好敵手は死神と強襲する ー01ー
「納得がいきません」
ズズーーー。
「私は今日を楽しみにしておりました」
ズズーーー。
「それなのに何故、私はここにいるのでしょうか」
ズズーーー。
「ふふふ。柘榴、音を立てて飲むのはダメ」
ひょい、と冬青が柘榴の手から飲み物を奪う。
もう中身はほとんど残っていなかったので問題はない。
柘榴は溜め息を吐くと、目を細めた。
窓の外からは楽しそうな声がする。
「こんなの散策じゃなくて連行ですよ」
「クフフ。間違いないねえ」
現在、柘榴と冬青は屋敷の外にいた。
といってもそれは柘榴の望んでいたものではない。
柘榴は屋敷の外……
つまり街を散策したかったのだ。
それなのに今、柘榴は馬車の中にいる。
屋敷を出る際に馬車に乗ってから一歩も歩いていない。
柘榴と冬青を乗せた馬車は、街を走っていた。
違う。こういうのではない。
確かに前世の柘榴は引きこもりであった。
100年単位で家の外には出ていなかったし、家の中では乙女ゲームをやり込んでいた。
しかしそうなったには原因がある。
転生してすぐ、柘榴はその知識欲の高さ故に日本全国を徒歩で回ったりして正確な地図を作ったりもしたものだ。
知識欲が満たされたので家にこもっただけで、根っからの引きこもりではない。
外より中が好きではあるし、人と話さなくとも苦痛はないし、研究は楽しいし、細かい作業が大好きではあるが。
転生してすぐはこの世界をもっと調べたい!
知識欲が高いが故に、今の現状に不満しかなかった。
しかも柘榴のお目付役だとかで、冬青がついてきている。
最近では冬青と父がシスコン&親バカとして意気投合し、呪いがかかる前よりも仲良くなっている。
家族円満ですねぇー……じゃなくて。
「私は馬車の中から外を見るのではなく、歩いて回りたいんですけど!」
「クフフフ。ダ〜メ」
にっこりと冬青が笑う。
愛しくてたまらないというように。
「足が痛くなっちゃうでしょ?」
「別にいいですよ!足が痛くなっても!」
「ふふふ、構わないんですかあ〜じゃあお兄ちゃんが柘榴の足を折って止めても構わないねえ」
「足が痛くなるのは最悪ですね。歩くなんてとんでもない」
恐ろしいことをいいだしたよ、この義兄。
にこにことしているが、柘榴にはわかる。
これはガチのやつだ。
どんな手段を用いたとしても柘榴を馬車の外に出さないつもりらしい。
足が痛くなっても構わないといった自身の言葉を音速で撤回し、柘榴は遠くを眺める。
(ちょっと冬青兄様はヤンデレの気質がありますね……)
ゲームの中では主人公に対してヤンデレの気配は見せていなかったが、あれは恋愛感情だったからだろうか。
兄妹となると別の感情が出てくるのかもしれない。
支配欲とかそういった類の……?
