信奉者は憂色を隠せない ー07ー
真っ直ぐ前を見て。
背筋を伸ばして。
笑みを作る。
悪役令嬢なのだから、悪役令嬢らしく。
清く、正しく、美しく、残念。
それが悪役令嬢。
だから悪役令嬢は、つまり「四方木 柘榴」は、しっかりと顎を引いて顔を上げた。
赤と金の目で前を。
「失礼します」
こういう場合、反応するとそれだけで面白がられることを柘榴はよくわかっていた。
あくまでも話は聞こえてないですよ、という体で柘榴は食事スペースのすぐ隣にあるバーカウンターにいたバーテンダーに頭を下げる。
彼ももちろん柘榴に向けられた悪意を聞いていたし、さっきからやたらと食事をしている女性が悪名高き「四方木 柘榴」だということもわかっていた。
そのため、心配そうに眉を寄せている彼をせめて安心させようと柘榴は微笑む。
「大丈夫ですか?」
「ええ。慣れてますから」
バーテンダーの問いに、柘榴はそう返した。
慣れていたって良い気持ちにならないのは事実だが、こういうのは悪役令嬢の宿命。
柘榴は化物学園内での「柘榴」のように積極的に悪事を働くつもりもなければ、悪口をいいふらすつもりもない。
けれどーーー
処刑されるためにはそういったことも必要になってくるかもしれない、やるつもりはないが。
「悪口をいった!」なんて誤解され、今と同じような状況になることは考えられる。
なんていったって悪役令嬢なのだから。
それに今でも既にだいぶ嫌われている。
それなりのことをしてきたからだ。
柘榴は覚えていないが、自分がしてきたことは責任を持たねばならない。
こういうことは何度もある。きっと。
その度にいちいち「悪口いわれた」と泣いていても仕方ない。
(ストレスは自宅で解消したらいいだけの話!美味しいものをたくさん食べられたという良いことがあったんだから、悪いことがあっても仕方ないですよね!人生バランス的に!それに…………)
ぐ、と柘榴は拳を作った。
にっこりと笑いながら。
(いざとなれば私、世界を崩壊できますし!)
前前世では処刑される際、受け止めるしかなかった。
しかし今の柘榴は違う。
その時の悔しさをバネに、圧倒的パワーを手に入れた。
いざとなれば魔力でヤレる!
そう、世はまさに戦国時代!
そんなゴリラのような解決策がある柘榴は、力をつけてよかったと自身を褒めつつ吸血鬼一族の囲いから出て行こうとする。
圧倒的なパワーを持つ柘榴でも、どうにもならないことのせいで……
(それはさておき、食べ過ぎて気持ち悪いんで今すぐにコルセットを剥ぎ取りに行かなければ……)
とりあえず目指すは化粧室。
そこでコルセットを剥ぎ取ろう。
あ、けれどそうするとスタイルは崩れてしまうか……
ならば素直に「気分が悪い」と医務室に行き、正当な理由を付けてコルセットを脱ぎ、帰宅させてもらう方がいいかもしれない。
そんなことを考えつつ、柘榴は人の隙間を抜けて行こうとする。
「わっ!」
その途端、隙間から伸びてきた手に掴まれた。
手首に爪が立てられる。
痛い、と思った時には柘榴は無理やり引きずられていた。
まるでひとつの鳥の群れのように、吸血鬼達は柘榴を取り囲んで引きずる。
「柘榴様っ!」
バーテンダーが慌てながら、柘榴の名を呼んだ。
ツノがあるから鬼一族だと思っていたが、さすがに同じ一族である柘榴の名前を知っていたらしい。
振り返るが、人混みのせいでバーテンダーの顔を見えない。
吸血鬼一族は総じて身長が高いのだ。
人狼一族ほどではないが、鬼の中でも小柄な柘榴は身長の高い人たちに取り囲まれるとその姿さえ見えなくなってしまうだろう。
同様に、柘榴からも周囲はわからない。
手首にたてられた爪が肌を裂き、血が滲む。
柘榴は眉を寄せた。
(魔法を使ってもいいですけど、この人数にかけるとなるとパーティーがめちゃくちゃになってしまいますし……)
どうしようかな。
柘榴が悩んでいる時だった。
ギリギリと柘榴の手首を掴んでいた手が、パッと離される。
「あれ?」
引きずっただけで終わり?
