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幕間 ー四方木家養子は3度死ぬー <後編>

「何もなければいいんだが」

「クフフ。ブレイクは心配しすぎですよ」

「その通りだ。ブレイクは冬青のママか何かか?」

「ビッグママやな、身体でかいし」


 冬青の手から跡形もなく黒い影が消え去ってすぐ。

 その虫に1番に反応した友人は、そういってしっかりとした眉を寄せた。

 手をひらひらとさせながら冬青が笑うと、続けてゾーイと友人がからかう。

 からかわれた友人はムッとしたようだったが、それ以上何もいわなかった。

 ゾーイに何事もなかったのだから、それでいい。

 笑い話のはずだった。

 しかし帰国する道すがら、冬青に変化が現れる。

 異常なほどの悪寒と頭痛。

 他国に行ったせいで疲れたのだろう。

 鬼の身体は頑丈で滅多に病にかからないが……

 それでも3年に一度くらいは風邪を引くこともある。

 心配するゾーイや友人達にそういって、冬青は早々に自宅に戻った。


 医者の診断も風邪だった。

 その頃には発熱と吐き気も出ていたから。

 薬を処方され、冬青は眠る。

 おかしい、とは思っていた。

 体調を崩して既に3日。

 風邪で何日も寝込むことはない。

 1日寝ていたら翌日にはすっきり治っている。

 鬼の身体はそういうものだ。

 怪我や病気には強い。

 4分の1がヒトだからといっても、ここまで風邪が長引くことはないはずなのに……


「これは、うつりますか」

「他人にはうつらないと思いますが、断定はできません」


 冬青を診断した医者はそういった。

 日に日に胸が苦しくなり、息ができなくなる。

 医者はただの風邪だというが、冬青にはわかる。

 これはただの風邪ではない。

 胸の内を、何かが走り回る気配がする。

 見えざる手が冬青の首を締める。

 息苦しい。

 そう思っていた時だった、彼女がやってきたのは。


「冬青兄様!!」


 勢いよく障子を開け、柘榴が飛び込んでくる。

 頭を打って目を開いたときから、義妹の金の瞳は右目だけ赤色に変わっていた。

 この症状は医者も原因がわからないという。

 冬青は柘榴から嫌われている自覚があった。

 当然だと思う。

 自分は四方木家に相応しくない。

 愛人の子、メイドの子、ヒトの血が混ざった子。

 そんな人間が、由緒正しき鬼の一族。

 柘榴の義兄なのだ。

 正当なる四方木家の跡取りの柘榴からしてみれば、自分の存在なんて情けなくて恥ずかしいだろう。

 冷たい言葉を浴びせられても当然だ。

 そんな義妹が。

 あろうことか病で伏せる自室に飛び込んできたのだ。


「出て行ってください!!」


 はたと気づいた時には柘榴の白い手が伸びていた。

 頰を触れられそうになったとわかり、冬青は慌てて義妹の手を叩き落とす。

 赤と金の目が驚いたように見開かれ、冬青は睨んだ。

 触られるわけにはいかない。

 この部屋に残られてもいけない。

 自分に近づかないでほしい。


(もしも俺の病がうつるのだとしたら、柘榴はここにいてはダメだ。俺は死んでも構わないけど、柘榴は……)


