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番外編 ーお嬢様付女中は思うー <前編>

 「四方木 柘榴」。


 鬼一族では知らないものはいない。

 多分鬼一族以外でも、知らないものはいない。

 それはほとんどが悪い意味で。


 「鬼姫」。

 彼女はそう呼ばれる。

 ヨーク王国最大派閥、鬼。

 その一族の長の娘、それが四方木 柘榴。

 王族にすら匹敵するともいわれる四方木家の権力や財力、そして鬼由来の強さ。

 それがよくわかっているからこそ、四方木 柘榴は勝手気ままに生きている。

 良い意味でも、悪い意味でも。



◯◯◯



「柘榴様のお部屋はこちらでございます」


 年配の女中(メイド)頭に案内され、芹は広大な屋敷を歩く。

 案内がなければ絶対に迷ってしまう。

 そんな確信があった。

 屋敷の広大さを女中頭もよくわかっているようで、暫くは案内をつけてくれるという。

 それに酷く安心したのを芹は覚えている。


 芹が四方木家にやってきたのは14歳の頃。

 他の特別階級の鬼族の女中見習いとして過ごしていたが、芹はただの女中とは大きく異なる点があった。

 鬼族はヒト属や吸血鬼族と比べると身体が大きい。

 男性でも女性でも。

 骨格から既に戦いに向いている一族なのだ。

 そんな鬼の中、芹は群を抜いて大柄だった。

 幼い頃から身長が高く、身体もがっしりとしていた。

 芹の家は一応特別階級であったが、下っ端も下っ端。

 兄弟が多く、長男長女は化物学園に入学したが家を継ぐわけではない下の兄弟は学校にも通えなかった。

 そのためこのように女中になったのだが……

 父は嘆いた。

 女中ではなく兵士になればいいのに、と。

 鬼族にとって「力」は一番大事な要素。

 力がある者は上に行ける。

 そのため大柄なものや力自慢、腕に自信のあるものは皆こぞって兵士になるのだ。

 芹の兄弟達も芹以外は兵士になった。

 兵士になると寮に住めるし、食事も出るし、給料も貰えるから。

 上から認められれば家だって貰える。

 芹は幼いながら、男子に匹敵する体格だった。

 だからきっと、実家に名誉を与えてくれる。

 父はそう思っていたのだ。

 けれどーーー

 残念ながら、芹は戦うことが嫌いだった。

 細かく丁寧な作業も苦手なので家事には向いてはいなかったが、子どもと遊ぶことが大好きだった。

 兄弟も多いので子守が得意で、どんな子どもも芹には懐くのだ。


 だから芹は女中になった。

 鬼族。

 下っ端とはいえ特別階級。

 そして大柄な身体。

 血筋はしっかりしているし、鬼族を表すツノと大きな身体はそこにいるだけでボディーガードの役目も果たす。

 何より子どもの扱いがうまい。

 芹は子守として重宝された。

 評判のいい子守だといわれ、そしてーーー

 鬼族の長、四方木家の女中となった。


(まさか私が四方木家のメイドなんて……)


 四方木 伊吹隊長を敬愛している父は卒倒していた。

 けれど「四方木 柘榴の女中」と聞くと、皆は眉を寄せる。

 あの柘榴なのだから。

 彼女はとにかく悪名高い。

 ワガママお嬢様として好き放題しながら暮らしてきたので、女中が長続きしないという話もある。

 柘榴の年齢は10歳。

 子守なんてもう必要ない年齢かもしれないが……

 とにかく女中が辞めていくので芹を雇ったのだという。

 子守がうまく、身体も大きい。

 柘榴を上手に扱えるかもしれない。

 大きな身体に躊躇して、柘榴がワガママをいいすぎないかもしれない。

 そんな期待をして。


「ご存知かもしれませんが……つい最近、四方木家には冬青様という新しいご子息が入られました」


 柘榴の部屋はまだ遠い。

 女中頭がそう告げる。

 芹よりも随分と年上なのに、芹の方が身長が高かった。


「そのせいで柘榴様は少々不安定になっていて……」

「下の兄弟ができると子どもっぽくなっちゃう子、いますよね」


 芹の答えに、女中頭はちらりと視線をやった。

 身体は大人より大きいくらいだが、芹はまだ14歳。

 大人びたことをいう子どもだと思ったのだろう。

 女中頭は何かをいいたげにこちらを見ていたが、結局何もいわずに芹を案内した。


「こちらが柘榴様のお部屋です」


 そうして辿り着いたのが柘榴の部屋。

 女中頭は最後に「傷つかないでくださいね」という。

 柘榴の悪い噂を聞いたことがある芹は、適当に笑っておいた。

 深呼吸をして「新しい女中です」と元気よく告げる。


「新しい私の女中?」

「はい、そうです!」

「入って」


 障子を開けると目がチカチカした。

 リボン!レース!ピンク!