柘榴が眉を寄せた途端、誰かの手が伸びてきた。
「えーーー……?」
思い切り身体が押される。
高いヒールをはいている身体では、うまくバランスがとれない。
手を伸ばしても誰の手も掴めない。
後ろに人がいる感覚がない。
いやむしろ……
何かがそこにある感覚がない。
人ばかりか、壁すらも。
足元を見ると、すぐ後ろに階段がある。
ああ、私ーーー
(落とされたんだ)
柘榴は頭の中で魔法陣を構成する。
術を発動する際に多少のロスがあることが、魔法を使うものの最大の弱点だ。
魔法陣がなければ魔法は発動できないのだから。
ダメだ、このままでは間に合わない。
「柘榴!!」
聞き覚えのある声がした。
誰かに受け止められ、柘榴は振り返る。
ゾーイと冬青が自分を受け止めてくれていた。
「四方木の手首についてる匂いと同じハンドクリームの匂いがする!お前達がやったんだな!」
後ろから駆け上がってきたブレイクが吸血鬼達を指差す。
顔色を変えて逃げて行こうとする吸血鬼を、ブレイクとその友人達が確保していた。
「ありがとうございます。ゾーイ、冬青兄様……」
「いや。それより大丈夫か?」
「怪我はありませんか?」
「柘榴ちゃーーん!」
吸血鬼の間をぬって、アルカードがやって来る。
にこやかに笑いながら。
ゾーイと冬青は冷や汗をかいていた。
ふたりはちらりと友人を見たが、すぐに柘榴の身体を心配する。
青ざめた顔だ。
ひどく心配したのだろう。
(ああ、私は)
柘榴はふたりに礼をいってから立ち上がり、アルカードを見た。
「柘榴ちゃんごめんなーー!なーーんか柘榴ちゃんを階段から落とそうとしたみたいやわ」
「ええ、そのようですね。あなたもそれを見ていたのではありません?視線を感じましたし……あちらからやって来たでしょう、吸血鬼さん達の後ろから」
アルカードはへらりと笑う。
青い目が輝いていた。
ぎらりと。
色味のない唇の隙間から、尖った歯が見える。
「なんかあかんの?」
その笑顔に悪気はない。
本当に彼はただ、柘榴を「元に」戻したかっただけなのだ。
証拠も何もないけれど。
アルカードにとって「今の」柘榴は死んでいるも同然。
だから今の柘榴を階段から落としたって。
それで柘榴が怪我したって。
最悪、死んでしまったって。
構わないと思っているのだ。
(これから彼らにもっと処刑場面を見せるのに)
そんなアルカードの行いでゾーイも冬青も酷く動揺した。
柘榴が怪我したかもしれない、と慌てた。
自分達が怪我をするかもしれないのに柘榴を助けてくれた。
そう思うと柘榴はどうしても許せなかった。
バシン。
手を振り上げ、アルカードの頬をはたく。
鬼の力で全力を出してしまうと、アルカードが吹っ飛んでしまうかもしれないのであくまでも音だけ。
しかしアルカードはポカンとし、はたかれた自分の頬に手をやりながら柘榴を見た。
「私に喧嘩を売るなら
今後は一対一でやってください。
友人達に迷惑をかけないで」
パーティー中の客が柘榴とアルカードを見る。
ゾーイや冬青、ブレイクさえも。
ただただ息を呑み、ふたりを見ていた。
「そうしたら相手してあげます」
妖艶に微笑み、柘榴は金と赤の目を向けた。
ふん、と鼻で笑うと柘榴はくるりと振り返る。
「冬青兄様。帰りましょう」
「え?ああ」
静まり返った広いホール。
柘榴と冬青を通すように、人が道を開ける。
後ろ姿を見つめていたアルカードは、小さく呟いた。
「め……っちゃ面白いやん」
◯◯◯
「もーーいい加減帰ってくださいよー!」
それから数日後。
四方木家には柘榴の嘆きが響く。
「えーーー遊んでくれるいうたやんーー」
「君のツラの皮の厚さには驚くばかりだな。よく柘榴を殺しかけたくせに四方木家に顔を出せたものだ」
「四方木!!それより対戦だ!」
「クフフ。みんなお帰りください。まともに社交界と関わって来なかった愚かな義妹のため、これから仕方なく俺がダンスの練習に付き合ってやるんですから」
「え、なんなんそんなんめっちゃズルいやん!柘榴ちゃん、アルカードさんが付き合ってあげるわ!」
「兵士を呼べ。こいつを逮捕させよう」
「四方木!!魔法を使って対戦だ!!!」
「ふふふ。あなた達、煩いですよ」
どうしてこうなった。
柘榴がそうして頭を抱えているうちに、季節は秋になるのだった。
第4章完結です!
幕間を挟みまして、次からは第5章!
ここまではメインキャラクターの紹介でしたが
第5章からは遂に!化物学園と関わってきます!
一応メインキャラクターをまとめますと……
◆
四方木 柘榴
現在14歳
鬼族
通称「鬼姫」
いわゆる悪役令嬢
前前世は魔女。前世は日本人
◆
ゾーイ・カーティス・K・ヨーク
現在14歳
ヒト族/人造人間
ヨーク王国第四王子
皮肉屋
◆
四方木 冬青
現在15歳
鬼族
柘榴とは血の繋がりのない兄
腹黒
◆
ブレイク・ルー=ガルー
現在14歳
人狼族
真面目
◆
アルカード・ヘイグ・三世
現在14歳
吸血鬼族
大胆不敵
です!
ブクマと評価嬉しいです!
感想もレビューも、凄くニヤニヤしちゃってます♡
本当にありがとうございます!
あと40,000pv達成しました!
感謝しかないです!嬉しい!
更新頑張ります!




