魔女は死を懇願する ー02ー
「転生したことで瞳に前の影響が出ておりますが、概ね問題はなさそうですね」
鏡を見ながら、彼女はポツリと呟く。
自らが転生した元魔女だと思い出した彼女は、いの一番に見た目にどんな差異が出ているかの確認を行っていた。
魂が違うと見た目に僅かな変化をもたらす。
前世は日本人だった彼女だが、最初の肉体であった魔女の見た目を引き継いで真っ赤な瞳をしていた。
そして今の肉体でも真っ赤な瞳は健在。
本来ならば「この肉体」は両眼とも金色の目だった。
けれど、どうやら……
転生の際に力は弱まってしまったらしい。
なりたい人物を特定して転生したせいだろうか。
前世で感じていた、無限に湧き上がってくるような力を今は感じない。
いや、深いところでは感じてはいるが……
力の弱まりは見た目にも現れているようだ。
彼女が「ブラッディ・レディ」と呼ばれる所以になった赤い瞳は、今や右目だけになっていた。
左目は金色。
赤い髪に赤い目と金の目のオッドアイ。
日本人ではない真っ白な肌。
それが新しい彼女の姿。
新しい肉体。
「とりあえず私は『柘榴』に成れたようですね!」
柘榴。
それが彼女の新しい名。
そして額にはーーー
「これがツノか、慣れなきゃな」
2本の小さなツノ。
柘榴はこの世界で「鬼」と呼ばれる種族だった。
つまり彼女は「魔女」から「鬼」と成ったのだ。
(魔女の時は『この鬼!』と罵られることも多かったし、なんとかなるでしょう)
魔女の時に得た魔法は、どれくらい使えるだろうか。
前世の記憶を思い出したばかりのせいか?
今世の記憶がほとんど思い出せない。
これから思い出せるのだろうか?
この肉体にはさほど魔力がない。
知識はあるから魔力さえ増やせれば、魔法はかけ直せるだろうけれど……
しかしもう、二度と老いを止める魔法も転生の魔法も自らにかけるつもりはない。
(それにしても……どうして私は寝てたのでしょう?)
さっきまで彼女は布団で眠っていた。
ぐるり、と自分がいる場所を見渡してみる。
障子に畳に霧の箪笥。
昔の武家屋敷みたいだ、なんて彼女は思う。
そんな雰囲気に不釣り合いなほど溢れる、フリルにリボンにレース!
悪趣味だと思いつつ、彼女は布団を片付けて適当な服に着替えていた。
今は椿の柄が入った朱色の着物に、白い足袋。
多分ここが「柘榴」の家。
学園では制服を着ていたが、確か「柘榴」の私服は着物だった。
種族が鬼だからだろう。
洋風な世界観では珍しく、「柘榴」は和風な雰囲気だった。
ここが柘榴の家であることは確実だ。
(さて問題は、いま私は幾つだということですね……化物学園への入学は16。鏡で見る限り16歳よりは少し幼いように思いますが……)
乙女ゲーム「化物学園」。
舞台はヒトや化物、獣人など多種多様な種族が住むヨーク王国にある学校。
ヨーク王立特別優秀生徒育成学園。
通称「化物学園」。
そこはヨーク王国でも選ばれた一部の者しか通うことを許されない、特別な学校。
特異、異能、生まれ持っての特別な血筋。
そこに通うことになる主人公はヒトでありながら「魔法」に目覚めた魔女。
自分も魔女であったから、あらすじを読んだ時に購入を決めた。
そのゲームで主人公の恋敵となるのが「柘榴」。
つまり転生した彼女。
種族は鬼。鬼の一族のお嬢様。
通称「鬼姫」。
このゲームでの悪役令嬢である。
鬼とはヨーク王国でも伝統ある一族のひとつであり、ヒト以外の種族の総称「亜人」の中で最大数を誇る。
ヨーク王国では大きな一族の長が、そのまま国政に関わる。
一族の多さは発言力に直結する。
王に匹敵する地位と権力。
そして受け継がれてきた伝統。
柘榴はそれを誇りに思っていた。
それゆえに、柘榴は他人を見下す傾向にある。
ヒトから魔女となった主人公を最初は見下し、そして最後には敵意を向ける。
その結果ーーー……
柘榴は処刑されるのだ、無残にも。
魔女を見下すなんて最低な女だ!と彼女は思っていた。
しかしまぁ、ゲーム開始時の主人公は見下されても仕方ない。
能力値も低く、化物学園に入学できたのもギリギリだったから。
そんな主人公を最強にすることに彼女はカタルシスを覚えたものだ……
その学園の入学は16歳。
現代日本の高校と同じように3年間通い、学び、恋をして、柘榴は処刑される。
(嫌われてさえいれば好き勝手できて、そして殺されるなんて!)
