信奉者は憂色を隠せない ー03ー
「と、いうことでここから落ちてみてや」
「え、死にますけど」
絶対に柘榴を元に戻す!
そう豪語するアルカードに連れられてきたのは王城。
柘榴が突き落とされた階段。
その上にて、アルカードはさらりとそういってのける。
突然やって来た幼馴染2人を快く迎え、お茶まで用意してくれたゾーイがもさすがにぎょっとしたようだった。
ベンチに座り、2人が何をするのかとぼんやり眺めていたが慌てて立ち上がる。
「ちょっと待て、アル。俺の聞き間違いなら申し訳ねぇけど、お前いま柘榴を階段から落ちてみろっていったか?」
「そうやけど?」
実にあっさりとアルカードは頷く。
あまりに堂々とした態度に、ゾーイは一瞬で眉を寄せた。
さりげなく柘榴を自分の後ろにして守りながら、ゾーイは側で待機していた執事に合図する。
「兵士呼んで」
「いきなり幼馴染を警察に渡さんといて!?やって、おかしいやん!」
「何がですか?」
柘榴は首を傾げた。
後ろから出るな、とゾーイが目線だけで伝えてくるが、そういうわけにもいかない。
「ここまで人が変わるんやで!?俺は前の柘榴ちゃんが良かった!ゾーイにも冬青にもがんがんいいまくって、悪口いわれても平然としてるんやもん!いっそ、悪口いうてる奴のがバカみたいなさ、そういう態度してるんやから!」
「おい!」
さすがにいいすぎだ。
ゾーイがアルカードを止めようとする。
「悪口をいわれていた」と真正面からいわれ、柘榴が気にすると思ったのだろう。
しかし柘榴は特別何も思っていなかった。
悪口やら陰口やら恨みつらみをぶつけられるのは慣れているのだ、なんていったって魔女だったから。
数百年生きてる上に、既に火で焼かれているのだ。
柘榴からしてみると目の前にいる彼らとて、孫の孫の孫の孫の孫のようなもの。
生きながら焼かれたあの経験に比べると、悪口陰口は「痛み」にすら値しない。
別に処刑台にのぼらされるわけではあるまいし。
そのため、柘榴は平然としたまま頷いていた。
「記憶を失う前の私はそんな感じだったんですね」
「そう!やから戻ってほしいねん、俺は。今の柘榴ちゃんは全然面白くない!なんで怒らんの?」
「なんでといわれましても……私が面白くないことは事実ですから、怒る要素がなくて」
むしろ何故怒る?
悪口をいわれても平然としているところが前の柘榴の魅力だというならば、怒る柘榴は違うのでは?
前世を思い出す前の柘榴がどんな人間だったかは、柘榴はわからない。
平然としつつも、実は怒り狂っていたとか?
柘榴は少し考えつつ、苦笑いを浮かべた。
「柘榴ちゃんはそういう善人じゃないねん!」
「善人?」
しかし。
続けられたアルカードの言葉に、柘榴は思わず聞き返してしまう。
ついさっき、自宅でもそうだったが笑みがこぼれる。
あはは、と柘榴は笑った。
可笑しいのだ。
全然違うから。
「私が善人だと見えているなんて、幸せですね」
善人なんて。
とんでもない。
自分の欲のためならば何でもするのに。
それこそ、神から与えられた「死」すらも覆して。
永遠の時を生き、好き勝手に生きて。
そして飽きたから死を願う。
そんな人間が善人だなんて。
柘榴が笑うと、アルカードが目を丸くした。
何故か自分の胸を抑えてから、アルカードは笑う。
その笑顔は実に美しいと柘榴は思った。
生気のない肌に生気がみなぎる。
「でもいきなり『元に戻って』って頼むんは、失礼やったわ。いま気づいた。謝るね」
「は?どうしたんだよ、アル。こええよ」
薄く笑ったかと思うと、突然の謝罪。
状況に全くついていけていないゾーイが怪しむ。
そりゃそうだ。
ついさっきまでアルカードは、ゾーイの目の前で柘榴が階段から落ちてほしいと願っていたのだから。
