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幕間 ー吸血鬼は死んでも治らないー

「コウモリのくせに私に話しかけてこないで」

「ただの犬のくせに威張らないで」

「偽物のくせに王様ぶらないで」

「四方木家の名を汚してる」


 彼女はそんな「いってはならないこと」をあっさりと。

 実にあっさりといってのけてしまう人だった。

 それはほとんどが禁忌(タブー)といわれていること。

 差別的なものであったり、生命の根幹に関わったり……

 だからこそ、いわれた方は顔を真っ赤にして怒り狂う。

 時と場合によっては叩き切られてもおかしくないほど。

 それなのに彼女はまるで何でもないことのようにいう。

 いってのけてしまう。

 そして誰も彼女に怒れない。

 何故ならば彼女が「四方木家」だから。

 誰も「四方木家」を敵に回せない。

 だから彼女は悠々と生きていく。

 いってはいけない。

 口にしてはいけない。

 口に出すと嫌われる。

 そんなことを口に出す。

 嫌われたって気にしていない。

 だって彼女には我々なんてコウモリであり、犬であり、偽物であり、恥晒しだから。

 そんな有象無象に嫌われたところで彼女は気にしない。

 怒られもしない。



まるで神様だ、と

アルカードは思った。



 彼女は神様なのだ。

 あんな小柄でか弱い見た目でありながら、誰も彼女に立ち向かえない。

 彼女は自分の力を十分に分かりきっている。

 大きな力を惜しみなく使い切る。

 彼女を嫌いな人間にとってはたまらないだろう。

 だって自分のことを馬鹿にする人間が神様なのだから。

 けれどアルカードのように面白がっている人間にとっては、彼女は永遠に飽きることのないオモチャ。

 歩く度にトラブルを生み、誰かを怒らせる。

 それなのに悠々と生きていく。


「四方木 柘榴はなんて面白いんや!」


 アルカードがそういうと、友人達は執拗に眉を寄せる。

 ブレイクに至っては「頭は大丈夫か」なんてストレートに尋ねてくるくらいだ。

 義兄妹として共に暮らしている冬青は、ウンザリだというように首を振っていた。

 王子様であるゾーイは皮肉めいた笑みを浮かべる。

 四方木 柘榴の良さをわかっているのは自分だけ。

 それでよかった。

 「アレ」は愉しいオモチャ。

 永遠に自分を飽きさせなければ、それでいい。

 もっとトラブルに巻き込まれてほしい。

 誰かが囁く。

 「このままでは柘榴はいつか処刑される」。

 それもいいだろう。

 こんな平和な世界で処刑なんて!

 しかも処刑されるのは鬼姫。

 あんなに可愛らしい少女が処刑される。

 それこそ一大ドラマ!

 そんな日が来るまで自分を楽しませてほしい。

 アルカードはそれを願っていた。

 なんていったってこの世界はつまらない。

 そう、つまらなさすぎるから。


 吸血鬼の中では王族とも呼ばれるヘイグ家として、平穏な日々は死ぬまで続いていくことをアルカードはよくわかっていた。

 いつか適当な人と結婚し、子ができる。

 それまでは気楽に遊んで。

 適当に学んで。

 怒られない成績をとる。

 怒られない人間関係を築く。

 適度に。気ままに。

 アルカードは自分が器用貧乏だと知っていた。

 ゾーイもその賢さゆえに何にも本気になれないが……

 それでも彼には道がある。

 ヨーク王国は次の王は指名制だ。

 ゾーイが王になる可能性もあるし、何より彼は人造人間。

 次の王を支えるため、高い知識を持つ者。

 それを望んで造られた経緯がある限り、ゾーイは王を支えるために生きる。


(せやけど俺は?)


 代々受け継がれた財力。

 決まり切った仕事。

 「アルカード・ヘイグ」。

 引き継いだその名前以上にも以下にもなれない。

 周囲から願われているのは「普通」。

 王子の幼馴染として「普通」であること。

 悪い友達にはならないように。

 「普通」に結婚して、「普通」に子を成す。

 「普通」にヘイグ家を継ぎ、次に渡す。

 才能も必要ない。

 トラブルも。

 いってはいけないことをいってはならない。

 「普通」にこの家を次に渡すために。

 だからこそ多分ーーー

 禁忌だといわれていることを当たり前にやってしまう四方木 柘榴が、アルカードは面白くて面白くて仕方なかった。




◯◯◯




「はーーー無理!描けへん!」


 絵の具を置いて、アルカードは思いきり伸びをした。

 ずっと座りっぱなしだったため、腰の骨が音を立てる。

 「絵が描けない」。

 最近描いた絵は全て、中途半端に終わってしまっている。

 アルカード唯一の趣味。

 それが絵を描くこと。

 しかしそれを知るものはほとんどいない。

 軽率で軽薄。

 パーティー好きの目立ちたがり屋。

 アルカードの思うセルフイメージはそれ。

 そして多分、皆にもそう思われている。

 そんな自分が絵を描いているなどと……

 いえるわけがない。

 しかもアルカードはあくまでも「時間潰し」という体で絵を描いていた。

 もちろん、家族に対しても。

 何故ならば何をいったところで、ヘイグ家の人間に絵は必要ないと切り捨てられるのがオチだから。


(ま、実際に関係あらへんしね)