よくわからないが、冬青と結婚する人は大変そうだ。
柘榴は他人事のようにそう思う。
「クフフ。お兄ちゃんが欲しいものは買ってきてあげるから、柘榴はここにいなさい」
さっきからこれである。
柘榴がわざと音を立てながら飲んでいた飲み物も、冬青が買ってきてくれたもの。
馬車の中から立ち並ぶ店や屋台を見て、柘榴が興味を持つと少し離れたところに馬車を止め、冬青が買ってきてくれるというわけだ。
柘榴は外にいけない。
こんなことが許されるのか。
柘榴は大きく溜め息を吐き出す。
もちろん、冬青が柘榴を外に出さないのには理由がある。
「四方木 柘榴」はあまりに悪評が高すぎる。
前世の記憶を取り戻すまで、柘榴は最低最悪のお嬢様だった。
「鬼姫」ではなく「親バカ姫」とか「バカ姫」とか呼ばれていたくらいだ、それも柘榴に聞こえるように堂々と呼んでいた者も多い。
柘榴は屋敷の外に出ることが大嫌いだったし、それを隠そうともしていなかった。
「こんな下品な人達と同じ空気を吸うのも嫌」。
それが柘榴の口癖だった。
柘榴が店にやってきたら水をぶっかけてやる。
ぶん殴ってやる。
そういっているの者も多い。
柘榴はそんなことがなくても外になんて出なかったが。
しかも今。
状況はさらに酷かった。
ヨーク王国第四王子であるゾーイが柘榴と婚約するかもしれない……
そんな噂が流れたからである。
ゾーイがただ柘榴に興味を持っただけであり、実際には正式に婚約はしていない。
けれどそれはありえることなのだ。
四方木家は王族と結婚しても何の問題もないほどに、伝統ある家柄。
しかもヨーク王国には鬼族が多く住む。
手っ取り早く鬼族からの支持を得るには、鬼族の姫と結婚するのが一番なのだから。
しかし、問題は柘榴の悪評の高さ。
ゾーイ王子のお茶会で頭を打ち、記憶喪失になった。
その噂も、城下町には既に回っている。
その怪我を理由に柘榴がゾーイを脅した。
払えない額の慰謝料を要求した。
ゾーイは騙されている……
そんな話がついて回り、柘榴の評判はますます悪くなっているのだ。
そして冬青の態度の変化も一因にある。
冬青が呪いにやられるまで、冬青は柘榴にやられる一方だった。
人は冬青に同情し、柘榴を批判した。
しかし今は違う。
「私のことを大嫌いなままでいてください」。
どういうわけだがそのお願いを「人前では大嫌いなふりをする」と受け取った冬青は、他人がいると柘榴に冷たく対応する。
屋敷でも一部のものはよくわかっている。
冬青様の偽装ツン物理的デレとかいわれているくらいだ。
だが、冬青の態度や言葉をそのまま受け取る者も多い。
冬青は遂に柘榴に耐えられなくなった……
四方木家は柘榴ではなく冬青を跡取りに決めた。
だから冬青があんな態度に出ているのだ。
柘榴は何も言い返さないのだ!
いつしかそれは真実になっていた、人々の中で。
結果。
今の柘榴はとても危険な状況にあった。
人々が最低最悪のお嬢様であった柘榴に丁寧に接していたのは、柘榴が四方木家の人間だから。
背後に「赤の王」、「闘神」とまで呼ばれ、恐れられている父親に溺愛されていたから。
それがなくなったと思われている今。
人々から憎まれている「四方木 柘榴」なんて、ただの鬼族の少女。
しかも見た目だけならば、一般的な鬼よりも随分と小さい。
柘榴に出会うとぶん殴ってやろうとか。
今までの恨みを果たしてやるとか。
恐ろしいことを考える輩も多いのだ。
ーーー実際のところ……
元は最強の魔女であり、父親からも現在進行形で溺愛されているだけではなく、何をしでかすかわからない冬青にも溺愛されている柘榴に手を出して無事ですむなんてありえないのだが。
しかし柘榴はそんなことは知らない。
街中にはびこる噂を警戒し、父と義兄が対処していることも。
そもそも自分が噂されていることすら。
その結果、柘榴はとんでもないことを思ったのだ。
(抜け出してしまえばいいのではないでしょうか……!)
自分は天才か。
柘榴は自画自賛する。
厳重に警備されている屋敷から抜け出すのは大変かもしれないが、馬車から抜け出すのは簡単だ。
なんせここには従者と冬青しかいないのだから。
「冬青兄様……いいえ、冬青お兄ちゃん。お願いがあるんです」
「クフフ。もっと可愛くいって」
ほんと怖いな、この義兄。
第3章です!
評価とブクマ!
本当に嬉しいです!
初めてランキングにのりました……
嬉しくて思わず3枚くらいスクショ撮りました!
ありがとうございます!
休みの日は多く更新したいんですが、旅行に行くためここ数日は1日1回以上の更新になるかもしれません。
それでも毎日更新はしますので、よろしくお願いします!




