好敵手は死神と強襲する ー02ー
「そ、冬青お兄ちゃん!私……クレープが食べたいんです!」
可愛くとはどうやればいいのか。
何百年と生きてきた柘榴でも、結論は出なかった。
せめて普段より少しだけ元気を意識してみる。
普段はどちらかといえば死んだ魚のような瞳をしている方なので。
「クフフ。いいねえ、クレープは美味しいよねえ。いくつ食べたいの?20個?200個?お兄ちゃんが国中のクレープを集めてあげようか?」
「そ、そんなにはいらないです!ただその……食べたいクレープがあって……」
「ふふふ、なあに?お兄ちゃんにいってごらん」
元気が功を奏した!
冬青がとろけるような笑みを浮かべて聞き返す。
恐ろしいことをいいだしたが、目的は数ではない。
予想通りの問いに、柘榴は想定していた答えを返す。
「冬青お兄ちゃんの作った愛情たっぷりの特製クレープが食べたいです!今すぐ!最高の味のやつ!!」
「………………ほう」
冬青の顔から笑みが消えた。
しまった!
馬車から抜け出そうとしていることがバレた!?
そうなれば実力行使しかない。
抜け出そうとしていることがバレたとなると、今後の警備がもっと厳重になる。
そうなっては今後、抜け出すことは一苦労だ。
ならば隙をついて………
「柘榴、ここで待ってなさい」
柘榴が色々と考えている中、冬青はいう。
実に真剣な顔で。
「お兄ちゃんちょっと…………
近くのクレープ屋を乗っ取ってきます」
え、何いってるのこの義兄。
溢れてるオーラが冗談ではすまない。
ガチだ。
なんなら殺意に似ている。
従者に柘榴を任せ、義兄は馬車から降り立つ。
柘榴は願った。
自分がこんなことを願うのは間違っているが、どうか……
どうかクレープ屋さんが無事でありますように、と。
◯◯◯
(名も知らぬクレープ屋さんは無事でしょうか……冬青兄様の発言はもはや、強盗みたいでしたもんね……)
それから30分ほど後。
馬車から見事に抜け出した柘榴は、珈琲片手に街を歩いていた。
着物姿は目立つから、といって洋服で来たのは正解だ。
芹や冬青は着物姿をすすめていたが、街を見渡しても着物姿なのは鬼族くらいしかいない。
鬼族でも若者は着物にジーンズや着物にロングスカートを合わせたりして、自由な感じで着こなしている。
そういわれれば冬青もいわゆる「書生さん」のような、詰襟シャツに着物、袴のスタイルが多い。
(私も袴にしようかしら……パンツスタイルの方が好きなんですよねぇ……)
前世を思い出す前の柘榴は、わかりやすい可愛らしいものを愛していたらしい。
部屋ひとつとっても、フリルにリボンにレースにピンク。
持っていた着物だって鮮やかなものが多かった。
帯もレースのものや、リボンが付いているのものあったし。
しかし今の柘榴は動きやすい服が好きなのだ。
上品で動きやすい服。
着物も好きなので問題はないが、外に行くときは袴姿でもいいかもしれない。
ちなみに今はシャツにジーンズにロングブーツ。
ツノと赤髪隠しのキャスケットを被っている。
その効果のおかげか、珈琲だってさらりと買えた。
(冬青兄様は私に珈琲を買えないといってましたが、私だって余裕で買えるんですよ。私ですからね!)
今この場にいない冬青に対し、柘榴は心の中で大いにドヤ顔を浮かべてみせる。
そもそも義兄も父も過保護なのだ。
たしかに幼い頃の柘榴は病弱で、前の柘榴は世間知らずの箱入り娘。
心配するのも仕方ない。
しかし今の柘榴は違う。
(なんせ私は!化物学園を500回程度やり込んだユーザーですからね!)
