幕間 ー四方木家養子は3度死ぬー <前編>
評価もブクマもうれしいです!
初めての評価……夢が叶いました!
多分生まれた瞬間に、
自分は死んだのだと冬青は思う。
愛人の子。
生まれた時からそれは冬青についてまわる。
特別階級にはギリギリ入らない、中途半端な家柄の割にプライドだけが高い家に冬青は生まれた。
そこの主人がメイドに手を出したのだ。
しかも冬青の母であるメイドは冬青を生んですぐになくなり、家族もいなかった。
仕方なく、冬青はその家で育てられたのだ。
その家での生活は地獄に近かった。
物心ついた頃には窓のない部屋にいた。
思い返すと、その家ではほとんどその部屋の中に監禁されていたことを冬青は思い出す。
冬青が泣かないように本だけ与えられた。
窓のない部屋ではそれを読むくらいしか時間を潰す手段はなく、冬青は貪るように本を読んだ。
元々の気質もあったのだろう。
冬青が優秀だということはすぐにわかり、家庭教師をつけられた。
優秀であれば、家柄の良い家の養子になれるかもしれないから。
そうなるとこの家にもお金がもらえるし、地位もよくなるかもしれない。
その頃になると、冬青は窓のある部屋に移された。
屋敷の中ならば歩いてもいいことになった。
外の世界はまた、冬青を苦しめた。
ほとんど茶色に近い赤毛の家族の中で、冬青の髪色だけは黒だったから。
メイドの母はヒトと鬼のハーフだった。
そして黒髪。
ヒトの血が少し混じる冬青は母に似たようだ。
異質な見た目。
愛人の子という生まれ。
それなのに冬青は、異母兄弟の誰よりも優秀だった。
この家に名誉をもたらすかもしれない存在なのだ。
義母は冬青に聞こえるように悪口をいった。
異母兄弟は直接的に手は出してこなかったが、物を壊し、無視し、悪口をいって、冬青を苦しめる。
そして実父はーーー
冬青は過ちだというように、存在を無視し続けた。
ある日。
冬青は持っている服の中で、一番良い服に着替えさせられた。
実父と異母と異母兄弟と共に馬車に乗る。
そんなことは初めてだった。
一応「家族」ではあったが、冬青を連れて外に行くなんて今までなかったことなのだから。
馬車の中では異母兄弟が冬青がいることに不満を漏らしたが、実父が怒鳴りつけたおかげで黙った。
そんなことも初めてだった。
実父が冬青を守るだなんて。
何かが起きる予感がした。
ほぼ丸2日。
休憩を挟みながらも馬車は走った。
辿り着いたのは城下町。
住んでいた家の何倍もある家が並ぶ。
異母兄弟が興奮して「ここは王様が住んでいるお城なの?」と尋ねた。
冬青も同じことを思っていたのだ。
しかし実父は「ここは特別階級の人が住んでいる家だ」といって、眉を寄せただけだった。
プライドだけ高い実父にとって、明らかに自分の家よりも何十倍も良い家がひしめく城下町はどんな気分なのだろう。
冬青は何もいわなかった。
これが家ならば、城はどんなものなのだろう。
そんなことを思っていると、屋敷は街外れに向かう。
といっても、そこまで離れていない。
そしてそこには、さっき城だと思った家が小さく見えるほどに広大な屋敷が広がっていた。
上に高い家ではなく、低い家屋。
一階しかない分、随分と横に広かった。
冬青が住んでいた家の何十倍になるのか、冬青にも分からなかった。
異母兄弟達はあまりのスケールの違いに目を白黒させ、押し黙る。
義母は舌打ちする。
実父は緊張していた。
ここに住んでいるのは王様に違いない。
冬青は思った。
「初めまして、冬青」
通された広い部屋で彼らを迎えたのは、赤茶の髪の紳士。
実父も大きな人ではあったが、彼は更にその上を行く。
仏像のようだ、と冬青は思った。
着ているものなんて、冬青達と比べ物にならない。
仕立ての良い、高そうなスーツ。
そんな紳士が部屋に入った途端、実父は勢いよく立ち上がってガチガチに緊張しながら何か言葉を交わしていた。
そしてその紳士が呼んだのは、冬青の名前。
他人事のように眺めていた冬青は驚きのあまり、言葉をなくした。
実父と義母は強引に冬青を紳士の前に連れ出した。
「私は四方木 伊吹。こちらは妻の茜」
紳士は冬青に向かって朗かに笑い、後ろに控えていた美しい女性のことも紹介する。
落ち着いた感じの深い赤髪の美しい女性は、少し引きつった笑みを浮かべた。
愛人の子。
そのせいで冬青は、そういう反応に慣れていた。
そのため特に何も感じず、ただぺこりと頭を下げる。
紳士は笑った。
彼は振り返り、誰かを探す。
「ああ、いたいた。こっちが娘の柘榴。柘榴ちゃん、冬青に挨拶は?」
「………はじめまして」
大柄な紳士の影に隠れていた少女。
不機嫌そうに少女はそう言葉を漏らす。
まるで炎だ。
ここまで真っ赤な髪を冬青は見たことがない。
鷹のような金の目をした少女。
気は強そうだが、今まで見てきた誰よりも可愛い顔をしていた。
まるで……
本の中に出てきた天使のようだ。