 いくら自分がどれほど本気で絵を描こうが。

 どれほど真剣に絵に向き合いたいと思っているか。

 できるなら絵で生きたいと思っているか、なんて。

 そんなこと誰にもわからない。

 自分にも才能があるかもわからないし。

 そんな不確定要素に振り回されるより、ヘイグ家として「普通」の人生を歩いていくほうがよっぽど正しい。


「ていうかーー俺がこんなに描けへんのは柘榴ちゃんが面白くなくなったからちゃうかなーー」


 胸の中に溜まっていくもやもや。

 それを振り払うつもりでそんな適当なことをいってみたところ、思っていた以上にストンと納得できた。

 「四方木 柘榴は人が変わった」。

 そんな噂はアルカードの耳にも既に届いている。

 ゾーイや冬青やブレイクと はアルカードのいわゆる「いつメン」だし、彼らが最近、口を揃えて「柘榴は変わった」なんて馬鹿げたことをいっているからだ。

 もちろん、柘榴をオモチャだと思っているアルカードだって詳しい話を聞いた。

 そして思ったのだ、柘榴は「普通」になってしまった。

 頭を打ったからか?

 それとも頭を打ったことを口実に、イメチェンをはかっているのか?

 そんなことアルカードにはわからない。

 ただわかるとすれば、それは……

 とにかく柘榴が面白くなくなった。

 そのせいで刺激的な話が聞こえてこない。

 アルカードの耳に届くのは柘榴の悪口ばかり。

 良い気味だ、とか。

 恥ずかしくて出てこれないのだろう、とか。

 もはや四方木家もあいつを庇ってはくれないのだ、とか。

 今まで柘榴にいわれてきた者達が、柘榴を痛ぶってやろうとチャンスを狙っている。

 それはアルカードからすると実に哀れで、バカバカしくて、滑稽だった。

 柘榴が「普通」ではなかった時は、誰も柘榴に逆らおうなんて思ってもいなかったのに。

 今やこれだ。

 全ては柘榴が「普通」に成り果てたから。

 けれど……

 実際に自分の目で見れば変わるかもしれない。

 中途半端な絵も完成させられるようになるかもしれない。

 そんなことを期待して、アルカードは四方木家に向かったのだった。



(なーーーんや面白くない……)


 けれど期待は裏切られる。

 柘榴は「普通」に成り果てていた。

 ゾーイに守られ、微笑む。

 か弱くて、華奢で、何処にでもあるくだらない女。

 アルカードが面白いと思っていた気高さとか、歩く戦車みたいなトラブルメーカーなところは何もない。

 元に戻さないと、とアルカードは思った。

 面白くないオモチャはオモチャじゃない。

 だからアルカードは「場所」を作った。

 柘榴を憎んでいるものを呼んだ。

 飢えた肉食獣の中にウサギを放つかのように。

 柘榴を呼び寄せた。



「えーーー……?」



 そして罠にハマったウサギは落ちる。

 飛ぶことができるアルカードは、ギリギリで彼女を救うつもりだった。

 けれどそれは、友人達によって塞がれる。

 あれだけ柘榴を憎悪していたゾーイと冬青が身体を張って彼女を守り、ブレイクが犯人を確保する。

 あの日。

 柘榴が階段から落ちた時。

 誰も彼女を助けようとしなかった。

 それなのに今は目の前で、友人達が柘榴を助ける。


(ああ、面白くないわ。面白くない)


 やっぱりもう柘榴は面白くなくなった。

 守られるばかりの「普通」の人になった。

 もうあの日の柘榴はーーー


 頰に衝撃が走る。

 金と赤の目を柘榴は己に向ける。

 あれは誰だ?

 真っ赤な目をした「普通じゃない」女性はもういない。


「私に喧嘩を売るなら

 今後は一対一でやってください。

 友人達に迷惑をかけないで」


 パーティー中の客が柘榴とアルカードを見る。

 息をすることを忘れたかのように。

 アルカードも忘れていた。

 乱れた髪。

 階段から落ちる前に破れたらしいドレス。

 そこから覗く真っ白な足。

 そして金と赤の目。

 燃えているような、炎。



「そうしたら相手(あそんで)してあげます」



 シャンデリアに照らされた彼女が薄く笑う。

 ああ、神様だ。

 神様がそこにいるのだ。

 アルカードは思った。

 あんなに美しくて気高い人間を見たことがない。

 目の前にいるのは「普通」の女性ではない。

 四方木 柘榴でもない。

 彼女はもう神様と化した。



「め……っちゃ面白いやん」



 その夜。

 アルカードの瞼には真っ赤な炎がチラついた。

 消えない炎を追いかけてキャンバスを埋め……

 ようやく完成した1枚にアルカードは名前をつける。



『憂色』



 彼女を手に入れよう。

 だって彼女は神様だから。

 でもどうすればいい?


 それは多分、恋ではない。

 まだ、きっと。



「それにしたって柘榴ちゃんが面白くないのはあかんで!面白い話しして!」

「あなた変わらないですね……」


 そして。

 吸血鬼は死んでも治らない。


 

第4章完結です!

これにてメインキャラクターの話は終わり!

まだ書くか書かまいか悩んでいるのですが

番外編を書いて次は第5章!

化物学園が関わってきます!

柘榴は処刑への道をひた走る!?


評価とブクマありがとうございます!

すっごく嬉しいです!

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