義兄妹には憂鬱が似合う ー06ー
義妹は憂う。
こんなことを望んでいたわけではない。
鏡ごしに義兄を眺めながら、義妹は憂う。
「クフフ。柘榴の髪を触るなんてゾッとしますね」
義兄は笑う。
口ではそういいながらも、大きな口を持ち上げて心底嬉しそうな笑みを浮かべて。
骨っぽい長い指を義妹の赤い髪に絡ませながら、宝物にでも触れるように、義兄特製ヘアオイルを馴染ませる。
「お、お嬢様と、冬青様が……!こんなにも仲睦まじいなんて……!」
メイドが泣く。
夢ですら見たことのない光景が、目の前に広がっている現実に感動して。
「仲睦まじくないです」
義兄妹は同時に告げた。
義兄は義妹との約束のため。
義妹は本気で。
しかし残念ながら、本気でそう述べたというのに義妹の発言を誰も本気にすることはなかった。
「四方木家の人間としてここにいなさい」。
柘榴が命令したあの日から2週間。
柘榴と冬青の義兄妹関係は劇的に変化した。
前世を思い出すまで、冬青を無視したり、冷たい言葉を浴びせたりするのは柘榴の専売特許。
優秀な冬青に向け、ただただその血筋が素晴らしいだけの柘榴が暴言を浴びせる。
そんな柘榴の姿に、人々は口にしたものだ。
「本当にあのバカ姫ときたら……」。
「血がそんなに偉いと思っているのか?」。
「あんなお嬢様が跡を継ぐと四方木家は滅びるぞ」。
ヒソヒソ。
主に柘榴の悪口をいいあっていた。
しかしいま、冷たい言葉を浴びせるのは冬青。
そしてそんな言葉を浴びせられるのは柘榴である。
「髪の毛がボサボサですね。女子としてどうかと思います、恥じらいというものが欠けているのですか?不愉快です」
眉をひそめながら冬青がそういうと、遅くとも2日後には自らが調合した特製ヘアオイルを持参して柘榴の髪のケアに励む冬青の姿がある。
朝晩、欠かすことなく丁寧に義妹の赤髪を櫛で解き、ヘアオイルを馴染ませる。
にこにこした顔で暴言なんかを吐きながら。
1週間もすれば、柘榴の髪は天使の輪ができるくらいツヤツヤになった。
「死人のような顔色で俺の視界に入らないでくれますか?」
冬青がそういった日の夜から、柘榴の食事は義兄特製のものに変わった。
栄養にだけ重点を置いたゲテモノ料理だったせいで、柘榴はついに義兄に嫌われたと喜んだものだ。
朝昼晩と食事を重ねるごとに、料理のスキルは格段にレベルアップしている。
最近ではフルコースもかくや、というものになったのは記憶に新しい。
柘榴は元来食が細いため、新手の嫌がらせをされていると信じているが……
冬青がにこにこした顔で「美味しかったですか?」と聞いてくるので、どうやら善意であるらしい。
「あなたのような常識知らずが屋敷の外を見たい?クフフ。恥を晒すつもりですか?」
そういった翌日。
冬青と父が真剣に「どういうルートを通れば柘榴の足が疲れないか」という議題で盛り上がっていた。
可愛い柘榴をひとりで外に出すなんて絶対に無理!
と、日頃から言いはっている親バカな父。
常識知らずの柘榴なんて屋敷の外には行けませんよ。
と、いった冬青。
ふたりは「出来る限り柘榴を人目にさらさず、足も疲れさせず、危ない目にあわさず、適度に外の世界を堪能させる」という共通の目標に達したらしい。
それ無理じゃない?
街を作るくらいしか解決策なくない?