柘榴は悪役令嬢。
些細な言動で嫌われるだろうし、処刑は確実なはず。
乙女ゲームの中で過ごし、そして死ぬ!
老いる、成長する、生を実感できる!
そのためには自分が幾つなのか、どんな状況なのかをきっちりと知る必要がある。
しかし突然「私って幾つですか?」と、家の者に聞いたところで頭がおかしくなったのかと思われるだろう。
何か良い手はないだろうか、と彼女ーーー柘榴ーーーは思う。
(柘榴には1つ上に義理の兄がいたはずだから……)
彼に会えればいいのだけれど。
それしたってここは私の部屋なのだろうか、と柘榴は改めて部屋を見回して少し眉を寄せた。
どれも豪華な家具だが、豪華すぎて趣味が悪い。
あとこの和の雰囲気を壊すフリルとリボンとレースはなに?
改装が必要だな、と柘榴は思う。
障子を開けて部屋の外に出ると、廊下が伸びている。
どうやら屋敷全体では端の方らしい。
廊下のすぐ隣は苔むした石と松、そして飛び石が並ぶ池。小さな滝もある。
飛び石があり、池を横断できるようになっていた。
足元で何かが動く気配がして、柘榴はその場でしゃがむと池の中を覗き込む。
朱色の錦鯉が泳いでいた、何匹も。
エサをくれることを望んでいるのか、柘榴を見てパクパクと口を開く。
「ごめんなさいね、エサは持ってないんですよ」
水の音を聞きながら鯉をぼんやりと眺めた。
今の肉体では時間は有限だが、無限に感じる。
前世は日本人だったが、鯉を見たことは久しぶりだ。
人間を含めて生きているものに興味はなく、乙女ゲームに没頭していたのだ。
こんなに可愛いなら金魚でも飼えばよかったな、と柘榴は思う。
(ま、今世で何か飼えばいっか。犬とか)
それにしても……
柘榴は池の水面を見つめた。
そこにいるのは柘榴。
けれど柘榴であって柘榴ではない。
金に赤の目。白い肌。赤い髪。2本のツノ。
一目見ただけで可愛らしいと断言できる顔だが、ワガママで気は強く、生意気そうなのが見てわかる。
(悪くはない顔ですよね、悪役らしくて)
短い付き合いだ。
けれど特別な姿形になるだろう。
「やぁ柘榴。今度はなんだい?
その鯉は紛れもなく鯉だろうから安心しろよ。
俺のように偽物でも作り物でもないんだからさ」
そう思いながら立ち上がろうとした時、ガラスを擦ったような特徴ある声が降ってきた。
悪意のある声、悪意のある視線。
柘榴はゆっくりと顔を上げる。
キラキラと輝く白い髪。
そして透けるような白い肌。
人を小馬鹿にしたように、少年はニヤリと笑う。
驚くほどに綺麗な姿だが、何処か作り物のようにも思う。
気怠げな雰囲気を漂わせた、大人びた少年だった。
何より目を引かれるのはーーー
(真っ赤な目……)
柘榴は思った。
自分と同じ真っ赤な目。
柘榴は金と赤の目で、彼の目を見返した。
少年は柘榴の目が赤に変わっていたことに驚いたようで、少し目を丸くする。
(おっと。変に思われてはダメですね)
何か返事をしなければ。
柘榴は軽く咳払いし、微笑む。
「我が家に何か御用でしょうか、ゾーイ王子」
柘榴の言葉に、白い髪の少年とその隣にいた黒髪の少年が同時に驚いたようだった。
今日はあと2回くらい更新します。