義兄妹には憂鬱が似合う ー05ー
「何の夢ですか?」
「さぁ、どんな夢でしたっけね」
冬青がそう誤魔化すので、柘榴はそれ以上聞くのをやめた。
話したきゃ義兄から話すだろう。
そう思いつつ、義兄の頰に手をやって熱を確かめる。
冬青は薄紫色の瞳で柘榴の手を追いかけたが、手を叩き落とすことはしなかった。
「……お前の夢を見たんですよ」
「あら。私の夢ですか?」
熱はないようだ、と柘榴は安心する。
あまり魔力のない柘榴なので僅かに心配していたが、何の問題もなかったようだ。
ふぅ、と息を吐いていると冬青は天井を見上げたまま小さな声で呟く。
どんな夢を見ていたのだろう。
前世のことを思い出す前とか?
強烈だったみたいだし、と柘榴はひとりで薄く笑う。
「それで思ったんです。俺はここにいていいのか、とか」
ポツリと。
まるで吐き出すように。
酷く苦しそうに冬青はいう。
眉を寄せ、眉間にしわを寄せて。
天井を睨み続けたまま、冬青はいう。
自分の夢を見てそれを思うなんて、確実に前世を思い出す前の柘榴の夢だな……
実に冷静に柘榴は思った。
「今まで俺は、自分はここにいてはいけないと。相応しくないと思ってました、けれど……」
けれど?
その後に続く言葉を柘榴は待ったが、冬青は何もいわなかった。
ただただ、義兄は苦しそうだった。
まるでまだその胸の内に、その奥深くに、呪いが巣食っているかのように。
薄紫色の瞳を天井に向けたまま、冬青は唇を噛む。
何か言葉をかけようと柘榴は思って口を開いた。
しかし自分に何をいう資格がある?
冬青のコンプレックスの源は、他の誰でもなく柘榴なのだから。
いや違う。
きっと柘榴にしかいえないことがある。
そしてそれはきっと、柘榴にしか資格がない。
「…………いいですよ」
「え?」
強く拳を作り、震える冬青の手に手を重ねる。
それだけで冬青が驚いたように上半身を起こした。
冬青の目が柘榴に向けられる。
柘榴は薄く笑った、妖艶に。
金と赤の目を細くして。
「いたいなら、ここにいていいんですよ。
私が許します。というより、いなさい。
離れないで。出て行かないで。
いたいだけいて、ワガママをいってください。
鬼姫柘榴の命令です。
相応しくないなんて気にしないで。
あなたは私の義兄として、
そして四方木家の人間としてここにいなさい。
異論と反論は認めません」
冬青が息を飲んだ気配がした。
柘榴は優しく微笑みーーー
心の中で大いにガッツポーズする。
これで……!
これで自分が処刑されても四方木家は安泰!
四方木家にいてね!
駆け落ちしないでね!
そういうお願いを「優しい感じで命令しちゃう作戦」である!
ワガママで高慢ちきという己のキャラを存分に生かした上でのこの作戦!!
完璧すぎて自分でも怖い……
そう思いながら、柘榴は笑みを浮かべる。
柘榴は自身の嫌われっぷりに対して、大いなる自信があった。
前前世は迫害された魔女、前世は引きこもり。
そして今世は悪役令嬢。
しかも虫よりも嫌われている。
今更他人に好かれるはずもない。
こちとら、嫌われることに関してはプロである!
そんな自信。
しかし余りに冬青が黙り込んでいる。
ムカつきすぎて声も出ないのか?
自分では天使のような微笑みを浮かべているつもりになりながら、柘榴はちらりと義兄を見る。
冬青は穴が空くほどじぃっと柘榴を見つめていた。
睨んでる?
ムカつきすぎて?
命令はやっぱりまずかった?
さらに嫌われたのならば構わないか。
「………………それは、命令……ですか?」
嫌われすぎて早めに処刑されるのも嫌だなぁ。
18歳の冬まではこの世界を満喫するつもりの柘榴がぼんやりと考えていると、義兄は独り言のように尋ねてくる。
それは自問自答か、それとも問いかけか。
問いかけだと判断した柘榴は、頷いた。
「命令です。異論と反論は認めません」
「けれど…………母上は」
「母がどうしたっていうんです」
あんまり命令をすると嫌われすぎてしまう、かも!?
