信奉者は憂色を隠せない ー02ー
「いやほんま、柘榴ちゃん。あかんで」
「あかんですか」
どん、とアルカードがお茶を置く。
四方木家の客間にて。
柘榴は現在、自分の推しに説教をされていた。
(あら……どうしてこうなったのかしら)
ふと柘榴はそんなことを考えたーーー
◯◯◯
「柘榴ちゃん!自分、面白くないで!」
メイドに連れられてやって来たアルカードは、日傘の下にいる柘榴の顔を見た途端そう告げる。
さらさらとした金の髪に青の目。
吸血鬼特有の血の気のない青白い肌。
柘榴も色白ではあるが、それとはまた違う。
生気がないといったほうが正しい、そんな白さ。
涼しげな切れ長一重。
スッと通った高い鼻。
癖のある髪を緩く撫で付けた彼。
アルカード・ヘイグ・3世は一言でいってしまうと「最近」のイケメンという感じ。
身長は170後半ではあるが、手足が長い。
ゾーイや冬青、ブレイクに比べるとモデル体型。
いわゆる細マッチョというやつである。
そんなイケメンが。
柘榴に向かって勢いよく指差す。
彼の最大の特徴、関西弁で発しながら。
「ありがとうございます。私は面白くないです」
「いやちゃうやん!そこは感謝ちゃうで!」
「感謝じゃなかったですか」
あまりの勢いに芹が柘榴の腕を掴む。
自分の後ろに隠そうとでもいうように。
アルカードの勢いはそうさせてしまうくらいのものであった、他人から見れば。
しかし柘榴にはわかっているのだ。
それがアルカードの魅力だということは。
アルカードはそう、作中の言葉でいならば「残念なイケメン」、「ウザい」。
そういう勢いすらも魅力である。
「それにしてもアルカードさんは今日も元気ですね、飴ちゃんあげましょう」
「それにしてもってなんや!ていうか、飴ちゃんて!しばらく見ない間に何でお婆ちゃんみたいになってもてるねん!」
可愛い。
生きている推し可愛い。
推しが話してる。可愛い。
まばたきしてるのも可愛い。
画面で見るより目が青い。可愛い。
髪の毛がふわふわで可愛い。
前世で自分がただの主人公であったとき、応援していたキャラクターが生きている。
柘榴は胸中ではその感動に打ち震えながら、袴のポケットから飴を取り出す。
こちらの世界では「戦う」ことが日常的にある。
ヨーク王国は大きく、強い国ではある。
しかしそれでも、いつ攻められるかはわからない。
柘榴はそのあたりもよくわかってはいないが、この世界には魔王がいたり魔物がいたりもするらしい。
そのため、衣服にもポケットがついていたり……
と、かなり動きやすくなっているのだ。
柘榴はそのポケットに飴玉を詰め込んでいるわけだが。
「シュワシュワが出る飴ちゃんをあげますね」
「炭酸のやつなーーってちゃうねん!俺は!アルカードさんは!柘榴ちゃんにクレームを入れに来てん!」
「あら。クレームですか!それは長くなりそうですか?客間にご案内してお茶を淹れますね。夏ですし、お茶請けは水羊羹がいいですね。芹、お願いします」
「何で歓迎モードやねん!」
そんなこんなでアルカードは客間に行き、冒頭に戻る。
◯◯◯
「それで……何故私があかんのでしょうか。そういわれれば我が家にいらした際も『面白くない』と」
「そやねん。面白くないねん、柘榴ちゃんは」
「確かに面白くないです。ありがとうございます」
「感謝するところじゃないねん!何でそんなに代わってもたんや!?」
水羊羹を食べながら、アルカードは首を振った。
面白くないことは確実なのだから、アルカードがそういう反応をする意味がわからない。
柘榴は少し首を傾げる。
「えーと、頭を打ったので記憶が……そういうのは差し置いても、私は面白くありませんよ」
「いや!柘榴ちゃんは面白かってん!」
いや絶対に面白くなかったはずだ。
柘榴はそう断言できる。
「四方木 柘榴」は芸人でも喜劇役者でもなかったし。
何より、虫ほどに嫌われていたのだ。
そんな自分が、アルカードを満足できる面白さを提供できていたとは思えない。
そんなことを思いながら柘榴は少し考える。
どういうわけだか現在、ゾーイやブレイクは自分のことを面白いという。
しかしこんな自分が彼らに面白さを提供できているとは思えない。
ということは、だ。
アルカードが「面白くない」といっているのは事実!
「うん。私は面白くなかったですよ」
「面白くないことに関してめっちゃ自信あるやん。ちゃうねん、柘榴ちゃんを面白いっていう奴は確かに俺だけやった」
「でしょうね。私は生まれてこの方、死ぬまで永遠に面白くないですから」
「面白くないことに関するその圧倒的な自信なに!?」
「話聞いて!」。
アルカードはそう続けたので、柘榴は黙って頷く。
「覚えてへんかもしれんけど、柘榴ちゃんは頭打つ前かはアレやったよ。頭おかしかったよ」
芹がアルカードに対して、ギラリと敵意を向ける。
柘榴がメイドに視線をやると、芹は何でもないって顔を取り繕う。
随分過激派となっているが、昔からこうなのだろうか……
自分が階段から落とされた、なんて時は大変だったんだろうな、と柘榴は他人事のように思った。
「四方木って家柄に固執して、自慢して……でも俺は、そういう柘榴ちゃんが面白いなーって思っててん!王子様にも躊躇なく噛み付いてさ、血筋がダメとかさ!なかなかいえることちゃうやん?」
あー確かに「四方木 柘榴」はそういう人だったな。
もはや柘榴は柘榴であって柘榴ではない。
魂が変わったのだ。
アルカードがいう「面白い」柘榴には戻れない。
けれどそれを知らない彼は続ける。
「頭を打ってからの柘榴ちゃんは変わったよ!多分良い方にな。みんな今の柘榴ちゃんがええっていうもん」
彼の青い目が光る。
吸血鬼は柘榴を見る。
かつての信奉者。
世間から嫌われていた柘榴を信奉していた人。
「でも俺は昔の柘榴ちゃんが好きやわ。
今すぐ戻ってくれへん?」
あはは。
柘榴は思わず、声を出して笑ってしまった。
彼が面白がっていたのは自分であって自分ではない。
魂は変わっていないのだ。
隠れていただけで。
何も変わらない、柘榴なのに。
「戻せませんよ、もう。
私はずっと私のままです」
「四方木 柘榴」。
それが私の名前。
悪役令嬢。鬼の姫。
人が変わったと皆がいう。
変わってなんかいないのに。
本当に変わったのは「人」ではなく「魂」なのだ。
だからもう戻せない。
四方木 柘榴の魂は柘榴のものとなった。
私が彼女の人生と、魂と、共に生きる。
前の人生すら今の私の一部だから。
「それなら俺が戻すわ」
それを知らない彼は、そういった。
薄く笑った彼の口には尖った歯が光る。
やれるものならやってごらん。
柘榴は薄く微笑んだ。
ブクマありがとうございます!
嬉しいです……!
あと遅くなりましたが30,000pvありがとうございます!




