信奉者は憂色を隠せない ー05ー
遅くなっちゃってすみません!
黒い有翼馬が馬車をひき、真っ白な城まで連れていく。
有翼馬や馬車は細かいところまで真っ黒なのに、城は何もかもが全部真っ白だった。
「わー!素敵なお城ですねぇ」
「クフフ。待って、柘榴。城買うから」
「冬青兄様。そこまでいってません、落ち着いて」
空を飛ぶ馬車の窓から覗いた柘榴は、アルカードの城を見て思わず声をあげる。
前前世では魔女だったので城などは見たことがあったが、前世は日本から出たこともない日本人。
久しぶりの城。
しかも真っ白な城なんて!
前前世でも見たことがない。
上から眺めるだけでも美しい。
中はどんな風になっているんだろう。
城の美しさや外観はドイツのリヒテンシュタイン城に似ている。
あれを真っ白に塗り替えたような。
あの城はネオゴシック様式だったが、アルカードの城はどんなものなんだろう。
想像しただけで柘榴の胸はときめいた。
そんな風に心から感動した柘榴の言葉を聞き、同じ馬車に乗っていた冬青が反応した。
「クフフ。大丈夫だよ、柘榴。お兄ちゃんも城が欲しいと思ってたからね。ふふふ。展望台から赤に染まった森を一緒に見ながら、羊羹でも食べよう」
ダメだ。
もうこの義兄は何をいっても無駄だ。
そう悟った柘榴はへらりと笑い、とりあえずリクエストなんかをぶつけておく。
「秋ならば錦秋や栗を使ったお菓子も食べたいですね」
「栗って美味しいもんね、わかるよ。安心して、お兄ちゃんが栗という栗を買い占めてあげるからね。クフフ」
「冬青兄様。そこまでいってません、落ち着いて」
ダメだ。
結果的にやっぱりダメだ。
ヨーク王国から栗という栗がなくなる心配をしているうちに、空飛ぶ馬車は城に到着する。
優雅に降り立った馬車のドアを従者が開くと、颯爽と冬青が降り立った。
ヨーク王国のマナーでは、馬車で会場に着いた女性は男性に手を差し伸べられるまでは外に出ては行けないらしい。
騒がしさに興味を引かれつつ、柘榴は冬青を待つ。
「柘榴」
一度閉じられたドアが開き、誰かが手を伸ばす。
冬青の声ではない。
ああ、誰かと思ったら……
柘榴は妖艶に微笑みながら、差し出された手をとった。
「ありがとうございます、ゾーイ」
「いいえ。お姫様」
ゾーイがにっこりと微笑む。
あなたが王子で、私はただの悪役令嬢だけど。
柘榴はそう思ったが、肩をすくめるだけにした。
馬車の外に出ると、ちょうど今がパーティーの参加者達の到着ラッシュだったらしい。
黒の有翼馬にひかれた馬車が何台もとまっており、そこから続々と招待客が出て来る。
女性は黒か白のドレスだが、男性はほとんどが黒。
威圧感があるな、なんて周りを見ながら柘榴は思った。
「クフフ。やっぱり柘榴は俺がエスコートした方がいいと思いますけどね」
「ほう。それはなんで?」
馬車の側にいたらしい冬青が、歩こうとしたゾーイに詰め寄って来る。
あまり物珍しげにキョロキョロしてはならない、と目線だけ静かに動かしていた柘榴はちらりと義兄を見た。
ゾーイは不敵な笑みを浮かべている。
周囲の招待客に愛想を振りまきながら、小声でゾーイにいっているようだった。
ゾーイもにこやかな笑顔のまま、それに聞き返す。
あくまでもお互いに小声で。
「そりゃあ義妹はパーティーに不慣れですから。クフフ。ゾーイ王子にご迷惑をかけるだけかと……それはいけません。これ以上、伝統ある四方木家に泥を塗ることになる。けれどその点、俺は義兄ですから面倒を見るのが義務みたいなところもあります、慣れてますしね。ということで柘榴のエスコートは俺が……」
「ああ。なんて義妹思いなんだ、冬青は」
確かに冬青のいうとおりですよねぇ。
ご迷惑をかけてしまうなら、義兄の方がいいのでは?
