闇夜に踊れ、恋が始まる ー04ー
「冬青兄様が告白されているようですね」
それ以外なんだっていうんだ。
柘榴が呟くと、ゾーイがいやにニヤニヤしている。
悪事を企む悪ガキのような笑顔だ。
「柘榴も複雑な気分だろう?」
「え?どうしてですか?」
さらりと柘榴は告げた。
すると、さっきまでニヤニヤしていたゾーイが一瞬で白けたような表情に変わる。
第四王子は大きな溜め息を吐き出した。
冬青が泣くぞ、といわれたが、意味がわからず柘榴は首を傾げた。
「まぁいい。愛の告白を盗み聞きするような趣味はない、一度離れよう」
「ええそれがいいですね」
「冬青様!何か仰ってください!」
ゾーイと冬青がその場から離れようとした時、女性の甲高い声が響く。
黙ったままの冬青に耐えきれなくなったらしい。
思わず振り返ってしまった柘榴は、気まずさに少し視線を泳がせた。
柘榴は乙女ゲームを愛していたが、実はこういう場面は苦手だったりする。
なんといっても魔女だった頃は魔法の研究が第一で、日本人になってから乙女ゲームに精を出して引きこもっていたのだから。
まともに恋愛なんてしたこともない。
気まずさに戸惑っていると、視界にぬっとゾーイの顔が入ってくる。
「どうした?」
「え、あ……何がですか?」
「普段のゴリラの如き元気さはどうした?」
「何でもないですよ」
普段ならば「ゴリラ」なんて皮肉をいわれれば、倍になって返ってくるものだが今の柘榴には余裕がない。
珍しいのか、ゾーイはますます柘榴の顔を見つめてくる。
柘榴は両手で自分の顔を隠した。
「お恥ずかしい話……こういった雰囲気が、苦手、でして」
恋愛の空気というか。
直接的に向けられる好意というか。
緊張している空気感というか。
髪だけではなく顔まで赤くしながら、柘榴は何とか声を絞り出す。
何百年と生きてきた魔女だっていうのに情けない。
乙女ゲームの攻略本のように、恋愛の攻略本だってあっていいのに。
「すぐに戻りますので、行きましょう。前を歩いてください」
ともかく、さっさとここを離れよう。
恋愛に関しては全くの初心者の自分にとって、告白の場面に居合わせるのはまだまだ早すぎる。
もっとこうレベルを上げてからでないと!
純愛がテーマの少女漫画を読むことから始めたい。
ゾーイに顔を見られることが恥ずかしく、柘榴は顔を隠したままやって来たばかりの道を指差す。
戻ろう、と示したつもりだった。
それなのに足音どころか、ゾーイの返事も聞こえてこない。
もしや呆れて先に行ってしまったのだろうか?
確かにこんな!虫よりも嫌っている女が!照れているところを見たらムカつくのかもしれないけれど!
だからって置いていくのは酷くない!?
恐る恐る、柘榴は指の隙間からゾーイを見た。
ゾーイが、それはそれは良い笑顔を浮かべていた。
(あ、これはミスった……)
スン。
顔を赤くしていた照れとかそういうのが一瞬で消える。
なんなら、普段からそこまで明るくはない柘榴の瞳から光までもが消えたくらいだった。
ゾーイの白い手が伸びて来て、柘榴の手を掴む。
強引にゾーイは柘榴の手を顔から引き剥がした。
作り物みたいに美しい顔には、隠しきれないニヤニヤを浮かべつつゾーイは赤い眼を柘榴に向ける。
「よく聞こえなかったな?何だって?何が苦手だって?」
「苦手なものなんてありません、私は無敵です」
弱味を握られてはいけない相手に握られた。
柘榴は死んだ魚のような瞳で、淡々と答える。
もちろん、ゾーイはそんなことでは誤魔化しきれない。
「ええーーー?何だって?恋愛の空気が?苦手?天下無敵の鬼姫様が?」
「いいんですよ、ここで私が世界を滅亡させたって」
「えっ!?他人の告白シーンを見て照れちゃうくらいウブな柘榴ちゃんが!世界を滅亡?ご冗談を」
本当にできるんだぞ。
マジでやってやろうかこいつ。