良い案が浮かぶはずもない。
柘榴の記憶が戻ってから早3ヶ月。
屋敷の外に行くことは叶っていなかった。
(季節も変わりそうだっていうのに……)
ともかく、冬青は変わった。
今までは柘榴に何をいわれても押し黙り、困る顔を浮かべるだけだった。
しかし今は冬青が柘榴に暴言を吐く。
義兄は「大嫌いなままでいてくださいね」といった義妹との約束を守っているつもりらしい。
柘榴のことが大嫌いなふりをし続けているのだ。
しかしもう……
バレバレである。
柘榴のことが大好きなことが。
さすがの柘榴でもわかってしまうくらいに。
手を握ったまま暴言を吐いたり、鼻歌を歌いながら一応暴言を吐いてみたり、愛しげに柘榴を見つめながら適当な暴言を吐いたり……
最近ではついに、冬青は屋敷中の者から「ツンデレ」と噂されるようになっていた。
「(偽装)ツン(ガチ)デレ」という意味でのツンデレ。
なんなら「ツンデレ(デレが物理)」とかもいわれている。
冬青に暴言を浴びせていた柘榴を見て、人はヒソヒソと悪口をいっていたがーーー
柘榴に冬青が暴言を吐いていても、屋敷の者たちは「柘榴様、愛されてる可哀想」という。
何故「愛されてる」の後ろに「可哀想」がつくのか。
柘榴は全力で問いたい。
冬青の変化は未だ屋敷内だけでしか知られてはいないが、外に知られたときどうなるのか……
なんだかんだといって人気のある冬青のことだから、自分は女子に刺されるかもしれない。
柘榴はそっと死を覚悟した。
ウェルカム!という意味での覚悟を。
「柘榴。お兄ちゃんが作ったヘアオイルの効果はどうかな?クフフ。世界で一番可愛いお前の髪質にピッタリ合うよう、お兄ちゃんは改良を続けているんだよ」
芹が所用で部屋から離れた途端。
暴言を吐いていた冬青の口からこぼれるのは、義妹に対する過剰な愛。
柘榴は気づいていた。
あの日からふたりっきりのとき、対柘榴に限り、冬青の一人称が「お兄ちゃん」になることを。
「私のお兄ちゃんです!」発言をからかわれているのではなく、冬青に悪気は一切ない。
だからこそ厄介なのだ。
しかもどういうわけだが、冬青は柘榴に対して敬語を使わなくなっていた。
ふたりっきりの時に限るが、デレデレである。
(確か冬青とハッピーエンドを迎えると、冬青兄様は主人公に向けて敬語じゃなくなっていたな)
今のように。
ふふふ、と柘榴は笑う。
完全に失敗した。
何故こんなにも好感度が上がったのかわからない。
大嫌いなままでいてほしいとお願いしたのに。
しかし、まだ柘榴は安心している。
冬青のそれは恋愛対象に向けられたものではなく、義妹に対して向けられているものだとはっきりわかるから。
ここまで柘榴を溺愛し出したのも、敬語じゃなくなったのも、ベタベタと髪や手を触ってくることも。
柘榴を異性として見ているならばきっとできない。
そう、つまり。
(主人公と会って恋に落ち、私を処刑する可能性だって残ってるってこと!)
冬青は主人公に一目惚れするのだ。
義妹としての溺愛は甘んじて受け止めよう。
だって好きな子ができると義妹に構ってる時間なんてなくなるだろうから。
そうでなくとも、来年冬青は化物学園に入学し、今よりも忙しくなる。
そうなると柘榴と触れ合う時間も減り、冬青も落ち着くだろう!
今はきっと、命の恩人である柘榴に対する感謝を何かと勘違いしているだけだ!
(多少好感度が上がったかもしれないけど、何の問題もないですね!むしろ今だけの期間限定だと、冬青兄様の好意を受け入れましょう!)
義妹は笑う。
義兄のそれが恋愛感情ではないと信じて。
その好意が義妹への好意だと信じて。
自分の輝ける未来を疑わず。
そして義兄は憂う。
精一杯の愛情が義妹にちっとも伝わっていないことに。
この義兄妹には憂鬱が似合う。
それと同時に妖艶な笑みが似合う。
義妹が真実を知る日は遠く、義兄が憂う日は続くのだ。
ともかく今日も、冬青は柘榴が大嫌いなふりをする。
第2章完結です!
冬青視点の幕間を挟み、次は第3章!
冬青視点では新キャラも出ます!
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