闇夜に踊れ、恋が始まる ー02ー
「今なんていった……?」
「ですから……私は寮に入るつもりです、と」
「え……?柘榴、ちょっと……もう一度いってください」
「寮に入るつもりです」
沈黙が走る。
ゾーイが肩をすくめ、ブレイクは眉間にシワを寄せた。
柘榴はリラックスした様子でアイスティーを一口飲む。
その隣で、義兄が静かにゆっくりと頭を抱えた。
アルカードが耐えきれないといった様子で、「ブフッ」と噴き出す。
「あかん!面白すぎる!」
「笑っている場合ではないでしょう!柘榴!何で寮に入りたいんですか?」
「え?青春を謳歌したいので……」
「どんな理由ですが、それ!お兄ちゃん、納得がいかないんですけど」
そうはいわれても。
元より柘榴が転生したのは、青春を謳歌するため。
青春を謳歌した上で処刑される!
それが柘榴の目標である。
今の感じでは処刑されることは間違いないだろうが、青春は謳歌できていない。
青春を謳歌するためには寮に入らねばいけないのだ、柘榴は強くそう思っている。
(確かにゲームの中の柘榴は寮には入っていなかったです、が!)
「そんなことは関係ないんですよ!」
ドン!
柘榴はテーブルに飲みかけのアイスティーを置いた。
拳を作り、勢いのままに立ち上がる。
「私は青春を謳歌したいんです!絶対に!」
火あぶりにされてから引きこもっていた人生。
魔法の研究、魔法の特訓、魔法の開発……
からの誰とも喋らない生活、乙女ゲームの毎日。
そんな日々を過ごし、最後の魂をかけて柘榴はここにやって来た。
青春を謳歌したい!
それは生半可な気持ちではない。
宣言ともいえる柘榴の発言に、テーブルを共にする皆はぽかんと見上げる。
アルカードにいたっては唇を噛んで笑いを堪えていた。
「寮ではどんなイベントがあるかご存知ですか!?」
呆然としている空気を無視し、柘榴はゾーイを指差した。
唐突にあてられ、ゾーイは一瞬だけ戸惑うようにまばたきをしてから声を発する。
「ク、クリスマスパーティーだろ?」
「ハッハー!愚かな!それは学校でのイベントですね!寮でのイベントではありません!」
「酔ってるのか?」
珍しくテンションの高い柘榴に対し、ゾーイがそういった気がするが無視して。
柘榴はそのままテンション高く続けることにした。
続いて柘榴が当てたのはブレイク。
ブレイクが告げたのは「ダンスイベント」。
さっき皆で話していた内容を覚えていたのだろう。
「それも学校でのイベントですね!次はアルカードさんですよ!アルカードさんには特別にヒントを差し上げますね!」
「おい」
「ヒントは『寮の中限定で行われるものが寮限定イベント』となります!」
ブレイクが不満げだったが仕方ない。
柘榴のゲーム内での推しはアルカードだったのだから。
アルカードにだけ少し優しくなってしまうことは当然のことなのだ、何せ推しだから。
「それやったらええっと……パジャマパーティーとか!?」
「何ですかそれ、凄く凄く楽しそうです!」
「せやろ!?正解!?」
「外れです!けれどアルカードさんは頑張ったので飴をあげますね。チョコレートがいい?ハッカキャンディ?」
「おばあちゃんがくれるお菓子のラインナップやん!」
中身は確かにおばあちゃんですからね。
そう言いたくなることを堪え、柘榴は続いて冬青を指差す。
頭を抱えていた冬青は降参を示すように首を振った。
「答えをお教え致しましょう!寮限定イベント!それは……!」
ゾーイがにやにやと笑いながら。
ブレイクが真面目に。
アルカードが肩を震わせつつ。
冬青が何処か遠い目をしながら、柘榴の答えを待った。
「朝食と夕食を共に食べることができるんです!」
この瞬間、効果音が付くならドーンだろう。
堂々と柘榴はいいきる。
今度はアルカードだけではなく、ゾーイまでもが噴き出した。
「そ、そんなことですか!?お前が寮に入りたい理由……!」
「冬青兄様は何もわかっておられませんね」
顔を青くして立ち上がった義兄の肩に、柘榴はそっと片手を置いた。
もう一方の手は「やれやれ」といいたげに眉間にやり、わざとらしい溜息を吐き出す。
「寮生活をしない者でも昼食は皆で食べるじゃないですか?寮生は朝も夜も寮で食べるんですよ?学校の食堂ではなく、寮の食堂を使うんです」
「それが何だ?」
ゲラゲラと笑うゾーイとアルカードを黙らせ、至極真面目に聞いていたブレイクが疑問を呈した。
待ってました、とばかりに柘榴は微笑む。
「寮の料理というのが……それはもーーーーー美味しそうなんです!」
改めて拳を握り、柘榴はいいきった。
それはそれは力を込めながら。
もうはっきりと。
寮生が寮の食堂で朝食と夕食を一緒に食べる……
これは特段、珍しいものではない。
寮に入っていたらほぼ毎日起こる事柄だ。
主人公はこの世界では珍しい魔女ということで、特別階級専用の寮に入ることになる。
お食事イベントの楽しいところは何といっても、稀に発生する攻略対象との出会い。
普段はあまり見ることがない組み合わせの攻略対象が会話していたり、食事の好き嫌いがわかったり……
好感度が上がると主人公と一緒に食事をとってくれ、そのシーンがスチルになっていることもある。
だが、柘榴が楽しみなのはそれじゃない。
(美味しそうなんですよ!イラストが!)
