番外編 ーお嬢様付女中は思うー <後編>
「あなたって大きいんですねぇ」
階段から落ちて数日後のことだった。
まだ頭に包帯を巻いた姿の柘榴がしみじみとそういったので芹は眉を寄せる。
あの日。
あのパーティーの日。
階段から突き落とされた柘榴。
真っ赤な血に包まれた彼女はしばらく寝込んで……
そして目が覚めた時には全てが変わっていた。
「四方木 柘榴」は「四方木 柘榴」ではなくなっていた。
(ううん、そんなことはない。お嬢様はお嬢様だ)
芹は何度もそう思い込もうとした。
使用人達がヒソヒソと噂する。
「柘榴様は人が変わってしまった」。
「今の方がよっぽどいい」。
「どうせすぐにお戻りになる」。
そんな噂を一蹴していた芹でも、時にゾッとすることがあるほどだった。
彼女はあまりに変わりすぎている。
それまでの柘榴といえば……
金持ちの家に飼われているワガママな子猫のようだった。
自由気ままで、自分の可愛らしさ、愛らしさ、そして自分に与えられた生まれながらの「立ち位置」なんてものを重々理解していた。
本能のままに怒鳴ったと思えば、機嫌をとるようにしな垂れる。
一度気に入ればべったりと甘え、気に食わないことがあるとどれだけ話しかけても無視する。
誰も彼女を意のままにはできない。
彼女は自分の価値をわかってる。
鬼の一族の姫。
自分を溺愛し、自分のために憤怒する父の強さを知っている。
鬼一族の血を、強さを、財産を、力を、地位を。
彼女は知っている。
他の一族からすれば彼女は傲慢に見えただろう。
同時にあまりにも愚かだと。
しかし鬼の一族からすればーーー……
特に『権力』なんてものから程遠い芹からすれば、柘榴の全ては羨望であり誇りだった。
彼女は誰にも屈しない。
誰にも頭を下げない。
自分達だけが正しいと信じてる。
自分達の強さを信じてる……
それは憧れ。
他の一族と共存して生きているし、子守を生業としている芹は差別意識はそこまで強くない。
しかしやはり種の誇りのようなものはある。
我々が一番強い!
誰にも媚を売りたくない!
そのような気持ちも持ち合わせているのだ。
だからこそーーー
「…………お嬢様は、どう思われますか?」
「え?」
「私のこの、身体の大きさを」
これまでの柘榴は「鬼らしいもの」を愛していた。
立派な体躯、ツノ、力。
柘榴自体はどういうわけだか小柄で細身。
鬼らしくない見た目なせいもあり、鬼らしいものに惹かれていたのかもしれない。
今までの柘榴ならば、芹の身体の大きさを誇らしいと言ってくれた。
コンプレックスを認めてくれた。
「そうですねぇ、私は……」
「柘榴」
「冬青兄様」
柘榴が何かいう前に、部屋に入って来たのは冬青。
彼は部屋にいた芹を見て、少し眉を寄せた。
兄妹で何か話すというならばこの部屋に自分がいてはいけない、と芹は頭を下げてから出て行こうとする。
「気分はどうですか、柘榴」
「冬青兄様、見舞いに来てくださったんですか?ありがとうございます」
去り際に見た冬青の顔は引きつっていた。
今までの柘榴ならば、冬青なんて部屋にも入れなかっただろうから。
部屋から出た芹は溜め息を吐く。
柘榴の前では何でもない顔をしているが、もしもーーー……
もしも柘榴が「柘榴」ではなくなっていたら?
「……辞めちゃうかもなぁ」
思わず零れ落ちた言葉に芹自身が一番驚く。
けれど多分それが本音だ。
芹はぐ、と拳を握った。
◯◯◯
「柘榴様、お食事をお持ちしました」
「ああ。ありがとうございます」
芹が部屋に入ると、本を読んでいた柘榴が顔を上げる。
芹に続いて部屋に入ってきた女中達が顔を見合わせた。
振り返らずともわかる、だって今までの柘榴は本なんて読んでいたことなかった。
お礼なんていってきたこともなかったから。
「本日はお嬢様の好きなお肉ですよ!」
「焼き加減は?」
「もちろんレアです!」
「あー……」
柘榴が何かいいたげに眉を寄せる。
その美しい顔には、もうほとんど傷は残っていない。
少し悩んでから、彼女は口を開いた。
「私はレアも好きなのですが、もう少し焼いている方も好きなので……」
「……かしこまりました」
記憶喪失になっただけで好みまで変わるのだろうか?
いや、人が変わってしまうことはあるらしい。
だとしたら好みが変わってしまうことだってある。
芹はそう自分に言い聞かせる。
「そういえばお嬢様、お手紙が来ておりました」
「あら。誰からかしら?」
「コヅカ様という方で……」
他の女中が手紙を差し出すと、柘榴は眉を寄せながら受け取る。
それはよく知った顔。
そのはずなのにーーー……
彼女の顔を見ていると、ざわりと芹の心は揺れた。
柘榴は本当に柘榴なのか?
自分が知っている柘榴じゃないのだとしたら……
鬼としての誇りを失ってしまっているのだとしたら。
今までの柘榴は何処に行ってしまった?
今までと同じように柘榴の側にいてもいいのか?
「そうだ、芹」
芹が振り返ると柘榴が妖艶に微笑む。
金と赤の目。
今までとは違う、けれど……
「身体が大きいことは誇りですよ。素敵です」
「お嬢ざま゛ぁあああああ!!」
全く同じことを柘榴がいってくれた瞬間、どうでもよくなった。
何がどれだけ変わろうが、彼女は鬼姫柘榴。
柘榴が柘榴である限り、自分は彼女の側にいる。
ぶわっと涙が流れ落ちた芹は、そのまま柘榴に抱きついた。
柘榴が「ぐふっ」といった気がするが、気にせずに芹は柘榴の身体をぎゅうぎゅうと抱きしめる。
「お嬢、お嬢ざま゛が、変わって、がわっでじまっだのがとおおおおお疑ってじまっでずみまぜんんん」
「あの、そ、それは、だい、じょうぶなので、その、腕の力……腕の力を」
「もう2度と芹はお嬢様を疑ったりなど致しませんんんんんんお嬢様から離れませんから!!!」
「わか、わかりました。わかりましたから、腕、腕を……」
「ごふっ」と柘榴が言葉にならない言葉を漏らす。
柘榴の瞳を見つめ、芹は頷いた。
瞳の色が変わっていようがなんだっていうんだ。
(お嬢様はお嬢様ですよね!)
改めてぎゅっと抱きしめると、柘榴がピクリとも動かなくなった。
他の女中が悲鳴をあげていたような気がしたが、多分気のせいだろう。
(ならば私がやるべきことは……!)
◯◯◯
「ということで芹は、お嬢様の恋を全力で応援いたします!」
「………………なんで?」
「お嬢様が誰よりも幸せになってもらいたいからです!素敵な殿方をゲットしましょう!芹も頑張って応援します!お嬢様に相応しくない奴は芹がぶん殴ってやりますからね!」
「ええええ……」
そんなわけで。
お嬢様付女中は柘榴の大いなる味方に、そしてある意味では大いなる障害となるのだった。
「お嬢様!ぶん殴りましょうか!?」
「落ち着いて。落ち着いて、芹」
お嬢様付女中は思う。
この人はお嬢様に相応しいのか、と。
そしてお嬢様は思う。
どうしてこうなった、と。
まだ恋は始まっていない。
が、もっとめんどくさいものは始まったのだった。
遅くなっちゃってすみません!
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