マッド・キャット・スクランブル
社殿の裏へ回ったと思ったらすぐにユウリが全速力で駆け戻ってきた。
そしてその後ろには。
「ギナャー!」
と、文字表現不能な鳴き声というか怒鳴り声をあげる猫の集団が猛スピードで駆けてくる。パッと見20匹ぐらい。
「ヒロオ、逃げて!」
普段あらゆる物事に動揺しないユウリが顔面蒼白の切迫感のある表情でしかも今までの最高速度更新と思われるスピードで駆けてきて、僕らも思わず工具や箒を手に持ったまま鳥居の方へ駆け出した。
「ひー」
と、エイジーたちも駆ける。余程栄養や休養が足りているのだろう。全員後期高齢者とは思えない健脚だ。
けれどもそれも納得がいく。
20匹の猫という猫が、「狂猫」とでも呼べそうな禍々しい目つきで、しかもサバンナあたりの猛獣と見間違えるほどに体が大きい。その上俊敏だ。
「あ、ミツキさん!」
1人だけ逃げずに箒を下段に構えて迎撃態勢のミツキさん。
けれども箒を振り上げることなく、静かにこう言った。
「ピト、おやりなさい」
ミツキさんがそう言った途端、20匹の悪猫たちから逃げているかに見えたピトが、ぴしっ、と反転して立ち止まった。
狂猫たちに向き直る。
見比べるとピトの白い躯体がいかにスレンダーで小柄かということが際立った。ピトはおそらく若猫ではあるのだろう。
「ピト!」
「ユウリさん、大丈夫です」
「でも!」
「ピトに任せましょう」
ミツキさんの言葉に押しとどめられてユウリはピトを見守る。僕らも思わず逃げるのをやめて対峙する猫たちを俯瞰する。
「?」
僕は自分の感覚を一瞬疑った。
猛獣のような猫の群と向き合っているピト。猫の感情など分からないけれどもその布陣でもって20匹の群の方が警戒度が高いように思えた。
翻ってピトは。
「あれ?」
「あ」
「おお?」
居並ぶ僕ら人間どもが全員同感した。
「ピト、笑ったよね。今?」
ユウリが全員の共通認識を確認するための発言をすると僕の背筋がぞっとした。
猫が笑う。
アニメやら漫画では当たり前の描写だけれども、白い毛並みの実在している猫が、牙を一本だけ口元から覗かせるような極めてクールな笑みを間違いなく浮かべたというその現実が、ぞわぞわと僕の背筋からつま先あたりへの悪寒を否応無く感じさせる。
化け猫?
ピトへの評価が今この瞬間に変わった。