 言葉にはできなかった。

 誰にものをいってるんですか、なんて柘榴に思われたくなかったから。

 私のことを守れなかったくせに、と思われているような気がしたから。

 階段から落ちていく柘榴を、自分は何もできずにただ見ていた。

 そんな自分が柘榴のことを心配するなんて。

 情けなくも病気になった自分が、うつるから近づくなと柘榴にいうなんて。

 いえるはずがないと思ったから。

 だから冬青は酷い言葉を述べて、柘榴を部屋から追い出すしかなかった。

 柘榴は死んではいけない。

 少なくとも両親が悲しむ。

 自分はいついなくなっても構わないけれど。

 優秀なだけしか能のない自分と柘榴は違うから。

 うなされながら、冬青はそう思った。



 良い意味で急変したのは夕方。

 体調が安定し、熱も下がった。

 息苦しかったことなんて嘘のように。

 使用人達は胸をなでおろす。

 医者も明後日には全快すると笑う。

 けれど冬青には、いいしれない不安があった。

 見えざる手が、指が、まだ自分の首に触れている気がした。

 少しでもその手が力をかければ、自分は死ぬ。

 そんな気配がしたのだ。


「冬青様!」


 そしてその予感は当たる。

 真夜中だった。

 突然、見えざる手は牙を剥く。

 冬青の首を締め、心臓を握りしめる。

 苦しい。

 息ができない。

 心臓が痛い。

 骨が軋む。

 胸をかきむしる冬青に気づき、使用人が慌てだした。

 血を吐いて、冬青はうめく。

 苦しさに狂いそうだ。

 その苦しみに身を任せてしまえば楽になれる。

 そう思ったが、それはできなかった。

 自分はこの家に相応しくない。

 気が触れて叫んでのたうち回って死ぬなんて。

 四方木家の人間がすることではない。

 最後までこの苦しみと戦わなければ。

 冬青は必死に耐えた。

 首をかきむしって、見えざる手を振り払おうとした。


「兄様……」


 声がしたのはそんな時。

 冬青はもう生きることを諦めかけた時。

 慌てるばかりだった使用人達がいなくなり、代わりに誰かが入ってくる気配がする。

 視線をやると、ベッドのすぐ側に柘榴が立っていた。

 出て行けといったつもりだが、声にはならなかった。

 こんな情けないところを見られたくない。

 柘榴になんと思われようと、冬青は柘榴の義兄(あに)のつもりだった。

 四方木家の人間として相応しい死に方をしたかった。


「しかし私ならば治せます!!」


 柘榴は確かにそういった。

 自分の死を看取りに来たのかとも思ったのに。

 義妹は目を閉じ、指同士を合わせる。

 すぐに柘榴の身体がぼんやりと淡く光り、義妹はその手を冬青の胸に手を当てた。



「ひとつだけお願いがあります、冬青兄様!

 私のことを大嫌いなままでいてくださいね!!」



 何をいっているんだ、この義妹(いもうと)は。

 柘榴の声に眉を寄せていると、暖かい何かが自分の身体の中に満ちていく。

 冬青の心臓を握り潰そうとしていた手が。

 首に回されていた指が。

 かき消される。

 暖かい何かが、柘榴から冬青に移動する。

 ああ、柘榴だ。

 胸の中が柘榴の気配で満ちる。

 暖かい。

 柘榴に抱きしめられているみたいだ。

 ずっとこのままでいたい。

 そう思っていると、光が消えた。

 その途端に、柘榴がその場で崩れ落ちた。


「柘榴…………!」


 ベッドにしがみついた柘榴の手を握る。

 冷たくて小さい。

 義妹の顔は真っ青だった。

 それでも彼女は妖艶に微笑む。

 赤と金の目を細めて。


「約束、ですよ……冬青兄様……」


 柘榴が目を閉じた。

 動かない。

 まさか、死……!?


「柘榴!!誰か、誰かすぐに来てください!!」


 冬青が叫ぶと、部屋の前で待機してたらしい芹が飛び込んでくる。

 続いて医者がやって来て、冬青を診察しようとした。

 自分を診察する場合か!?