柘榴はそう思っていたが、ゾーイの声が思考を遮った。
彼は白手袋をつけた手を額にやり「やれやれ」といわんばかりに首を振っている。
わざとらしい。
絶対に演技だ。
「しかも友達思いですらある。さすがだよ、冬青」
「…………クフフ。お褒め頂き感謝致します」
そのわざとらしさに、冬青も眉をひそめる。
ここがプライベートな場面で、柘榴とゾーイと冬青しかいないとかならば、冬青だってもっといえることがあったのかもしれないが……
今は周囲に人がいる。
ゾーイは「王子」なのだ。
冬青は少し頭を下げた。
「けれど冬青。俺に任せてほしい!柘榴とは幼馴染だ。そして大事な友人の義妹。俺がうまくエスコートしてみせよう」
「……けれど義妹は本当にゾーイ王子にご迷惑を」
「いやいや!かけてもらって構わないんだ!社交界慣れしないとね!な、柘榴!」
冬青は粘ったが、王子に勝てるはずもない。
唐突に話をふられた柘榴も、そんなふたりを見て笑みを浮かべるしかなかった。
「一理ありますね。私も社交界慣れするのは重要だと思います、冬青兄様」
「柘榴、でもお兄ちゃんは……」
「冬青兄様と練習したダンス、冬青兄様に散々付き合っていただいたエスコート……全てを今夜、ゾーイに見てもらって『完璧!』といわせてやりましょう!」
「え。待て待て。冬青に散々付き合ってもらったのか?」
柘榴はぐ、と拳を作る。
ゾーイが「俺以外にエスコートされた?」と呟いていたり、さっきまで眉を寄せていた冬青がドヤ顔を浮かべているなんて気付かずに。
「私だってやればできるんです!四方木 柘榴ってパーティー慣れしてると思わせてやりますよ!」
(青春を謳歌するにはパーティーが大事ですしね!)
ちなみに柘榴はゾーイと冬青がまさか「柘榴を」エスコートしたくて争っていた、なんて夢にも思っていなかった。
本当に自分がパーティー慣れしておらず、危なっかしくて見ていられないから。
もしくは本当に迷惑をかけてしまうと心配しているから、義兄と友人は柘榴をエスコートしたいといってくれたのだと思っていた。
何故ならば彼女は処刑される悪役令嬢だから。
自分が興味を持たれているなんて考えてもいない。
「ま、まぁパーティー慣れはさておき……」
何故か力強く宣言した柘榴をぽかんと眺めていたゾーイが咳払いし、話を変えるため続ける。
「とりあえず入るか」
「クフフ。そうですね」
同じくぽかんとしていた冬青も頷いた。
冬青はエスコートする相手がいないため、柘榴の後ろに回る。
そしてゾーイは改めて、柘榴を見やった。
「お手をどうぞ、お姫様」
気障な台詞ではあるが、ゾーイには似合ってる。
柘榴は薄く笑い、ドレスの裾を持ってお辞儀する。
「光栄です、王子様」
そして柘榴はゾーイの腕に手を回した。
レッドカーペットが場内に続いている。
ゾーイにエスコートされ、柘榴はその上を歩いた。
一歩進むごとに、周囲が振り返る。
視線が向けられる。
感嘆の溜め息がこぼれる。
誰かが息を飲む。
当然だ、と柘榴は思う。
自分の横にいるのはこの国の王子。
まるで絵画のように美しい人。
そして自分の後ろにいるのは義兄。
時を忘れるほどに涼やかな人なのだから。
「柘榴。視線を向けてやれよ」
「え?」
「みんなお前を見てる」
「私?」
なんで?
聞き返す前に、柘榴はすぐに思い当たった。
ゾーイと冬青と共にいるからだ!
それに珍しいから!
「鬼姫」柘榴がドレスなんて着てるし!
(しかも悪名高いですもんね、私)
処刑されたい柘榴にとって、悪名高いことは誇り。
自分の顔がきつめだとわかっているため、柘榴は優しく見えるように注意しながら微笑むとざっくりと周辺を見渡した。
「ここまで注目されるなんて……前前世での処刑の時以来ですね」
「え、なんかいったか?」
いいえ、と柘榴は微笑む。
危ない。声に出ていたらしい。
場内に入ると、そこには長い階段があった。
そしてその上には、このパーティーの主催者。
「ようこそ。我が城へ」
アルカード・ヘイグ・3世は愉しげに笑っていた。