本気で柘榴が世界を壊せるなんて知るよしもないゾーイは、鬼姫の弱味を握れたことが楽しくて仕方ないらしくケラケラと笑っている。
絶対にいつか殺す。
柘榴にゾーイへの殺意が芽生えたところで、白い手が再び伸びて来た。
「柘榴、愛してる」
その手は柘榴の頬を包む。
そしてゾーイは、爽やかな笑顔でそう囁いた。
キラキラと世界が輝くーーー
柘榴はそっと手を口元にあて、そしてそのまま……
ゾーイの頬に拳をめり込ませた。
「あはは!革命でも起こす気か?」
「誰が悪いんですか?あなたですよね。確かに殴ったのは私が悪い、けれど完全にあなたも悪いんですよ。命があるだけ感謝なさい」
「あははは!」
力を入れたわけではないので、ゾーイの頬は別に赤くもなっていない。
しかし王子が殴られたとあって、見えないところで待機していたらしい護衛が勢いよく飛び出してくる。
「何の騒ぎですか!?」
自分に告白していた女性を伴って、冬青が姿を見せた。
護衛の動きで不審者がいるとでも思ったのだろう。
護衛達に囲まれていたのが自分の友人と、そして自分の義妹だとわかり冬青は目を丸くする。
「今のは俺が悪い。悪かった。すまない。何でもないんだ」
腹を抱えて笑いながらも、ゾーイはいきり立つ護衛達を制止させた。
周囲から見れば、悪名高い鬼姫が突然ゾーイ王子をぶん殴ったのだ。
護衛達が殺気立つのも仕方ない。
しかし柘榴はいたって堂々としていた。
護衛など、何人が束になってかかってこようが自分が負けるわけないとわかっていたから。
「申し訳ありません、ゾーイ。妹が何か……」
「違うんだ。俺達は友人だぞ、な?柘榴。じゃれてただけだ」
ゾーイが作り笑いを浮かべながら、柘榴の腰に手を回す。
仲が良いと示したいのだろう。
柘榴もにっこり、とわざとらしい笑みを浮かべた。
「ええそうです。私達、とーーーっても仲が良いので」
護衛達納得しかねる、といった表情を浮かべていた。
しかし王子に直々にそういわれると、もう何もいえないのだろう。
柘榴に向けていた武器を収め、護衛達はぞろぞろと元の配置に戻っていくーーー
その隙をぬって、ゾーイは柘榴の耳に口を近づけた。
「柘榴、愛してる」
吐息と一緒に彼は告げる。
その瞬間、柘榴はガッとゾーイの顎を掴んだ。
「二度としないと誓いなさい。さもなくば、私は残念ながらあなたの顎を砕くしかありません」
「あはははははははははははは」
「それ以上笑うと、あなたは永遠に自分の顎とおさらばすることになりますからね」
冗談じゃなくて本気だぞ。
柘榴が睨みつければつけるほど、ゾーイは声をあげて笑い出す。
その途端、冬青がふふ、と笑った。
ゾーイの顎を掴んだまま柘榴が視線を向けると、冬青はなんだか吹っ切れた表情をしている。
義兄は呆然とし、何処か青ざめている女性に身体を向けた。
「気持ちはとても嬉しいのですが、俺には出来損ないの義妹がいます。妹の面倒を見るのが兄の役目。今は誰とも付き合うつもりはありません」
「でも……!」
「こんなに他人に迷惑をかける義妹をひとりにしてはおけません。柘榴!やめなさい!」
そんな冬青の声を聞きつけ、護衛達が振り返り……
再び柘榴が護衛達に殺意と武器を向けられたのはいうまでもない。
当然だろう、柘榴はゾーイの顎を砕かんばかりに掴んでいたのだから。
「許さない……」
そしてその殺意の中には、取り残された女性の殺意もあった。
彼女は涙をこぼしながら、血走った目で柘榴を睨みつけるーーー
あの顔、何処かで見たことがあったような。
ふとそう思った柘榴が振り返った時、彼女はもう何処にもいなかった。
「…………」
「柘榴。聞いているのですか?何度もいっておりますが、男性と2人きりになってはいけません。男は狼なんですよ!」
「え、そういう話なんですか?」
100,000pv超えていました!
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