柘榴にとって、主人公は最強であると同時にマドンナでなければならない。
そのため、そりゃあもう徹底的にやり込んだ。
前世の柘榴にとって時間は無限。
攻略対象達とデートにデートを重ねてきたわけだ、現実では百年以上も引きこもりだったが。
暇に任せてその成果をSNSにあげたりなんかもしていたほどだ。
(現実とゲームでは生きてる方々の行動は全く違いますが、地形などはよく知っておりますからね。細かい部分はわかりませんが、方向などはバッチリです)
俯瞰図からデータの場所を選ぶシステムだったため、どちらに行けば何があるか程度は今の柘榴にだってよくわかる。
ここは歩行者天国。
城下町の一部、大きな商店街を完全に歩行者専用にしている若者に人気のスポットだ。
柘榴がここを選んだのには理由があった。
まず1つは、ここが歩行者天国だから。
人が多く、馬車が入ってこれない。
身を隠すにはバッチリだ。
そしてもう1つ。
ここは化物学園内でも散々デートに来たことがある場所だから、だ。
ゲームとどれくらい違うのか。
柘榴はそれを体感してみたかったのである。
珈琲を買ったのも、その珈琲ショップが主人公のアルバイト候補のひとつであったからだ。
(実際に見ると結構広いお店でしたねぇ……何で珈琲ショップでバイトして体力や知力が上がるんだと思ってましたけど、あれだけ広くてお客さんが多い中を走り回れば体力も上がるし、判断力もつきますね)
柘榴はそんなことを思いながら、歩行者天国を闊歩する。
調子が良かったのはそこまでだった。
100年以上振りに外に出た柘榴は、人混みに慣れてなんていなかった。
ここは若者に人気で、人が集まる人気のスポット。
歩くだけでも疲労するような場所で、周囲の状況や店の内容、人々の会話に耳と目をフルに使いつつ歩くのは体力を大きく消費した。
「はーーー……」
歩行者天国の真ん中に位置する、公園。
デートスポットでもあったそこを見つけた柘榴は迷いなく中に入り、適当なベンチに座る。
そして大きく息を吐き出した。
(こんなに体力が落ちているとは……あの呪いを解いただけで魔力不足になったのも理解できます)
幼い頃に病弱だったことや、箱入り娘なことが関係しているのかもしれない。
今後は体力をつけるため、鍛えよう!
柘榴はそう決意しつつ、顔を上げる。
(そういえばこの公園、スケボーやら何やらができる場所があったんでしたっけ……)
商店街デートは買い物がメイン。
公園デートでは散歩はもちろん、アクティブに遊ぶこともできる。
体力自慢の攻略対象が公園デートを気に入っていたことを、柘榴は唐突に思い出した。
その彼は身体を動かすデートが好きなのだ。
平民の主人公に誘われてやって来た公園で、スケートボードやらバスケットボールやらをやっている人達に混じって遊んだりしていた。
今はまだ入学前で彼は主人公と出会っていない。
ならばこの公園に、攻略対象がいることもないだろう。
柘榴はそう思うと、早速アクティブに遊べるスペースに行ってみる。
そしてーーー
「な、なんだあの女の子!スケボーの申し子か!?」
「完璧にボードを操ってやがる!!」
「初めてやりましたが楽しいですね!スケボー!」
スケボーの申し子の名を欲しいがままにしていた。
何のことはない。
微妙に魔法を使い、スケボーを操っているのだ。
鬼の身体は頑丈なため、ちょっと転んでも怪我しないという自信もある。
柘榴は高い階段の上から一気に飛び立ち、一回転してから地面に降り立った。
いつの間にか多くのギャラリーが、その妙義に一斉に拍手と喝采を送る。
「あ、足にボードが吸い付いてるみたいだぜ!!」
(実際に一体化の魔法を使ってるんですよね)
ギャラリーの歓声にまぎれながら、柘榴にスケボーを貸してくれた青年達が叫ぶ。
仕方ない、魔法でも使わないと柘榴の運動神経では永遠にスケボーを楽しめそうになかったのだ。
楽しかったが、これ以上やると悪目立ちする。
柘榴はボードを返そうと青年に近づこうとした。
「一体何の騒ぎだ!!」
雷のような大声が響いた。




