リョウサイとガールズバンド
とうとう寮祭の日がやって来た。
一応祝日で先輩方の授業もない。もっとも平日でも長谷ちゃん以外の先輩方は授業や就職活動に出かけている様子もない。
そして残念なことに。
僕とユウリのバイトも今日は休みだ。
「ほらー、もっと笑えー!」
オカモ先輩がなぜか先陣を切って芸を披露する。
単独でのコントだ。
バンドのライブを明日に控えたドラマーが練習を全くしていないことに焦り、夏休みの宿題をしていなかった学生のようにああどうしようというところで目が醒めるという意味不明のシチュエーションのコント。
誰も笑わない。
寮の住人が笑わないというだけではない。
僕ら寮生の集団の前を通り過ぎていく通行人たち全員が白い目や奇異の目、恐れおののくような表情で通り過ぎていく。
そう。
ここは寮ではないのだ。
池袋のサンシャインシティにある階段公園のど真ん中。
「花見じゃあるまいし・・・」
僕はできるだけ通行人から顔が見えないように俯き加減でミルクティーを飲んでいた。
「おいしいですわね」
寮祭の宴会費すら捻出できない先輩方の代わりに僕とユウリがバイトのお金で酒饅頭やらみたらし団子やら豆大福やら駄菓子やらを買い込んできた。
その惨状をユウリから伝え聞いたミツキさんがハイティーのお茶セットを持参してきてくれたのだ。
「しかし、大学生の寮祭で一切アルコールがないというのも珍しいな。みんな甘党だし」
セヨが世間慣れしたかのような言い方をするので僕は吐き捨てた。
「全員、子供なんだよ」
オカモ先輩が池袋の温暖化緩和に貢献した後、でかい声で叫んだ。
「おい、次はヒロオたちだぞ!」
とうとう来た。
僕はやる気なし。
ユウリはやや楽しそう。
長谷ちゃんは普通に楽しそう。
セヨは異常に楽しそう。
「エア・バンド、『見世物委員』です〜。みなさん聴いてください〜」
長谷ちゃんは通行人にも聞こえる大きな声で余興バンドの紹介をする。
通行人がびくっ、としながら立ち止まる。
けれども、通行人は決して不快な顔をしていない。
僕ら4人全員、ガールズ・パンクバンドのいでたちだからだ。
長谷ちゃんは普段通りの髪ボサボサでPILのTシャツに破れたブルージーン、黒のブーツ。そして箒を抱えたギター・ヴォーカルとしてセンターに立つ。
ユウリはくしゃっとしたワイシャツにブラックタイをぶら下げブラックジーン、黒のスニーカー。そして短い髪をワックスでツンとさせ、熊手を抱えたベースとしてレフトに立つ。
セヨは見たことのないアニメの女の子の大判プリントTシャツに白のひざ下までのパンツ、これまたブランド不明の赤いスニーカー。そしてモップを持ってギターとしてライトに立つ。
そして、バックの丸椅子に座る僕。
スティックを持ったエア・ドラマーなんだけれどもコスチュームが。
髪はユウリと同じ感じ。
UK国旗デザインのTシャツ、ブラックジーン。
白のデッキシューズ。
それから、グリーンのカラーコンタクトと淡いピンクのルージュ。マスカラ。
「そうしないと女子に見えないでしょ」
と、ユウリがやってくれた。
「では〜、『ゆうパイプ』という曲やります〜。イエ〜」
スマホのブルートゥーススピーカーから曲が流れる。ROCHAIKA-sexが、勝手に使ってもいいよと言ってデータをくれたインストゥルメンタルだ。
詩は長谷ちゃんが適当に考えた。
・・・
街は暮れない、お金もくれない、
くれない〜、くれない〜、
ぼくらの未来は開けないままの〜
詰まった状態 ゆうパイプ〜
・・・
やってる僕らも意味がわからない。
長谷ちゃんの普段の語調で歌うとパンクというよりグランジだ。
なのにやたらと滑舌がよい。
お客さんも歌詞がはっきりと聞き取れる。
だから、ちょっとかわいいかも、って思って立ち止まってくれたお客さんたちもみな、ドン引きしている。
・・・
明るい未来、『あ、軽い未来』、
つれない〜、つれない〜、
苦しいぼくらのぎりぎり日々の〜、
苦悶の状況 ゆうパイプ〜
・・・
ああ。
今すぐ脱退したい。