冬青はそう思う。
「綺麗な髪……」
気付いた時には口に出していた。
同じくらいの年齢の少女は丸い眉を寄せる。
「知ってるわ」
彼女は続けた。
「あなたこそ綺麗な髪ね。私の次くらい」
黒髪を褒められたのは初めてだった。
だってその髪は、冬青にとって愛人の子である印だったから。
その時多分、
冬青は生まれた。
2度目の人生。
「あいつのどこが綺麗な髪なんだよ!」
「あのチビも人参みたいに真っ赤!」
「人参と愛人の子でお似合いだな!」
呆然としたままだった異母兄弟達が口々にはやし立てる。
多分彼らは、少女の気を引きたかったのだろう。
だって目の前の少女は今まで会ったどの女の子より可愛かったから。
だからこそ、少女に自分は強いと見せつけるために。
気をひくために。
少女の目の前で冬青をけなし、少女のことも悪くいったのだ。
しかし確実に相手が悪かった。
柘榴の髪を悪くいった瞬間、紳士の顔が真っ赤になる。
ずんずんと異母兄弟達に近づいて行く四方木氏。
一歩近づくごとに、身体が大きくなっていく。
それは比喩でもない、現実に。
額に生えた2本の角がどんどん大きくなり、髪の毛が逆立つ。
「うちの柘榴ちゃんをけなしたのは……どこのどいつだあああああああ」
怒声がビリビリと響く。
音の波紋で、部屋に置いてあった花瓶が割れた。
ニヤニヤと笑っていた義母が腰を抜かし、へたりこむ。
実父の顔から色が消える。
控えていた使用人が慌てて彼を止めようと飛びかかった。
「ひ」と、異母兄弟の小さな悲鳴が聞こえる。
それを止めたのは少女。
父の前に立ち、すました顔で異母兄弟を見返す。
「私の髪がなんていった?」
「き、れいです……」
異母兄弟は泣きながら、そう答える。
「いいわ。その通りよ。今度からは相手を見てケンカを売ることね」
次に少女は冬青を見た。
金の瞳に宿っていたのは軽蔑。
「あんな低俗な人達と過ごしてきた人が四方木家の人間になるの?あなたは相応しくない」
少女のいうことは最もだ。
冬青は思う。
多分その瞬間、冬青は再び死んだのだ。
四方木家。
歴史の本に名が乗っているくらい有名な一族。
鬼の王家ともいうべき、伝統ある家柄。
優秀さを買われ、冬青はその家の養子になった。
本来の跡取りである柘榴が病弱だったからだ。
四方木氏は義父となり、奥さんは義母となり、少女は義妹となる。
愛人の子。
そしてあんな下品な家で過ごした子。
そのイメージが払拭できるはずもなく、義母と義妹の関係は最悪だった。
けれど冬青は当然だと思う。
四方木家に自分は相応しくない。
ただ自分ができることは、優秀であることだけ。
その優秀さのおかげで、自分はここにいる。
窓のない部屋から出られた。
四方木家にも入れた。
優秀であることだけ。
それだけが自分のアイデンティティだから。
死んでいるかのように生きるのだ。
本当の自分を隠して。
息を殺して。
口答えはせずに。
生まれた時から自分は死んでいた。
「柘榴は元気か?」
「クフフ。またその話ですか。元気だと思いますけど」
ゾーイの公務に付き合い、他国に遠征して1週間。
毎日のように尋ねられるその質問に、冬青は少しうんざりとしていた。
何がどうしてそうなったのかわからないが、ゾーイは義妹に興味を抱いたらしい。
つい最近まで、ゾーイと義妹の仲は最低だと思っていたのだが……
「気になるなら連絡してみればどうですかねぇ。私に聞いたって解決はしないと思いますけど」
「アドバイスありがとう。けど押してダメなら引いてみろ作戦を実行中でね。帰国するまで俺からは連絡しないつもりなんだ」
「少しくらい俺を気にするはずだろ」。
ゾーイはそういっているが、どうだろう。
義妹が模様替えに熱中してることを知っている冬青は、肩をすくめるだけにとどめた。
頭を打ってから義妹は変わった。
今までの記憶を全部失ったせいもあるだろう。
そうやって人が変わることも稀にあるらしい。
「本性が出る」と医者はいっていたが……
あれが柘榴の本性なのだろうか。
親切で丁寧で冷静で真面目。
今までの柘榴とは正反対だ。
じゃあ今までの柘榴はどうなる?
「冬青!」
友人の声に、悩んでいた冬青は顔をあげた。
ゾーイに向かって虫のようなものが勢いよく飛んできている。
虫のようで虫ではない。
しかし確実にその何かがゾーイを襲撃しようとしている。
ゾーイの一番近くにいるのは自分だ。
冬青は友人の身体を押すと、自分の手でその何かを受け止める。
それを握りこむと手のひらに激痛が走った。
眉を寄せながら手を開くと手の中には何もない。
ただし真っ黒に変色していた。
「どうした!?」
友人が駆け込んでくる。
その彼に黒い手を見せると、彼はすぐに医者を呼ぶ。
しかし友人の目の前で変色していた黒は消えた、医者が冬青の手を見た頃には彼の手は普段通りに戻っていたのだった。
「なんだったんだ……?」
友人がポツリとつぶやいた。




