闇夜に踊れ、恋が始まる ー03ー
「兄様!待ってください!」
駆けていく義兄の後ろ姿に、柘榴は叫んだ。
冬青は振り返らない。
あっという間に、冬青は植物と人の影に消えて行ってしまった。
「そんなに……そんなに私が寮の食堂で食事することが嫌なのでしょうか」
「本当にそれが理由だと思ってるなら愉快な脳みそしているな、君は」
え、違うんですか?
そう告げたかったが、ブレイクやアルカードがしみじみと頷いていたので柘榴はその問いを飲み込んでおいた。
まさかとは思うが私の思考回路はズレているのかもしれない。
引きこもり生活を百年ほど続けていたからだろうか。
(いやでも、寮の食事イラスト美味しそうなんですもの)
ガチ勢のオタクだったからこその妙なこだわり。
何なら背景のモブにもイケメンがいましたよ、と柘榴は誰も共感してくれないことを思う。
ああ、こういう時にSNSがあったなら。
乙女ゲームについての云々やら考察やら進捗やら、そういうことを呟けるのに。
「ガチ魔女コ」という自身のアカウントに、柘榴はそっと思いを馳せた……
(そういえば何故でしょう、たまに私のことを『神!』と呼んでいる方がいらっしゃいましたね)
むしろ神ではなく魔女ですが。
乙女ゲームガチ勢の引きこもり魔女ですが。
そんなこといえるわけもなく、スルーしていたものだ。
「それはさておき……冬青兄様を迎えに行かねばいけませんので、失礼致します」
ここにSNSはないのだ。
ないもののことを考えていても仕方ない。
そう切り替えた柘榴は、ゾーイ達に向けてそう述べる。
3人が同時に顔色を変えた。
「四方木。その判断はさすがに危険だ」
「危険?どうしてですか?」
「柘榴ちゃん、周り見てみ?みーーんな柘榴ちゃんのこと狙ってんねんで?モテてるんちゃうで?アハハ!逆にモテてるけど!」
「私に襲いかかってくる、と?」
柘榴は頭上に「?」を浮かべる。
確かにさっきから刺さるような悪意を感じるが、さすがにこの状況で自分に直接手出ししてくる者がいるだろうか。
王家主催のお茶会で、鬼一族の重要人物である柘榴が階段から突き落とされたのだ。
二度と同じことが起きぬよう、警備は厳重なものとなっている。
「直接は手出しできへんやろけどさぁ、でもほら……言葉とかあるやん?」
「ふふ。優しいんですね、アルカードさん」
なんだ、彼らはそんなことを心配してくれていたのか。
柘榴は思わず笑ってしまう。
なんて可笑しいんだろう。
「言葉で私が傷付くと思っているなんて」
魔女として生きている間、どれだけのことをいわれたか。
火あぶりにされる際、どれほどのことをいわれたか。
言葉にもできないほどの暴言を吐かれ、思い出したくもないほど拷問も受けてきた。
そんな己からしてみれば、今更悪口なんて子猫の鳴き声と同じようなもの。
あまりに可笑しくて、柘榴はくすくすと笑う。
「確かにそれは俺の思い違いやわ、でも柘榴ちゃんが相手を傷つける可能性はあるやん!」
「それは否めませんね」
「否めへんのかい!」
どうする?といいたげに、アルカードは友人らに視線を向ける。
ブレイクは柘榴の笑みを見て、気が変わったようだ。
心配しなくてもいい、と判断したのだろう。
ひそめていた眉を元に戻し、水を飲んでいた。
お茶会だというのに水を飲むところがブレイクらしい。
ゾーイは何もいわなかったが、概ねアルカードやブレイクと同じ意見だったのだろう。
そしてやっぱり、彼も柘榴の笑顔を見て考えを改めたようだ。
何がそんなに楽しいのか柘榴にはわかりかねるが、口元を緩ませながら立ち上がる。
「よろしければお姫様。僭越ながら、俺にあなたの護衛をする栄光をいただいても?」
芝居かがった口調でゾーイはそういうと、やけに恭しく手を差し出してくる。
さっきにやけていたのはこれを思いついたからか。
柘榴は咳払いをしてから、差し出された手に手を重ねた。
「ええ、よろしくってよ」
「ありがたき幸せ」
ははー!とゾーイが深々と頭を下げる。
ふたりは顔を見合わせ、声を上げて笑った。
「仲良きことは素晴らしいねぇ。冬青が見たら泣くで。行くならとっとと迎えに行ったり」
「ブレイク、俺の護衛は?」
「四方木以上の護衛はいるか?」
「それもそうだな。暴漢も死神には敵うまい」
随分と信頼されたものだ。
少し前までは「ゾーイに近付くな」と圧力をかけていたブレイクが、同じ口でゾーイの護衛は柘榴がいたら構わないなんて告げる。
確かに柘榴の魔力は、今やブレイクも認めている。
自分に匹敵するほどの実力がある、と。
温室の中に警備が張り巡らされ、ブレイクがリーダーを率いる青年隊も目を光らせているせいもあるだろうが。
ま、実際に私はやろうと思えば世界を破壊することだってできますしね。
それをいってしまえば、確実に護衛から倒される対象になることは間違いなしだろう。
柘榴は黙って微笑んでおくことにした。
◯◯◯
「それで、冬青はどっちに行った?」
「あの花の影を曲がりましたね」
「ああ。南国植物ゾーンに行ったんだな。好きだねぇ、あいつも」
ゾーイのその台詞には、呆れているだけではなく親しげな人間に対する感情も含まれているように聞こえた。
彼は王子という立場と、人造人間という生まれから誰に対しても一線を置いた付き合い方をしているように見えるがーーー
冬青とは仲がいい。
冬青自身が愛人の子であり、四方木家の養子という立場に何かシンパシーを感じるからなのかもしれない。
「兄様はサボテンなどが好きなのですか?」
「トゲトゲしい男だからトゲトゲしいものを仲間だとでも思ってるんじゃないか?」
ゾーイは立てた人差し指を頭のところにやり、ツノが生えた真似をする。
鬼のツノをサボテンのトゲと一緒にするなんて。
聞く人が聞けば怒り出しそうなジョークだが、柘榴は思わず笑いそうになった。
「あら。通りで!私もサボテンのこと、他人のようには思えませんもの!」
「鬼とサボテンは従兄弟なのかもしれないな?」
「どれくらい集めれば認められるでしょうか、ヨーク王国の新しい国民として」
「サボテンをか!?ふははは!馬鹿言うな!」
笑いそうになるのを堪え、大真面目な顔でバカバカしいことを言い合う。
最後には耐えきれずにゾーイが噴き出したので、「サボテン代表として人権活動をいたしますね!」と追撃しておいた。
「君は鬼側ではなく、サボテン側なのか」。
ゾーイがますます笑う。
「冬青様!ずっとお慕いしておりました!どうか……どうか私と、付き合ってはいただけませんか?」
大きなサボテンの向こう側からそんな声が聞こえ、ケラケラと笑っていたゾーイと柘榴は顔を見合わせた。




