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カフェインの無いコーヒー

元々分かっていたことではあったけれども、ピトは先輩方よりはるかに紳士だった。


「オカモ先輩〜、ピトはちゃんとトイレの順番守るんですよ〜」

「・・・だから何だ」

「それから〜、部屋に上がる時、ちゃんとマットで足も拭きますし〜」

「当然だろう、猫なんだから」

「それに〜、ご飯もがっつかずに食べて〜、やたらと鳴きませんし〜、それから〜」

「ええい、もういい! 居候なんだから当たり前だろうが!」

「そうだぞ長谷ハセ。それが居候の嗜みってもんだぞ」

「セヨちゃんは〜、言う資格無いと思うんだよね〜」

「でもピトは実際賢いよね。怖いぐらい」


そう。

ユウリが言う通り、怖いぐらいというか僕ははっきりとピトが怖い。


猫ながら自分よりもはるか上のクラスの存在のような気がするのだ。

そして、僕ら人間のことを見透かしてるんじゃないかと。


「ヒロオ、今日バイトの時間は?」

「えーと、早番だからお昼には上がり」

「そっか。じゃあ、ちょっと付き合ってくれない」

「ユウリ、どっか行くの?」

「うん。同伴喫茶」

「はあ?」

「うっわ、前時代的」


ユウリの発言にもびっくりだけど、オカモ先輩。あんた何歳なんだよ!


・・・・・・・・


僕とユウリはレースのカーテンがかかった窓辺の席でブレンドを飲む。

これで第三者がいなければデートなんだけけれども。


「あ、今ピトのこと『部外者』とか思ったでしょ」

「思ってない思ってない」


まあ、50歩100歩の単語だけど・・・


「ヒロオー。どっちかって言うとここじゃピトが主役なんだからー」


同伴って言っても猫と飼い主が同伴できる喫茶店だった。きょうびはペットの方が厚遇される世の中のようだ。


「ピトは当然ミルクだよね」

「へへー、甘いねヒロオ」

「え、違うの?」

「ここでは猫も人間も区別ないんだよ。ほら」

「おお⁈」


専用のクッションでくつろぐピトの前に店員さんが運んできたのはボウルの形状をした陶器の器に入った黒い液体。


「まさか、コーヒー?」

「そう。まあ、カフェインは入ってなくって香りだけコーヒーの猫用ブレンドだよ」

「ひえー。しかも湯気が立ってるし。ピトは猫舌じゃないのかな?」

「猫は猫舌だよ。これは低温でも湯気が立つように特殊加工された猫用のコーヒーカップ。雰囲気が大事でしょ、カフェでは」

「うーん。まあ、アランとは違うよねえ」


ここは巣鴨と白山の中間あたりにある猫同伴カフェ、『キャット・イン・ザ・ダーク』。


周りのテーブルのお客さんたちは圧倒的に女性が多い。まあ、あまり若いお客はいない。連れている猫も優雅で、価格的にも高いんだろうなと一目でわかる。


「あらあら、かわいい白猫ちゃんね。名前は?」

「ピト、って言います」


ユウリに話しかけてきた女性は年の頃60過ぎくらいか。ウォーキングでもするのだろうか、スポーツウェアにシューズも本格的なのを履き、グレーの縞模様が入った美形の猫を胸に抱いている。


「うちのサラちゃんと同い年ぐらいかしらね」

「いえ、ピトの方がかなり年上だと思いますよ」

「あら。何歳?」

「多分ひゃく・・・」

「ふ・・ふふふふ。この間まで仔猫だったんですよー」

「あら、そうよね。見た目若猫ですもんね。彼氏さん? 彼女ちゃんの猫のことぐらいきちんと知っておかないと振られちゃうわよ」

「はは・・・」


女性が店を出て行った後、ユウリが僕にクレームをつける。


「なに『100歳超えてます』とか言おうとしてるのよ!」

「あ・・・分かった?」

「分かるわよ。ヒロオはどうしてピトに不利になることばかり言ったりやったりしようとするの⁈」

「え・・・他に何かそんなことあったっけ?」

「具体的にはいちいち指摘できないけど、雰囲気でヒロオがピトを警戒してるのが伝わってくるのよ。ピトは猫ができてるから聞き流してるけどもうやめてあげてね」

「ごめん」

「それよりヒロオ、さっきの聞いた?」

「え? 何を?」

「『彼氏さん』だって。ヒロオ否定しなかったよね」

「あ、あの猫、すごいシャープ」


僕は話を逸らそうとカウンターに男性と一緒に座っている黒猫の方を見る。


「ピト?」


気のせいだろうか。


ピトとその黒猫が睨み合っているように見えるけど。


「これは利発そうな白猫さんだ」


男性が席を立ち、黒猫を抱いてこっちに歩いてくる。

彼は驚くほど長身だった。


そして、その黒猫も、


「にぃ〜」


と僕らのテーブルのクッションにとっ、と乗って背伸びをすると驚くほど体長が長かった。長い分ピトよりもスレンダーに見える。


「ピトって言うんですね」

「え、どうしてそれを・・・」

「いやいや。さっきのご婦人とのお話が聴こえてしまいまして。すみませんねえ」


彼はぐーっと背伸びしている黒猫のその背を撫でる。


「うちの猫はねえ、『クロ』って言うんですよ。分かりやすいでしょう」

「はあ・・・」


『クロ』は飼い主に差し出された手を羽のような軽さで上り、彼の肩に乗っかった。


「では、私はお先に失礼します。またお会いできるといいですね」


出口に向かって歩き出す。


「ヒロオ、あの人なんか変だよ」

「え、どこが?」

「だってさっき、『うちの猫』なんて言ってさ」

「どこが変なの?」

「普通、『うちの子』とか言うでしょ」


いや、そっちの方が変だと思うけど。


「なんだろ、ヤな感じ」


なんとなく僕もユウリも飼い主の肩越しにこっちを見ている黒の顔に視線を集める。


「あれ⁈」

「えっ⁈」


ドアを開けて出ようとしているクロの顔に僕とユウリが同時に反応した。


「ユウリ、見た?」

「うん・・・見た・・・」


クロも、笑った。

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