年後。冬青は来年の今頃には化物学園の生徒となっているだろう。
柘榴断罪イベントは3年生の冬。
つまりほぼ5年間!この世界で過ごせる!
柘榴は自分の年齢を知った時、そう歓喜したものだ。
ともかく、柘榴は喜んだ。
自分の嫌われっぷりに。
そして大いなる自信を持った。
己の未来の暗黒さに。
それこそが柘榴が望んでいた未来!
全てが順調で安定だと自信持った柘榴は、外の世界が見たくなったのだ。
そのため、話は冒頭に戻る。
王子へ謝罪に向かうといって、屋敷の外を少しばかり散歩でもしたい。
謝罪は目的ではない。
謝罪したところで今さら許されるなんて思ってもいないし。
むしろ許さなくていいし。処刑されたいし。
しかし許可は下りなかった。
「あちらのお茶会での事故なのだから、あちらが謝りに来るのは当然!柘榴ちゃんが出向くことはない!」
と、父はいう。
「まだ記憶が混濁しているのに外を出歩くなんて以ての外!柘榴ちゃんは屋敷にいなさい!」
と、母はいった。
まぁそれも一理あるか。
記憶が戻ってない現在、ただのお上りさんになってしまう恐れだってあるし。
ゲームの中では悠々とデートやなんだかしていたので治安は悪くないはずだが、何が起こるかわからない。
父が「娘が王子に会いたがっている」と、王に話を通してくれるらしいので、それならばと柘榴は父にお任せすることにする。
暇を持て余しているため、ついでにあることをお願いすると……
父は最近柘榴が良く見る呆然とした表情を浮かべていた。
柘榴はもう、そういう持ちネタなのだと思うことにした。
◯◯◯
「おじょ、お嬢様が……っ!」
ゾーイが来る当日。
朝から柘榴が客間で花を生けていると、探しにやって来たメイドが泣き崩れた。
うん、わかったわかった。
ビックリしたね、と柘榴はスルーする。
西洋の魔女から日本人に転生した前世。
日本人なのにおかしいと疑惑を抱かれないよう、茶道や華道や書道など諸々のことは一通り習ったのだ。
魔女だった頃もそうだったが、やり始めたら極めないと気が済まない性格のせいで結構なお点前になったものだ。
「お嬢様がお花を生けてらっしゃる……!花を飾って何になるの?と宣言し、それよりも私は宝石がいいわと旦那様にねだっていたお嬢様が!お花を!」
「この辺でいいですかねぇ……」
メイドが怯えながら、叫ぶ。
リアクションもツッコミも面倒だったので、柘榴は見えない聞こえないをモットーとし、完成させたばかりの花の角度を整えることに集中した。
「そ、そうだ。お嬢様………ご質問しても?」
ひとしきり騒いだあと。
何かを思い付いたメイドがそう尋ねる。
生けた花を飾り、片付けまで済ませた柘榴は自分で淹れたお茶を飲みつつ優雅に聞き返した。
「なんでしょう?」
「昨晩はお休みになられましたか?も、もしや傷が痛んで眠れなかったのではありませんか?」
眠れてない?
なんで?
少なくとも10時間は爆睡した自覚のある柘榴は、眉を寄せる。
「なぜですか?」
「さっき、私はお嬢様を起こしに、お部屋に行ったのです!しかしお嬢様はおらず、お布団も敷かれていませんでした!これはもしや、お嬢様は昨晩眠れなかったのではと思い!!」
「…………ん?」
「そういわれれば昨日も一昨日もその前も!私はお嬢様を起こしに行ったのですが既におらず!お布団もありませんでした!!まさか!!ずっと眠れておられないのですか!?」
髪をポニーテールにしたメイドが涙を浮かべながら、柘榴の手をぎゅっと握る。
女性にしては大柄な彼女に握られると痛いのだが、それよりも……
何いってんだこの人?
そんな気持ちでいっぱいで、柘榴は困惑しながら告げる。
「自分で起きて、自分で片付けてるだけですよ」
当然のことをいったつもりなのに、ポニーテールのメイドは崩れ落ちた。
「お嬢様がご自分で!?!?」と驚愕し、言葉すら出ないようでガクガクと震えている。
柘榴はあまりの面倒くささに、ぶつぶつと「あのお嬢様が……」とうわ言のように呟くメイドをスルーし、鯉にエサをやってから中庭の枯山水を楽しんだった。
ちなみにこの後、お茶も自分で淹れたことを知り、メイドは死にそうになっていた。
記憶が戻ったあの日。
柘榴の変わり様にうろたえて泣いていたメイドこそ、彼女。
彼女は柘榴専用のメイドらしく、名は芹。
4つ上の18歳。
柘榴が10歳の頃、つまり義兄が柘榴の家にやって来たのと同じ時期に屋敷に来て、それ以来柘榴のお世話をしてくれてるらしい。
鬼の女性では一般的なサイズだとかいう、大柄で筋肉質な女性だ。
彼女に聞いたところによると、柘榴は鬼の女性では小さい部類らしい。
芹が大きすぎるだけでは?といいたくなるのをぐっと堪え、柘榴は苦笑いを浮かべておいた。
困った時の作り笑い!
それこそ日本人に生まれて学んだ世渡りのひとつ!
「それでお嬢様……このお花の道具はどうしたのですか?」
「父様に買っていただいたんです。自室に花でも飾ろうかと」
「お嬢様が!?熱でもあるんですか!?」
「熱はないのですが、模様替えしようと思って。私の部屋は14歳にしては子どもっぽすぎるでしょう」
「フリルとレースとリボンとピンクが大好きなお嬢様が!?!?」
柘榴の発言に芹はいちいち大げさに驚く。
そのため中々話が進まなかったが、とにかく芹は部屋の模様替えを手伝ってくれるらしい。
がっつりと模様替えするつもりなので有難い。
芹の筋肉ならば重いものを持ったり、移動させたりと戦力になってくれそうだ。
「それで何故、客間にお花を飾ってたんですか?」
「何故って……お客さんを迎えるんですから、歓迎の意味ですよ」
「俺を歓迎だって?」
特徴のあるキンとした声がした。
柘榴と芹が振り返ると、いつの間にやってきたのかゾーイが立っていた。
周りではメイドが慌てふためいている。
当然だ、まだ約束の時間には随分と早い。
「愚かな人造人間様のために天下の鬼姫様がお花を生けてくださったとは。素晴らしい歓迎に感謝感激だね」
「気に入ってくださり光栄です」
皮肉だとわかりつつもさらりと感謝を述べると、ゾーイが小さく舌打ちした。
ブクマすごくうれしいです!
やる気が出ます!ありがとうございます!
明日も3回更新できたらいいなと思ってます。