奉仕の本質って
「ミツキさん、どこに行くんですか?」
「神社ですわ」
原宿在住のリアルお嬢様に引率されて僕らはぞろぞろと裏通りの小さな神社にやって来た。
「宮司さま、ご無沙汰いたしております」
「おお? ミツキさんかね。貴女が高3の時以来か・・・メイドカフェはどうですかな?」
「はい。おかげさまで『奉仕』の勉強を日々させていただいております」
「うんうん。それは何よりです。草野先生はお元気ですかな?」
「それが・・・亡くなりました。ちょうど去年のことです。心筋梗塞で」
「え⁈ そうでしたか、お若いのに。本当に立派な先生でしたね」
「はい。わたしの進路は草野先生のおかげで開けたのですわ・・・」
東大合格率9割超えの女子校の名門、『ショクトク学園』出身のミツキさん。草野先生は高3の時の恩師だ。『奉仕の精神を若い内に身につけたい』という進路志望を出していたミツキさんのために骨を折り、`お客様への奉仕`であるメイドカフェ『チェリッシュ』の正社員枠と、`神さまへの奉仕`であるこの小さな神社の巫女という選択肢を用意してくれた。結果的にミツキさんはメイドの道を選んだ。
「草野先生は『奉仕』が尊い行いであることを理解しておられた。そして、学校の進学実績というものに囚われずに貴女の進路を真剣に考えておられた・・・ところで、その方達は?」
「実は宮司さまにお願いがあるのでございます」
宮司さまとミツキさんが立ち話している間も4人のじいちゃんばあちゃん達は落ち着きなくわやわやと喋っている。
セヨが嘆いた。
「ヒロオ。実はウチが家出をしたほんとうの理由はこのじいちゃんばあちゃんたちなのだ」
「え? どういうことだよ?」
「シックスポケットという言葉を知っているか」
「ああ・・・父母と父方母方の祖父母と合わせて6人。全員が孫に何かにつけて物を買ってやったりするんで、財布が6個あるって意味だろ」
「そうだ。まあお父さんとお母さんは教育費って形でウチに投資してるから2ポケットだ。だが、残りの4つがな・・・」
「なんだ。じいちゃんばあちゃんはセヨにお金出してくれるんじゃないのか」
「その逆だ。『お金が出て行く』ポケットなのだよ」
「?」
「4人全員がとんでもない浪費家なのだ」
まあ、そんな感じはする。
そういえばセヨは無遠慮で他人の迷惑を全く考えないとんでもないヤツだけれども金銭感覚だけはまともかもしれない。
「4人とも年金は全部自分たちのことに使ってた。お父さんとお母さんは長男長女の組み合わせでな。4人まとめて面倒見てるんだ」
「もしかして、同居してるのか?」
「うん。じいちゃんばあちゃん4人ともウチらと同居だ」
「そりゃすごいな」
「地域でやってたカルチャースクールがきっかけでこの4人共バンド活動に入れ込んでな。生活費を一切家に入れずに年金を全部つぎ込んで。それでもお父さんお母さんは特に文句は言わなかった。ところが・・・」
ハハハ、とけたたましく笑っている4人をちらっと見てセヨは続けた。
「ウチのお母さんのカードを勝手に使ってキャッシングしてたのだ。4人全員グルで」
「あららら」
「さすがにこれにはお父さんも激怒してな。じいちゃんばあちゃんを叱りつけようとしたのだが・・・返り討ちに遭った」
「どうして」
「子供の頃からの食費がどうとか学費がどうとか、やたら詳細なデータを持ち出して『お前に今までいくら使ったと思ってるんだ』とか言い出してな。お父さんもお母さんも借りて来た猫みたいにさせられてしまった」
「そうか・・・」
「お母さんも爪に火を灯すようにしてウチの学費をやりくりしてるのにじいちゃんばあちゃんにこんなことされてイライラの極致だったのだろう。前々から家を出たいと思ってたのだ。成績が落ちて叱られたのはきっかけに過ぎん。ウチはその夜家を出た。行き先はミツキ様のところと出る瞬間に決めていた」
「・・・僕らには迷惑な話だ。けど、セヨも大変なんだな。あんなじいちゃんばあちゃんたちで」
宮司さまとミツキさんは話が終わったようだ。2人してこちらに歩いてきた。
ミツキさんが言った。
「行きますわよ」
一言そう言った言葉にエイジーが訊き返す。
「行く? どこへ」
にこっ、とミツキさんが笑った。
「神社巡りですわ」