 落ち着いた武家屋敷である四方木家には似合わない、可愛らしい部屋。

 その中央においてあるソファに、猫のように寝転がっている少女。


「名前はなに?」


 金色の目。

 燃えているような真っ赤な髪。

 白い肌。

 人形のように可愛い顔。


「あ、えーっと……芹です」


 これが噂の鬼姫か。

 どれだけ嫌われていても、柘榴の容姿について貶す噂が伝わってこない意味が芹にもわかった。

 彼女は可愛らしいのだ。

 少し目つきは鋭いが、それでも十二分に可愛い。

 可愛すぎて言葉を忘れてしまうくらいには。


「ふぅん」


 柘榴はソファに寝転がったまま、じろじろと芹を見る。

 ああ、またいわれるぞ、と芹は覚悟した。

 デカイ、やら女中向きじゃない、やら。

 今まで散々いわれてきた。

 だから大丈夫、我慢できる。

 少し嫌な気持ちになるが、初日だけだ。

 ここだけをクリアできれば……


「私のことはお嬢様と呼んで。あとお菓子が食べたいわ」

「あれ……?」


 何かをいわれると思ったのに。

 拍子抜けした芹は思わず声をあげる。

 柘榴は金の目を向け「何よ」と聞き返した。


「いえあの……ほら私って大きいじゃないですか。結構今まで、そういうのをいわれてきたので何もないんだなぁと……」

「ああ。大きいわね。あなたの家って先祖代々大きいの」

「あ、はい。そうですね」


 何故自分からそんな話題を出したのか……

 いわれたくないことだったのに。

 自分でも自分が口走ったことに戸惑うも後の祭り。

 きっとこれから質問責めに合うのだろう。

 芹はそう覚悟した。


「鬼らしくていいわね。身体が大きいのは鬼一族最大の誇りよ」


 「てことでお菓子持ってきて」。

 柘榴は何でもない顔でそういった。

 芹はぽかんとする。

 鬼らしくていい。

 身体が大きいことは鬼一族最大の誇り。

 そんな風にいわれたことはなかった。

 そんなことを考えたこともなかった。

 兵士にもならないのに……

 女中なのに無駄に大きくて可哀想。

 そうやっていわれてきたことは何度もあった。

 その度に嫌な気持ちになってはきたが、まさか……


(ああ私、このお嬢様のために何でもやろう)


 女中になる前。

 大きな身体は芹の誇りだった。

 鬼らしくていい、と皆がいった。

 それなのに女中を目指した途端、皆が芹の大きな身体を残念だという。

 女中には必要ないと。

 似合わないと。

 だからいつしかこの身体は芹にとって、恥ずかしいものになっていた。

 それをーーー

 この目の前のお嬢様は。

 誇りであったことを思い出させてくれた。

 それは何よりも欲しかったもの。

 誰かにいってほしかった言葉。


 柘榴が鬼一族こそ至高だと思っており、小柄な自身をコンプレックスに思っていたのはまた別の話。

 ともかくその日、芹は柘榴と出会う。

 お嬢様と女中として。

 その関係は期待されていなかった。

 芹は14歳。

 柘榴は10歳。

 四つしか違わないので、柘榴は嫌がるだろうとか。

 歳が近い分、芹が耐えられないだろうとか。

 そんなことを思われていた。

 芹はあくまでもつなぎだったのだ。

 有名で年上の教育係が四方木家に来るまでの。

 しかし結局、芹は柘榴の女中であり続けた。


「何してるの!お!!か!!し!!!」

「はい!ただいま!!!


 呆けていると柘榴が怒鳴る。

 芹は慌てて部屋から飛び出した。

 柘榴のためならば何でもしてあげる。

 とりあえず今はお菓子を持ってこないと。

 そして芹は大きな屋敷の中で迷ったのだったーーー




◯◯◯




「馬車を回して」

「はい、すぐに」


 あの日はお茶会だった。

 ゾーイ王子主催のお茶会。

 普段ならば柘榴はお茶会やパーティーなんてもの、全てお断りしていた。

 鬼一族に対してはそこまで無礼ではない柘榴だが、それ以外の一族に対しては徹底的に見下す。

 特にヒト族が参加していると、その傾向は強い。

 けれど今回に限り、主催者は王子。

 王族と鬼族との関係性なども考慮した結果、例え柘榴であっても断るわけにもいかず参加していたのだ。

 けれどやっぱりすぐに揉めて、帰ることになったけれど。


「キャアアアアアア」


 悲鳴がする。

 大きな音がする。

 何かが転がっている音。

 何かが転がり落ちた音。


「柘榴!!!」


 誰かの声がする。

 芹の大事なお嬢様の名前が聞こえる。

 馬車を手配するため、柘榴から離れていた芹はその名を聞いて振り返った。

 自分の血が引いたのがわかる。


「お嬢様……!」


 人の声。

 人の波。

 人の囲い。

 全てを押しのけた芹が見たものは、階段の下で横たわる自分の大切なお嬢様。

 鬼にしては随分と小柄で、華奢な柘榴。

 真っ白い肌が余計に白く見える。

 真っ赤な髪が散っている。

 いやあれは、髪ではなくーーー

 血だ。


「お嬢様!!すぐに誰か人を呼んでください!」


 芹は柘榴に駆け寄ると、声を上げた。

 頭を打っているかもしれないから動かさない方がいい、そうゾーイが指示する。

 人工的に造られた王子様。

 柘榴は散々そういっていたが、高い知性を持つだけあって彼は一際冷静だった。

 けれど……


「どうして誰も……」


 誰も動かない。

 血を流し、横たわる柘榴を見るばかり。

 青ざめているもの。

 放心しているもの。

 そして笑うもの。

 良い気味だと柘榴を見下ろす。

 ゾーイが、冬青が、ブレイクが、アルカードが、指示を送る様を見つめている。

 死んでしまえばいい、なんて思っているのだ。

 芹はそれに気づいた。

 彼らは柘榴が死ねばいい、と。


(お嬢様、私が……)


 私が守ってみせますからね!

 だからお願いです、生きてください。

 芹はそう願った。



番外編です。

後編は早めに更新します!

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