鎖と黒
僕は匍匐前進のようにして輪の中に潜り込んだ。ユウリも、すみません!と大声を出して入り込む。
たっ、と立ち上がると3メートルほど前方にいる黒豹のガフッ・ガフッという唸り声が耳に入ってくる。
怖い。
取り囲んでいるギャラリーのほとんどが若い女の子だ。
ということは、東京ドームで開催されるアイドル事務所総出のコンサートに来た子たちなんだろう。
目の前の黒豹をそこまで怖がる様子がないのはこれがコンサートのプレイベントだと勘違いしているからだろうか。
「それは、クロですか?」
ユウリが男に聞く。
「もちろん」
「どうして豹に」
「これは豹ではありませんよ。『クロ』という動物です」
艶のある黒い体に半開きの赤い口腔がひときわ目立つ。牙は一見しただけで鋭利さが伝わってくる。
「あなたは誰なんですか?」
「その白猫に祓われた者共の代表ですよ。私の名前はケンコと言うんですがね。九州から乗り継ぎ乗り継ぎで先月ようやく白猫の元に辿り着いた次第です。さあ、ようやく積年の恨みを晴らす時がきました」
「積年、て・・・」
「このクロが払われたのは300年前ですがね。わたしの秘術によってこうして復活したのです」
こんなにべらべらとしゃべっているのにギャラリーの女の子たちはまだ危険を察知していない。トドメのようにケンコは言った。
「この場所を選んだのはその女の子たちを人質にできるからですよ。いくら白猫の戦闘能力が高くても、すべての人間に傷をつけずにクロを倒しきることは不可能です」
「何で300年も前のことを今更」
僕が問いかけると、ケンコはにやっと笑う。
「スカッとしたいんですよ」
そう言ってじゃらっ、と鎖を解いた。
「あんたら、逃げろ! 殺されるぞ!」
僕の大声と、チン、チン、とコンクリートの上に落ちる鎖の音を聞いてようやく冗談や余興でないと気付いたようだ。女の子たちは悲鳴を上げて一斉に駆け出した。
「ふ。クロ、存分にやって来い」
全く音を立てず、吠えもせずにクロは飛ぶ。ピト目掛けてではなく、女の子たちの方に向かって。
どうやらピトがどうすれば戦いにくいかを計算しているようだ。
体の大きさが違いすぎる。
ピトはクロの顔面への攻撃しか有効打が見出せないようで、まずは目を狙うしかないようだ。
クロはピトが顔面に張り付いた瞬間にそのまま逃げる女の子たちの塊に突進する。
ピトはクロへの直接ダメージではなく突進の方向を逸らすことに注力せざるを得ない。
瞬発的なやりとりのように思えたけれども、高速のままの持久戦にもつれ込んで来ている。この状況から安全を確保するには、ピトがクロを抑える以外になさそうだ。
僕はケンコに向かって突進する。
「はは。君は自分が人間だという自覚はないのかな?」
鎖をムチのように僕の鼻先に振るう。
僕は後ずさりした。
「ふふ。その白猫の他は役立たずばかりですね。人間ごときが」




