グラムロック・ジー・バー
僕は二度見どころか三度見、四度見した。
中二病の現役JC 2ndであるセヨの祖父母だからそこまで高齢ではないだろうと思ってはいたけれども、年齢が全くわからない。
というか、そもそも素顔が分からない。
「えー、ウチのじいちゃんとばあちゃんたちです・・・」
JR原宿駅徒歩5分という破格立地のミツキさんの家なのに、まるでフルマラソンを走り切ったかのような疲労度でセヨが4人を連れてきた。そのまま自己紹介が始まる。
①「エイジーです」
②「リッツンです」
③「ツッチートです」
④「ヒカルイーです」
どうやら①が父方の祖父、②が父方の祖母、③が母方の祖父、④が母方の祖母ということらしい。
全員、細身だ。
この世代にしては背も高い方だろう。
と思ってよく見たら靴が普通の靴ではなかった。
「あの・・・オシャレですわね、その靴」
「ああ・・・ロンドンブーツのことかい」
エイジーがミツキさんの振りに答える。
彼らは全員かかとの高い靴を履いている。僕はこの靴の呼称を今まで知らなかった。
「それに、そのパンツやジャケットもセンスがいいですわ」
「おー、アンタ見識があるな。金持ちだろ?」
「普通ですわ」
ミツキさんは彼らの虹色の配色だったりスパンコールだったりを多用した服装を無難に褒めている・・・のだろう、多分。だが、本当に聞きづらいことは適任者が訊いてくれた。
「なんで化粧してるんですか〜?」
長谷ちゃんが天然のノリで言葉を発する。
「グラムロックを知らんのか、君は」
ツッチートがそう言うとミツキさんが長谷ちゃんに耳打ちする。
「1960年代にイギリスから起こったロックムーブメントのことですわ」
「へ〜そうなんだ〜。でもわたしが訊きたいのはそういうことじゃないよ〜」
長谷ちゃんがもう一度ツッチートに向かって質問する。
「普通のおじいちゃんたちなのに〜何でそんな変わった格好わざわざしてるんですか〜?」
4人全員の形相が急変した。
「普通だと⁈」
リッツンが長谷ちゃんに詰め寄る。
「私たちは普通じゃないわ! どこがどう普通なのよ!」
他の3人も続く。
「俺らは普通じゃない!」
「そうよ、私たちは普通じゃないのよ!」
「アンタみたいな『ザ・普通』に言われたくないわい!」
どうやら自分たちが『特別』な存在であるということを嫌でも認識させたいらしい。彼らがスペシャルな人間かどうかは置いておいて、長谷ちゃんを『ザ・普通』と言い切る感性はたしかに普通じゃない。ハセちゃんもとうとう疲れてしまったようだ。
「え〜。じゃあいいです〜」
セヨにも申し訳ないという感情が1ミリほどはあったのだろう。自ら解説した。
「じいちゃんたちはこの4人でバンドを組んでいるのだ」
「バンド?」
「そうだ。それで東京にオーディションに来たのだ」
「はあ?」
僕は思わずそう漏らしてから後悔した。僕に彼らから集中砲火が浴びせられた。
「『はあ?』とはなんだ! 俺らは本気だ!」
「そうよ、アンタなんかよりよほどパッションあるわよ!」
ファッションの上でのグラムロックはまあ多分この人たちを見た通りなんだろう。
けれどもこの人たちの性根は多分グラムロックではない。音楽のことを全く知らない僕でも本能で分かる。
・・・・・・・・
とにかく遠路はるばるには間違いないのだからと、ミツキさんは彼らを丁重にもてなした。
「お嬢様、そろそろ皆さまにティーロワイヤルをお淹れしたらいかがですか?」
「そうですわね・・・あら?」
「どうされました、お嬢様」
「ブランデーがありませんわ」
もよさんとミツキさんのやりとりをぼんやり聞きながらじいちゃんたちを見るとはしゃぎがエスカレートしてどんちゃん騒ぎになっている。
「あ、エイジーさん、それは・・・」
ユウリが声をかけた方を見ると、紅茶が
ほんの少しだけ入ったティーカップにエイジーがドボドボとブランデーを注いでいる。
「ん? このブランデー飲んじゃいけなかったかね? もう、ボトルほとんど空けちまったよ」
ミツキさんが静かな笑顔でエイジーに歩み寄る。
「ブランデーは角砂糖に沁ませて火をつけ、香りを楽しむためのものだったんです」
「そうか、すまんね。全部飲んじゃった」
「いえ、構いませんわ。最初に説明しなかったわたしの落ち度ですわ」
「お、さすが金持ち、心が広いねー」
「普通ですわ」
「アンタをハイソな人と見込んでお願いがあるんだが」
「何でしょう?」
「俺らのバンドのスポンサーになってもらえんかね」
「スポンサーでございますか?」
「ああ。オーディションは今月末なんだが練習のためのスタジオを借りるお金が足りなくてね」
「年金は楽器や衣装を揃えるのに全部使っちゃったのよー」
「俺らのバンドはファッションも演奏もクールだし、何よりこの年齢が話題性あるから絶対ウケるよ」
普段から姿勢のいいミツキさんの背筋がより一層、ピン、となっている。
僕には分かる。
ほぼ怒ることが無いミツキさんだけれども。
今の彼女は怒っている。
「どうかね。いい投資話だと思って」
「お断りいたします」
「あらら。そこをなんとか」
ミツキさんは4人全員の目を見据えた。
「働かざる者 弾くべからず、ですわ」