ピト・ザ・キャット
神社で結婚式の送迎に使っているというバンにみんなで乗り込んだ。
運転席に座ったのは・・・・
「ミツキさん、車の運転できるんですか?」
「ふふ。ヒロオさん、奉仕を職とするならば運転できるに越したことはございませんよ」
どちらかというと運転手付きの車に乗っているイメージだったので意外だった。
見送りの宮司さまが何やら白いスレンダーな物体をユウリに手渡した。
「宮司さま、この猫は?」
「神社に集まるのはプラスパワーだけではありません。ネガティブなマイナスパワーを置いて行く参拝者の方も居られます。この猫はマイナスパワーを相殺する力を持っているのです」
「本当ですか?」
「はい。信じられないかもしれませんが本当です。雄猫です。名前はピトと言います」
「ピト?」
「いつも私に頭をピトっとくっつけてきますので」
宮司さまがお茶目でこれも意外だった。
ユウリはピトを膝の上に乗せて顎を撫でる。目を細めゴロゴロと喉を鳴らしている。
「いやー、俺らのために有名な神社を巡ってくれるとは」
「違いますわよ」
エイジーの言葉を軽く否定してミツキさんはハンドルを右に切った。
「とても畏れ多い言い方ですけれども、閑古鳥が鳴いている神様のところを中心に回ります」
僕は気付いていた。
後部座席のその後ろに作業着やら軍手やらが積まれているのを。どう考えたって観光目的ではない。
いや、そもそも神社を観光場所であるかのように扱うことがどうなのかなという気がして来た。ミツキさんが続けて話す。
「仕方のないことかもしれませんけれども、多くの人たちは有名な、ご利益があるとされる神社ばかり参拝しておられますわ。こんな言葉をご存知ございませんか。『神は人の敬により威を増し、人は神の徳により運を添う』」
チカ、チカ、とウインカーを点滅させ、ハンドルの奥にあるグリーンのランプがミツキさんの目に反射する。
「わたしたちが神様を敬えば必ずお応えくださるのに、名を知られない神様のことをほったらかしにしているのですわ」
スローイン・ファストアウトのお手本のように、ミツキさんはぐっ、とスムーズな加速を実現し、東京の郊外の方面へ車を向けた。