そんなことすら忘れたかのように、アルカードはにっこりと笑った。
爽やかすぎて逆に怪しい。
ゾーイはますます、柘榴を自分の後ろにやる。
「てことで、仲直りのパーティーしよ!」
「は?」
「え?」
そして突然のパーティー開催宣言。
やっぱり爽やかすぎて怪しいほどの笑みを浮かべ、アルカードはさらりと続ける。
「ヘイグ家主催のパーティー!俺んちでやるわ!みんな来てな!招待状送るから!」
「ちょっと待て、アル!」。
ゾーイの制止も聞かず、アルカードはいいたいことだけいいきると空に飛び立つ。
「準備があるねーん!」。
それだけいって。
残されたのは唖然とするゾーイと、ぽかんとする柘榴。
そして用意したのはいいものの、手付かずの紅茶。
アルカードはゾーイが用意させた紅茶も飲まず、柘榴に階段から落ちるよう頼んでいたのだ。
柘榴とゾーイは顔を見合わせ、とりあえずベンチに座る。
そして多少戸惑っているメイドが淹れる紅茶を飲んだ。
「ええ……とつまり、アルカードさんがパーティーを主催する、と。ということは、お洋服は主催者さんに合わせることになるので……」
「男性はタキシードにマント。女性はドレスだな。色は黒か白」
どうしてそうなったのか、柘榴とゾーイが一番わからないといっても過言ではないがーーー
ともかく2人はある意味で冷静だった。
話についていけなさすぎて逆に冷静になった……
そういった方が正しいかもしれない。
ヨーク王国には多種多様な種族が住まう。
そして日夜、パーティーが開かれる。
パーティーにある1つのルール。
それは洋服を主催者に合わせるということ。
例えばもし、鬼一族の柘榴と冬青がパーティーを主催するとなればドレスコードは着物。
人造人間はヒト一族に準ずるので、指定しない限りはフォーマルなものであれば何でも自由。
人狼一族であるブレイクが主催するパーティーでは、招待客は獣の耳をつけなければならない。
そして今回の場合……
吸血鬼一族のパーティーは、一部では「葬式パーティー」ともいわれる。
他の種族のパーティーのようなカラフルさが一切ないせいだ。
男性はタキシードにマントが必須。
女性は黒か白のドレス。
トークハットや手袋なんかも。
もちろん実際のお葬式ではない。
そのため泣いている人がいるわけでもなければ、パーティーの内容自体はとても楽しいものなのだがはたから見るとモノクロのパーティー。
そのせいでそういう風に呼ばれていたりする。
「そうか、吸血鬼一族のパーティーはドレスコードがあったんですね。黒か白のドレスはあるかしら」
「珍しい、参加するのか?」
「ええ。招待状が届いたら参加いたします」
柘榴の返事に、ゾーイが「へぇ」と声をもらす。
どうやら前世の記憶が戻る前の柘榴は、そういったパーティーには参加しない類だったらしい。
そのことは柘榴も他のメイドから聞いたことがある。
鬼一族が至高だと思っていたせいだろうか。
だが、今の柘榴は違う。
(パーティーとかなかなか参加できるものではありませんからね!楽しんで死ぬ!それが私の目標!ガンガン参加しますよ!)
ということで、柘榴は参加する気満々だった。
そんな柘榴の手を、ゾーイがそっととった。
「柘榴。それならば……
俺に君をエスコートする権利をくれないか?」
初夏の午後。
花が咲き乱れる中庭。
柘榴の赤い髪を夏の風が揺らす。
ゾーイの赤い目が柘榴をとらえる。
ふ、と柘榴は微笑んだ。
「全然オッケーですよー」
「軽い!良い雰囲気だと思ったのは勘違いか!?」
ということで、柘榴はゾーイにエスコートされてアルカードのパーティーに参加することが決まったのだった。
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