 冬青は柘榴の手を握ってない方の腕で、医者の腕を掴むと柘榴の方に引き寄せた。


「俺はいいから、柘榴を!!」

「大丈夫ですよ、冬青様!お嬢様は眠っているだけのようです!」

「眠ってる!?本当に!?」


 芹にいわれ、冬青が柘榴を見ると……

 確かに義妹は気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 安心すると一気に力が抜ける。

 それでも柘榴の手を離したくなくて、冬青は手に力を込めた。


「冬青様、何があったんですか?」


 医者に代わり、使用人が尋ねてくる。

 そりゃそうだ、ついさっきまで土気色の顔で血を吐いて苦しんでいた冬青が今やもうすっかり回復しているのだから。

 しかし冬青は尋常ではない眠気に襲われていた。

 柘榴の小さな手を握ったまま、冬青は何とか答える。


「柘榴が……俺を、治した……んです」

「柘榴様が?どうやって!?」


 医者ですらお手上げだったのに。

 使用人達が騒めく。

 あれはきっとーーー


「魔法、で…………」


 そこで意識が途絶えた。

 最後に冬青が見たのは使用人と医者の驚愕した顔だった。




◯◯◯




『あなたこそ綺麗な髪ね、私の次くらい』


 幼い柘榴がいう。

 金の目。

 燃えているような髪。

 炎が燃えている。

 炎、火の玉、暖かい光…………


 一瞬、冬青にはそれが夢か現かわからなかった。

 ベッドの側に柘榴がいる。

 もしかして自分は死んだのかもしれない。

 柘榴がそんな楽しそうに自分の側にいるなんてありえないことだから。

 冬青はただ、じっと柘榴を見つめた。

 鼻唄を歌いながら柘榴は編み物をしている。

 何を編んでいるんだろう。

 慣れた調子で手を動かしている。


「あら。おはようございます、冬青兄様」


 もう夕方ですが、と柘榴は付け足した。

 夢を見ていた。

 柘榴と初めて会った日の夢。

 初めて自分の髪を褒めてくれたのは柘榴。

 多分あのとき、冬青はこの世界に生まれた。

 2回目の生を受けた。

 その後すぐに自分は死んだが、それでも柘榴のあの言葉で生きてこれた。

 だからせめて命をかけて柘榴を守りたいと思った。けれど実際……


(俺は柘榴を守れていない)


 自分はこの家に相応しくない。

 それでも意味はあると。

 そう思っていたのに……

 この家から離れるべきかもしれない。

 柘榴は変わった。

 優しく公平で、魔法まで使える。

 ならば自分はもう……



「いたいなら、ここにいていいんですよ。

 私が許します。というより、いなさい。

 離れないで。出て行かないで。

 いたいだけいて、ワガママをいってください。

 鬼姫柘榴の命令です。

 相応しくないなんて気にしないで。

 あなたは私の義兄(あに)として、

 そして四方木家の人間としてここにいなさい。

 異論と反論は認めません」



 それなのにーーー

 優しく微笑んだ柘榴はそう命じる。

 きっぱりとした口調で。

 冬青は声が出なかった。

 何といっていいかわからなくて。



「あなたは私のお兄ちゃんです!!」



 ああ、きっと。

 自分はあの晩、死んだのだ。

 3度目の死を迎えたのだ。

 この義妹が自分に命を与えた。

 そして今も、ずっと求めていた言葉をくれる。

 誰かにここにいていいといってほしかった。

 柘榴の兄だと認められたかった。

 この家に相応しい人間だと思われたかった。


 冬青は柘榴の手を握る。

 彼女のためならば何でもしよう。

 どんなものからでも自分が守ってあげるーーー




◯◯◯




「クフフ。このヘアオイルはバッチリだったねえ」


 そして2週間後。

 すっかり柘榴に依存する冬青は完成していた。

 柘榴の赤い髪を指を絡めながら、冬青は愛しい義妹を見つめる。

 食事にまで気を遣っているおかげで今や柘榴の顔色は良くなり、髪だってサラサラだ。

 何でもしてやりたい。

 柘榴が望むのであれば。

 柘榴が望まなくたって。

 柘榴のためになるのであれば。


「ありがとうございます、冬青兄様」


 義妹はそっと微笑んだ。

 冬青に顔を向けると、柘榴は手を伸ばす。

 一瞬だけ冬青はびくりと身を固めたが、柘榴の手は冬青の長い黒髪に行った。

 義妹がそのように自分の髪に触れてくるのは初めてだ。

 冬青はドギマギとしながら、柘榴なされるがままにさせておく。

 柘榴は冬青の毛先を触り、指を絡ませ、それから破顔した。


「冬青兄様の髪は綺麗ですね。私は冬青兄様の黒髪が好きですよ」


 柘榴は変わったと皆がいう。

 けれどこれが本性なのだ。

 変わっていない部分もあって、自分にはそれがわかる。


 冬青は笑った。

 顔をくしゃくしゃにして。


 離れない。

 出て行かない。

 側にいる。

 どれだけ柘榴が嫌がっても。

 それを約束したから。

 離さない。

 出て行かさない。

 側にいさせる。

 ワガママをいってと柘榴が命令したから。


「ふふふ。俺の髪は、お前の次に綺麗なんだよ」


 四方木 冬青は3度死んで生き返った。

 柘榴が少し眉を寄せてから、くすくすと笑う。


「ええ、その通りかもしれませんね」


 それはきっと恋ではない。

 今はまだ。


第2章完結です!

次からは第3章です。

ようやく柘榴が屋敷の外に……!?


ブクマも評価も嬉しいです!

初めてランキングにのりました!

また夢が1つ叶いました。

ありがとうございます!

みなさんのおかげです、本当に嬉しいです

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