奉仕とカネと神様と
その後夕方までに五箇所の神社を回った。
どこも同じように荒れて閑古鳥が鳴いている神社ばかり。
そして計ったようにネガティブ思念の集合体である猫の群が現れてその都度ピトが軽くあしらって、を繰り返した。
ルーティンのようにピトが軽々とこなすので最後あたりはピトがバトルしている脇で僕らは掃除と作業を続けた。
「あーあ。疲れたのー」
「ほんとねー」
エイジーたち老人4人は文句を言いながらも久しぶりの労働で心地よい乳酸のたまり具合のようだ。
老人たちが存外にまともに作業をしてくれてほっとしたのかようやくセヨがいつもの調子を取り戻した。
「なんだこの猫は。ずっとユウリにばっかりくっついて」
「猫ですらセヨのリスクを察知してるんだ」
「なんだとヒロオ。大体ウチの若々しい肉体よりも年老いたユウリになつくとはどういう了見だ」
「セヨ様、ピトはそういう男性心理でユウリちゃんにくっついているんではありませんわ」
「ミツキ様。では恐れながらどういう心理ですか」
「ほら、セヨ様。ユウリちゃんの脚をご覧になってください」
セヨだけでなく周囲にいる全員がユウリの脚に注目する。
「普段から節制してトレーニングも積んでおられるのでしょう。アスリートの脚ですわ。カモシカのよう、と言えばよろしいでしょうか」
ユウリはキュロットの下から見えているハムストリングスからふくらはぎ、そして足首にかけての全体を、手で隠そうとする。
「うーん。確かに。まあ、ケンカ狂いののピトはウチの女性らしい美脚よりもユウリの単に機能的な道具としての脚が好きということだな」
「道具としての脚なんて、なんかいやらしい言い方すんなよ」
「ヒロオ、どこがいやらしいんだ。大体ヒロオみたいに陸上部でもないくせにどうしてユウリはランニングで節制までしてるんだ」
「それは・・・」
ユウリはそう呟いて下から目線で僕の顔を見上げる。
僕とユウリと2人して顔を赤くしてしまった。
「このバカップルが」
「まあまあセヨ様。あ、宮司様が来られましたよ」
出発地点の神社に戻り、宮司様がニコニコ顔で僕らを出迎えてくれた。
「皆さん、お疲れ様でした。本当によい奉仕をなさった。どの神社の神様もお喜びでしょう」
「それより、その、報酬をくださらんか」
エイジーがあまりにもストレートに言う側からミツキさんが大慌てで遮る。
「エイジー様、お金はわたしからお渡ししますわ」
「え、どういうことかね?」
老人たちだけでなく、僕たちもミツキさんの言っている意味が分からなかった。質問の前にミツキさんが僕ら一人一人に封筒を渡してくれる。
「皆さまお疲れ様でございました。少ないですがこれはほんの気持ちです」
「なんでミツキさんが」
僕が訊くとミツキさんではなく宮司さまが代わりに答えた。
「本来神社の掃除やら補修やらは氏子さんや地域の方々の純粋な無償の奉仕なのです。ですが今日行っていただいた神社はどこもそういう人たちがいない。かと言って皆さんにタダ働きしていただく訳にもいかない。だからミツキさんが貴方達にお金を払って雇ったという形にするわけです。いわばミツキさんが五箇所の神社に寄進したわけですな」
聞きながらエイジーが無作法に封筒を開けて言った。
「おお、こんなにたくさん。あんたの家は金持ちだもんなあ」
「いい加減になさい!」
宮司さまが鋭い声でピシャりと言い、全員無意識のうちに気をつけになった。
「そのお金は全てミツキさんがメイド喫茶で稼いだお給料ですぞ! それにミツキさんの家も資産にあぐらをかいた家ではありません。原宿のど真ん中で固定資産税やらさまざまな負担で大変な中、どれだけこの神社にも寄進なさっておられるか」
「よろしいんです、宮司さま」
「しかし・・・」
「どういう理由であろうとも皆さんが神様に奉仕されたということがとても素晴らしいとわたしは思います。皆さん、今日は本当にありがとうございました」
全員、脱帽。
老人4人共小さくなってしまった。
セヨはより一層キラキラした目でミツキさんを見ている。
見るだけじゃなくてミツキさんの行動の一つでも真似して実行して欲しいんだが。
「それにしてもピトはユウリさんになついておりますなあ」
そう宮司さまに言われてユウリはまんざらでもない。そして、宮司さまが思わぬことを言い出した。
「もしよろしければしばらくピトを預かっていただけませんかな?」
「え?」
僕とユウリが同時に疑問符を発した。
「実はああやって色んな神社の邪悪な思念を退治しとるもんですからこの神社にもピトをつけ狙う輩どもがやって来るようになりましてな。私たちが知らない夜中にもほぼ不眠不休で追い払ってくれていたようなんですよ」
「まあ!」
「へえ」
前者がユウリの反応。後者が僕の反応。
「最近はそういう輩の来襲も落ち着いています。ピトの体を休めるためにも神社という職場を離れてユウリさんに預かってもらえれば本当に助かるのですが」
「いいんですか⁈」
「ダメでしょ⁈」
またもやユウリと僕の反応が食い違う。
「ちょっとヒロオ。なんでそんなこと言うの?」
「いや、だってさ、学生寮だよ? 猫なんて無理でしょ?」
僕とユウリのやりとりにセヨが割って入ってくる。
「ヒロオ、大丈夫だ。猫以下のあの先輩共が巣食ってるぐらいだから。ピトの方がよっぽどマシだろう」
ニヤニヤとユウリに加担する。
そうだった。
セヨは僕が嫌がることが大好きなのだ。
「ヒロオ、ダメ?」
ユウリが極めて珍しい女の子演出の顔をして僕に迫る。
「にゃあ」
あれ?
「にゃあ、にゃあ」
更にピトが目を細めて僕に向かって鳴く。
「おや、珍しい、ピトがこんなに続けて鳴くなんて」
宮司さまにそう言われると、僕もなんだかまんざらでもない気になりそうになる。
ぶるんぶるんと心の中で頭を振ってみたけれども、ピトは今度、僕の足元に来て脛のあたりに体を擦り付ける。
「ヒロオさんを世帯主と認めているのでしょう。いかがですか。ご迷惑なことは重々承知ですが」
宮司さまにここまで言われたらしょうがない。
「・・・はい。あんな汚い寮でよければ」
「ありがと、ヒロオ!」
思わず僕の手をきゅっと握って喜ぶユウリ。
でも、ほんとに大丈夫だろうか?