攻略対象と出会った際、背景にある食事。
ボヤけているが、それがなんと美味しそうなこと。
この食事はなんだ!?と、柘榴がどれだけ調べたか。
何としてもこれは食べなければなるまい!
例えゲームの中の「柘榴」は寮生活ではなかったとしても!ここは!寮に入るしかない!
「学校の食堂のご飯も美味しそうなんですけどね!違うんですよ!寮の食堂のご飯が食べたいんです、私は!」
特別階級専用の寮なのだ、見た目も美しく豪華な食事。
学校の食堂で出されている料理のイラストは大衆的なように見えたが、寮の食事イラストはもう見るからにレベルが違う。
どうしてもそれを食べたい!
「メインにデザートにスープまでついているんですよ!?テーブルの真ん中に果物なんか盛り付けてあったりするんです!夢のようですよね!」
魔女の時の主な食事といえば硬いパンとワイン。
引きこもり時代の食事はインスタントが主だった。
四方木家の食事も美味しいが、基本的には和食。
前世のせいで日本人として生きてきた時間は長いが、元々は中世のヨーロッパ人である柘榴。
たまには洋食が食べたくなる時だってある。
「朝はパンと卵を食べて、夜はスープを飲むんです!お昼は和食にしちゃいます!ああ!考えただけで幸せ……!最高の毎日ですよね……!」
柘榴はうっとりとしながら、虚空を見上げた。
どんなパンが出てくるのか、どんな味なのか。
想像するだけでヨダレが垂れてくる。
ああ、早く化物学園の生徒になりたい……!
「というわけですので、私は学校のイベントも全力で楽しみますが、寮の食事を堪能したいので寮に入ります!」
それはそれは迷いのない瞳で、柘榴は言い切った。
「食事!!理由が!食事!!」
アルカードときたらもはや、笑いすぎて椅子から落ちている。
何がそんなにおかしいのか、柘榴は首を傾げた。
「柘榴……毎日、パン……届けてやろうか?」
ゾーイは笑いを通り過ぎたらしい。
憐れみにも似た優しげな眼差しで、そっと柘榴に提案してくる。
柘榴が食べたいのはただのパンではない、寮で出されるパンなのだ。勘違いしないでほしい。
その旨を柘榴が告げると、ゾーイは肩を震わせて笑っていた。
「四方木、よくわかるぞ。食事は肉体を作るための重要なことだ。俺は栄養さえ摂取できればそれでいいが、美味いものを食べたいと思う気持ちも分からなくはない」
大真面目に柘榴の話を聞いていたブレイクが、大真面目に感想を述べてくれる。
感動した柘榴が手を差し出すと、ブレイクはその大きな手で握手をしてくれた。
狼男と鬼姫が分かり合えた瞬間である。
「油断したな!」
しかし次の瞬間、柘榴の親指はブレイクの親指に潰された。
いつの間に指相撲が始まっていたのか。
高笑いするブレイクのことを柘榴が少し嫌いになったのはいうまでもない。
「ということですので兄様…………兄様?」
青ざめていた冬青の顔は、もはや白に変わっている。
頭痛でもするのか、冬青はこめかみを押さえて首を振っていた。
「どうかしましたか?頭痛いですか?」
「…………めません」
「え?」
「お兄ちゃんは絶対に認めませんからね!」
温室の中に、冬青の絶叫が響く。
冬青はそう叫ぶと、ダッと走り出した。
柘榴は思わず、義兄の背中に手を伸ばすーーー
「兄様!安心してください!和食だってあります!」
「そういう話じゃないから!」。
笑いすぎて息ができなくなりつつも、アルカードが的確に訂正してくれたのだった。