唐突にそう思い立った柘榴はその後に続く言葉に悩んだ。
次の瞬間には、適当な言葉を投げつける。
「あなたは私のお兄ちゃんです!!」
うん、私は何を当たり前のことをいっているんだ。
さすがに適当にものをいいすぎた。
ノリと勢いのまま発してしまった、至極当然な発言に柘榴を頭を抱える。
こういうことをいいたかったわけではない。
けれど嫌われすぎて早めに処刑されるのが嫌だ、という下心が前面に出すぎてしまった。
いや……
そもそもあれだ。
駆け落ちしないでね!ってことをいいたかったんだから、お兄ちゃんです!じゃなくて良い息子になってね!というべきだった。
母がどうしたもこうしたもないよ。
私の両親とうまくやってね!というべきだった。
「柘榴……」
「待ってください、冬青兄様」
息と一緒に吐き出された声。
冬青が自分の名を呼んだそれを遮り、柘榴はいった。
「私のことは大嫌いなままでお願いします」
柘榴の思考としてはーーー
変なことをいったため、冬青はムカつきすぎて言葉も出ないのかもしれない。
私のお兄ちゃんです!とか当たり前のことをいったので、冬青はもっとムカついているのかもしれない。
嫌われすぎたら処刑が早まるかもしれない……
諸々の可能性を考えた結果、「処刑するくらい嫌いになるよりは、今と同じくらい大嫌いなままでお願いします」という意味だった。
しかし冬青は何をどう受け止めたのか。
ぎゅう、と柘榴の手を握る。
そういえば手を重ねていたっけ、とこの時になってから柘榴は思い出した。
(何故手を握ったのでしょう……?逃がさないからな、という意思表示?)
え、怖い。
冬青は柘榴を見つめる。
唇を噛み締めて、何かを飲み込もうとしているかのように。
そんなに?
そんなに私はムカつかせてしまった?
柘榴が無駄に恐怖を覚えていると、障子の向こうから「お嬢様」と芹が呼ぶ声がした。
(ああ、そういえば人払いをしてたっけ)
適度に声をかけてほしい、とお願いしていたのだった。
昨晩みたいに人払いを頼んだ柘榴が意識を失ってしまっては困る。
定期的な確認だ。
もう冬青も目を覚ました。
それに柘榴も魔法を使うことはないだろう。
「入っていいですよ」。
柘榴がそういった瞬間だったーーー
「………柘榴!あなたの顔を見ているとヘドが出るんですよ!」
………………?
何故か急に、冬青が暴言を吐いた。
突然の変化に柘榴はついていけず目を丸くする。
障子を開けたばかりの芹も、驚きのあまり固まっていた。
「ん?冬青兄様?」
「そんな、そんな風に俺のことを今更『兄様』と呼んだところで俺が喜ぶとでも思ってるんですか?」
ふふふ、と冬青が笑う。
???
柘榴は当事者だというのに状況に全くついていけず、ただただ視線をさまよわせる。
言葉だけを聞いていると冬青は柘榴に冷たい態度をとっているが、ぎゅうっと手を握りしめている。
しかもにっこりと笑っていた。
嬉しそうに。
行動と台詞が全く噛み合っていない。
(私の神経がクラッシュするまで暴言を吐き続けるぞ、逃がさないってことかしら……)
柘榴が首を傾げていると、冬青がそっと口を開いた。
頭にクエスチョンマークを浮かべている芹には聞こえないように、そっと。
「ふふふ。柘榴を大嫌いなままというのは、こういう感じで良いですか?」
あ、違う。
大嫌いなふりをしてってやつじゃなくて。
本当に大嫌いなままでいてほしかったんだけど。
柘榴の声は届かぬまま……
「冬青はSっ気に目覚めた」という噂が、数日中にはまことしなやかに四方木家に流れたのだったーーー
第2章はもう少し続きます。




