沈み込む世界
僕は暗く沈む道をずっと下りつづけていた。長い長いその小道はどこまでも続いているように思えたけれども、緩やかな傾斜がほぼ0度になった時にT字路だったということに気づいた。右へ行くか左へ行くかということは特に意識せずに右に折れた。やがて見えてきた灯りは車のライトにかき消されて自然と音に溶け込んで行く。雨が降っているのにそれすら忘れて僕は歩き続けた。少し行くと高架橋にかかる。遠くからやがてたどり着くであろう目的地を視認するためにやや背伸びがちに姿勢を保ち、顎も上に向けてより角度の高い視点から前方を見遣るようにした。夕暮れ時で雨のせいでほぼ夜のような風景になっているその国道を進む。足がだんだんと疲れてきた。風にはなりきらない冷たい空気の塊が右頬をすり抜けて行く。予感もなにもなかった。それは、ただ、僕の側面を打った。
ガン!
当然だけれども音は聞こえない。ただ体がそういう擬音を感じただけだ。
攻撃なのか、斥候なのか、痛みよりも不快感が右半身を覆った。
ガキン!
もう一撃。
どうやら反撃をするか避けるかするかした方がよさそうだ。僕は前者を選んだ。
手順に特にセオリーがある訳ではない。右からの攻撃に対して両手に握り込んでいた石の左手の方のを体を捻って投げるのが自然な動きだったからだ。左利きではないけれども、とにかく反撃の意志を示すことが肝要だろうと思って石を放った。
ひゅっ、と弱々しく飛んで行った石の行方を暗がりの中、眼球だけを動かして追視する。何かモノにぶつかった感触は空気からは感じられず、そのまま地べたに落下しただけのようだ。自分自身も効果を期待していなかったので今度は避ける方の動作を行った。
ダッ。
歩いていたところを走り出したので太腿の裏あたりに鈍い痛みが走った。痛みはこの状況においてはあまり意味のない感覚なので気にせずに走った。目には見えないけれども背後に重量感が迫っているのが伝わってくる。多分1トンあるくらい。スピードを上げようと思うけれども足元がよく見えないので転ばない程度にキープして距離を稼ぐ方向に自分自身の中では決まった。
振り返ることはできないけれどもその重量感の形態がなんとなく想像できた。多分岩のような形。なのに表面はつるんとしているだろうことが触らずとも分かる。なんなのだろうこの状態は。分析する間も惜しんで僕は走らざるを得なかった。肺が苦しい。もう随分動きを止めずにいたつもりだったけれども、ようやく高架橋を走りきった所だと分かると愕然としてしまう。
大事なことを忘れていた。
僕の後方2メートルぐらいにユウリが走っているはずなのだ。
「ユウリ!」
・・・・叫ぶと同時に目を開けると僕はうつ伏せになって窒息しそうになっていた。
そしてさっきの1トンクラスの重量感が僕の背骨をぎぎっと軋ませている。
意味が分からなかった。
セヨがうつ伏せの僕の背中に仰向けになって大寝息をふしゅふしゅとしている。
「ええい、アホか!」
僕はまるでボロ布団をひっぺがすような躊躇のない動作でこの小娘をゴロンゴロンと三回横転させた。