闇夜に踊れ、恋が始まる ー05ー
「俺…………寮に、入ろうと思います」
冬のお茶会から数週間後。
四方木家の一室は、重い空気に包まれていた。
部屋にいるのは柘榴だけではなく、四方木家当主である柘榴の父と母。
そして悲痛な面持ちで、それを告げた冬青。
「冬青、そんな……!」
「冬青がいなければ、誰が柘榴を守ってくれるっていうの……!?」
父は顔色を変え、母は着物の端で口元を押さえる。
ゲームの中では険悪だったはずの冬青と両親は、「柘榴を溺愛する」という共通項目があるせいで今やすっかり仲が良い。
柘榴がスケボーの申し子になってみたり、吸血鬼のパーティーで襲われかけたりと色々と問題を起こしすぎたからかもしれないが。
何はともあれ、家族の仲が良くなったことは良いこと。
家族とは縁遠い生活を送ってきたのだ、最後の魂と決めた柘榴の家族は特別である。
仲良く楽しく過ごしたい。
そしてここは魂としては1番大人である自分が、上手いこといって何とか場を収めよう。
「まぁまぁ父様、母様。兄様にも考えがおありなんでしょう。こういう時はは子どもの意思を尊重することも大事だとかいう噂を聞いたことがあるようなないような……」
「俺が寮に入らなければ、誰が柘榴の世話をするっていうんですか!あんなに柘榴は可愛いのに!」
え?
冬青が頭を抱える。
ダン!と父がテーブルを叩いた。
「よくいった、冬青!その通りだ!柘榴ちゃんの可愛さはこの国を、いや世界を変えてしまうくらいだ!それなのに寮に入るといい出すなんて……!」
「柘榴ちゃんが、柘榴ちゃんが死んじゃう!可愛すぎて皆から愛され、美味しいものを食べさせられ、喉に詰まらせて死んじゃうのよ!」
いや、それ……
よくお正月にニュースになるやつ……
冗談かと思ったが、両親も冬青の顔もいたって本気。
「寮に入りたいなんて……何で……!」
「2年から寮に入ることはできませんが、俺が先に寮に入って柘榴を待ちます!安心してください、母様!」
「冬青!何て良い子なの……!」
「立派になったなぁ、冬青!」
何だか馬鹿馬鹿しくなってきて、柘榴は遠くを見つめることにした。
両親と冬青は無駄に盛り上がっている。
確かに、冬青のこの話し合いの前。
柘榴が寮に入りたいといい出したことで、連日連夜家族会議が開催されていた。
両親も冬青も柘榴が寮に入ることは大反対だったのだ。
何をいっても柘榴が折れないとわかったらしい両親は渋々といった具合で、入寮を認めてくれた。
いっても化物学園に入学するまで、まだ1年以上ある。
その間に心変わりするだろう、と思ってのことらしい。
そして冬青は冬青で、本当に柘榴が寮に入るといいだした時のことを考えていたらしい。
2年生から寮に入ることはできないが、寮から出て行くことはできる。
「だから俺は……!寮に入ります!可愛い可愛い柘榴と、ま、毎日会えないのは苦しいのですが!」
「わかるぞ!冬青!」
「ありがとね、冬青!」
週末になれば普通に泊まりで帰ってこれるじゃないですか。
そもそも特例処置で、平日でも外出できるじゃないですか。
というか、大袈裟すぎるでしょ、これ。
いい出したらキリがない。
聞かない方が賢明だ。
柘榴はただただ無の表情のまま、畳の目を数えていることに専念した。
◯◯◯
「ということで、お兄ちゃんは行ってきますね」
「え?何の話ですか?」
最後には柘榴の幼少期の写真を並べ、柘榴可愛いエピソード披露の会と化した家族会議の後。
柘榴の自室にて髪の毛をとかしながら、冬青が告げた。
何のことかわからず、柘榴は首を傾げる。
「クフフ。何てことだ。聞いてなかったんですか?」
「まぁ…………畳の目が……異常に……気になりまして」
そういう時もありますよね。
それで柘榴は押し通した。
聞いてなかった柘榴に、冬青は簡単に説明してくれる。
寮に入ることになった彼は自分が入学してから生活する場所を見学に行くらしい。
「よければ柘榴も一緒にどうですか?」
「行きたいです」
冬青の誘いに、柘榴は二つ返事で了承する。
入学するまで行けないと思っていた化物学園の中に入れるのだ、行かない理由がない。
ゲームの画面としては何百回どころか何千回と見てきた風景の中に、自分も入れるなんて!
「よかった!クフフ。俺としたことが……ついつい無邪気に喜んでしまいました」
「私も嬉しいです」
化物学園に行けることが。
そう付け足す前に、冬青が嬉しそうに微笑む。
「お兄ちゃんとお出かけするのがそんなに嬉しいだなんて!可愛さの上限が知りたいくらいです!」
何か勘違いされたが、まぁいいか。
柘榴は化物学園に想いを馳せた。
自分が青春を謳歌する学園。
自分の人生が潰える場所。
破滅へと向かうための用意された舞台。
胸が高鳴る。
ああ、早く入学したい。
3年間、目一杯楽しんで、笑ってーーー
「私は死ぬ」
え?と冬青が聞き返す。
柘榴は口の端を持ち上げ、微笑んだ。
妖艶に、恐ろしいくらいに美しく。
「週末が待ちきれませんね!」
「クフフ。お兄ちゃんとのお出かけがそんなに楽しみなんですね!お出かけ用の可愛いお洋服でも買いに行きますか?クフフ。なんとビックリ!お兄ちゃんは今、何でも買ってあげたい気分なのでおねだりしてもいいんですよ?」
ニコニコと笑っている義兄を見ながら、柘榴は思った。
この人はいつか、悪い人に騙されるのではないだろうか……
現金を見せてくる義兄に対し、柘榴はそんなことを思う。
早く主人公と出会ってほしい、そして早く義兄の心を開いてあげてほしい。
義妹に対して財布を開いてる場合じゃない。
「一緒にお出かけは良いのですが……魔法の訓練はいいのですか?」
柘榴は眉を寄せ、小さな溜め息を吐いた。
実はここ1ヶ月ほど、魔法の訓練は停滞していたのだ。
それから逃避したいという気持ちもあるのかもしれない。
「そうなんですよねぇ……」
魔法に関しては由々しき問題に直面していたのだ。




