魔女は死を懇願する ー01ー
「私を殺せるものなら殺してみなさい」
魔女は妖艶に笑いながらいった。
業火にその身を燃やされながら。
十字架に縛り付けられながらも、その血のように真っ赤な目はギラギラと輝いていた。
「私は新たな身体を見つけ、蘇る!
私を殺してみるがいい、愚かな人間達よ!」
高笑いの声が響き渡る。
裁判で彼女を「魔女」だと断定した人達が、「魔女」だと信じていなかった者達が、「魔女」なんてものはいないと嘲笑っていた者達が、観客が、その恐ろしさに震えた。
彼女は嗤う。
彼らの恐怖が手に取るようにわかったから。
けれどこんなものでは終わらせない、そう思った。
彼女が感じた苦痛は、怒りは、痛みは、恐怖は、憎悪は、こんなものではないのだから。
しかしそんな想いも消えていく。
業火に焼かれ、肉体と共に炭と化す。
そしてその日。
ひとりの魔女がこの世界から消えたーーー
「私の実験は成功した……!」
新しい肉体を得た彼女は、炎に焼かれながら響かせていた高笑いを再び響かせた。
ただのヒトでありながら魔女となった彼女は、その肉体を犠牲にして新たなる肉体を得ることに成功した。
そして彼女は嗤う。
いつかここにも人間がやって来て、また彼女のことを裁く日が来るかもしれない。
けれどもう誰にも彼女を殺めることはできない。
遂に秘術は成功した、既に老いを止める秘術も会得している。
そしてもはや、死すら彼女は恐れない。
彼女はすぐさま、新しい肉体の老いを止めた。
新しい肉体に転生の魔法陣を描く。
これで万が一、この肉体が死んだとしても彼女の魂は自動的に転生する。
彼女は生き続ける。
もう彼女を止められるものはない。
ヒトの殺意も、悪意も、憎悪も。
それが自らに注がれたとしても、もはや彼女はそれから逃れる術を知った。
「さぁ私を殺してみるがいい!」
彼女はヒトを超越した。
死を。老いを。肉体を。魂を。ヒトを。
魔女は笑った、高く大きく響き渡らせて。
◯◯◯
「…………殺してみろといったのに、誰ひとりとして来ないというね」
あの高笑いから数百年。
古の魔女は平和な現代に飽き飽きしていた。
老いることのない日々は退屈で、だからといってヒトと関わるわけにもいかない。
彼女はヒトを超越しすぎていた。
老いることがないのだ、それはヒトよりも化け物に近い。
そして彼女は知っていた。
ヒトは化け物を恐れる、理解できないものを排除しようとする。
前の肉体から離れるハメになったことはヒトに近付き過ぎたからだ、と彼女は知っている。
ヒトは愚かで残酷だ。
そして自らが優秀だと勘違いし、自らを守るためならば相手がどんな目にあっても構わないと思ってる。
彼女はただただ退屈していた。
魔女としての知識は満たされ、ヒトと接するわけにもいかず、友もいない。
老いることも死ぬこともできない。
そんな彼女の知的好奇心を満たす唯1つのもの。
それは乙女ゲームだった。
「選択肢を誤りましたね……先ほどのプレゼントはやはりお守りを渡すべきでした」
『血色の淑女』とまで呼ばれ、恐れ慄かれる彼女はいまーーー
現代日本の古民家にて、二次元男子に渡すプレゼントに頭を悩ませている。
これくらいしか楽しむことがないので仕方ない。
「違う、違うんですよ……!主人公さんは完璧でなければなりません!好感度が爆上がりする選択肢以外を選んでも意味がない。最短にて最高の結果を出さなくては!」
そして魔女は主人公絶対至上主義であった。
プレゼントを渡す前の場面に戻ると、彼女は選択を選び直す。
最良の結果を得て、彼女は妖艶に微笑んだ。
炎の中から愚かな者達に向けていたような、ゾッとするようなそれを。
「それにしたって……乙女ゲームの世界とは素晴らしい世界ですね」
彼女は囁く。
既に丸3日ほど寝ていないが、老いることのない彼女には睡眠なんて必要としない。
誰よりも早く新しい乙女ゲームを買い、攻略し、攻略Wik◯を充実させることなど簡単なことなのだ。
「友がいて、恋敵がいて、恋をして……学び、悩み、成長する。もう私にはできないことです」
ゲームの中の世界はキラキラとしていた。
こんな日々は彼女にはもう二度と手に入らない。
魔女だった時は研究に没頭し、恋なんて興味がなかった。
しかし友だっていたし、家族もいて、たくさんのことを学んでいたし「生きて」いた。
老いることを止めてからは友なんていない。
もちろん、家族だって。
恋は何度か繰り返したが、添い遂げることのできない人生でパートナーなんて必要を感じなかった。
「ああ、死にたい」
何故、自動的に転生する魔法をかけたのか。
老いを止める魔法なんてかけたのか。
自殺したって記憶を持ったまま転生するだけだ、何も変わらない。
転生してすぐ死ぬことも考えたが、最後の人生だ悔いなく生きたい。
そう考えると何だかもったいないとすら思えた。
死にたいわけだが、伝説の魔女として最高の死に方をしたい。
「そう考えると次は乙女ゲームの世界がいいですね………この悪役令嬢のように処刑されるなんて最高の死に方です。悪役は華々しく散ってこそ悪役ですからね…………そうだ!」
そのとき、彼女に天啓が走る。
転生して乙女ゲームの中で殺されればいいのだ、と。
悪役令嬢の肉体と運命を乗っ取り、悪逆非道の限りを尽くして処刑されればいい。
乙女ゲームの中に行けば友と共に学ぶことも出来るし、恋を見守ることもできる。
何より素晴らしいのは乙女ゲームの中で死ねるということだ。
これしかない!
彼女はそう思い、秘術を行うための準備を開始した。
これを最後の転生とし、老いを止める魔法は使わず、悪役令嬢として華々しく死ぬ!
嫌われて、憎まれて、自分の死が皆の救いになる。
魔女裁判にかけられた時は嫌で嫌で仕方なかったのに、結局その道を選ぶとは。
しかし今の彼女にとって、それは酷く輝かしい未来に見えた。
最初からこうするべきだったのだ。
いや、最初は納得できなかった。
憎んで憎んで苦しんで。
そしてようやく納得できたのだ。
死ぬべき時がきた。
死にたいと思い、死にたい世界を見つけた!
「待っていてくださいね!
私は確実に死んでみせる!
悪役令嬢として華々しく散ってやりますよ!」
とんでもない決意を抱きながら、彼女は自ら死を選ぶ。
その肉体に刻まれた秘術は、彼女の魂を望みの世界へと運んでいく。
新しい命に生まれ変わるための一時的な深い眠りを受け入れ、彼女は意識を手放したーーー
そしてこの世界から
古の魔女は新しい世界は旅立ったーーー
悪役令嬢として死ぬという決意を抱いて。
◯◯◯
と、いう前世を彼女は今しがた思い出した。
彼女は転生していた、望んでいた世界に。望んでいた肉体に。望んでいた人生に。
「ここが化物学園の世界ですね!」
鏡の前の自分を見て、彼女は拳を作る。
こうして魔女は転生した。
悪役令嬢として。
できるだけ毎日更新したいです。
よろしくお願いします。