心の鬼
8月15日
【午前10時00分】
殺された女子高生、姫川瑠衣の叔父は探偵を雇い直接会っていた。喫茶店で事情を話しながら、叔父は探偵の前で涙を見せながら語った。理不尽にも命を奪われた姪の事を。
探偵の女性は仕事を受けた。犯人を見つけ次第、叔父に連絡すると。
「ありがとう……ございます……」
叔父は深々と頭を下げながら探偵を見送った。
これで犯人が見つかれば復讐できる。瑠衣を殺した犯人を自分の手で殺す。
この世に生まれてきた事を後悔する程、無残な殺し方をしてやる、と叔父の心に鬼が住み始めた。
【16時00分】
金森香苗は高校に居る間、震えが止まらなかった。心配した同級生が保健室へと連れて行こうとしたが、香苗は拒否した。一人になるのが怖かった。教室の中ならば40人の目がある、そっちのほうがまだマシだと。
しかし下校の時間となり、香苗は頻繁に周りを見回しながら歩く。
いつもなら何も考えず歩く通学路。その道がまるでオバケ屋敷のような感覚だった。
瑠衣と男子生徒3人を殺した犯人は間違いなくこの街に潜伏しているのだ。
どこからその犯人が飛び出してくるか分からない。まさにオバケ屋敷だ。
次は自分が狙われるかもしれない。いや、間違いなく狙われる。
香苗は震えながら帰宅する。無事家が見えると安心し、家の鍵を出して開錠しようとする。
その時、ふと思いだした。瑠衣の部屋で拾った鍵、南京錠の鍵らしきものを。
しかし香苗は憔悴しきっていた。男子生徒3人も殺され自分に何が出来ると。
「あんなもの……すてちゃおう……」
もう関わらないほうがいい、瑠衣を殺した犯人は憎い、でもそれで自分が襲われたら……と思うと足が竦む。
香苗は自宅の中に入り鍵を内側から掛け、自分の部屋へ向かった。
机の引き出しをあけると、そこに昨日拾った鍵が入れてあった。
「瑠衣……ごめん……」
手掛りになるかもしれない。しかし香苗にはもう、殺人犯を調べる勇気も体力も無かった。
香苗は南京錠の鍵を持ち、スカートのポケットに入れた。
どこか用水路にでも流してしまおうと、香苗は玄関を開け外へ出た。
「すみません」
その時、声を掛けられた。50台くらいの男性だった。
「このあたりに……裏野ハイツというアパートはありませんか?」
香苗は思わず震える。そのアパートは自分の友達が殺された場所だと……
「知っていますが……」
「本当ですか? 迷ってしまって……あの、宜しければ案内してもらえないでしょうか」
香苗は2度と行きたくないと思っていた。
男に首を振りながら逃げるように家へ再び駆けこむ。しかし……
ガン!
後頭部に衝撃、そのまま目の前が暗くなった。
【22時00分】
「んっ……んぅ……」
香苗は頭を押さえながら目を覚ます。何者かに殴られ気絶させられた。
しかし香苗は、その前後の記憶が飛んでいた。そして疑問に思う。
ピチャ、と床が濡れている。そして視界には何も映らない。真っ暗な暗闇。
香苗はゆっくり立ち上がる。そして手を伸ばして周りを確認しながら歩きだすが
壁……壁……壁……
どの方向に進んでも壁に突き当たる。香苗は恐怖で泣きそうになる。
「な、なにこれ……なんで……どこ? ここ……どこ?!」
香苗は何処かに閉じ込められていた。壁は鉄と思われ、叩くと音が響く。香苗は必死に叩きながら助けを呼ぶが、その時……
天井に丸い穴が開く。蓋が開けられたように……そこから覗く人の顔……男だった。
「だれ……だれ?! 助けて! ここから出して……!」
香苗は天井の穴に見える男の顔を見ながら叫んだ。しかし何の返答もない。
「なんなの?! ここはどこよ!」
男は答えない、その代りにとバルブを開ける音がする。
すると、香苗が閉じ込められている狭い空間に水が投入される。
「え?! ちょ、ちょっと! なんのつもりよ!! やめてよ!!」
香苗は叫ぶ、だが男はゆっくりと蓋を締めていく。
「まって!! やめて! 締めないで!! 水とめて!!」
叫んでも泣いても、男は蓋を締める。そして水は投入され続け、香苗の腰辺りまで溜まり始めている。
「噓……噓……やだ……助けて……助けて!!」
香苗は必死に壁を叩く。叫びながら……
『香苗』
声がした。香苗は上を見ながら辺りに耳を澄ませる。もしかしたら誰かが助けにきてくれたのかもしれない、と。
『香苗』
まただ、と香苗は声の主に助けを求めようとするが……
「香苗」
今度は真後ろ、香苗は後ろを振り向く。そこには健二が無表情で立っていた。
しかし健二はもうこの世には居ない。今朝担任から聞いたばかりだった。
「香苗」
香苗の名前を連呼する健二。ゆっくり香苗に手を伸ばしてくる。
「健二……? な、なんで……いや……いやぁ……なによ……なんなのよ!」
後退しながら逃げる香苗。しかし背中に何かがぶつかる。それは壁ではない。
香苗は恐る恐る後ろを確認する。そこに、あの3人組でもマトモそうな男が立っていた。
香苗を睨みつけるように立っている。
「な、なんで……私じゃない……私……何も……はっ……ぁ……」
水がどんどん顔へと迫ってくる。このままでは溺死する。手足をバタつかせ、香苗は浮こうとするが……
「香苗ちゃーん……」
後ろから腰を掴まれ、3人組の中でも一番チャラそうな男に水へ引き込まれる。
「いや………! んっ……っぷ……やめ……はなし……!」
必死に手足を動かす、しかし沈む。他の二人も香苗の手足を抑えるように掴む
(止めて……助けて……! 誰か……誰か……)
ゆっくりと、香苗の動きが鈍くなっていく。
(助けて……たすけ……)
口を開け、水を飲む。
溺れる
走馬灯が走る。瑠衣との思い出、家族の顔、学校での出来事
17年間の思い出が頭をよぎる
ゆっくりと、目の前が暗くなっていく。
『香苗!』
(ぁ、瑠衣の声だ……瑠衣……今……そっちに行くよ……)
突如、香苗が閉じ込められているタンクらしき物が倒れる。
轟音と共にタンクは転がり、ちょうど真っ二つに切断されていた。
「香苗!」
(瑠衣……? 瑠衣……そこに居るの……?)
「大丈夫デスカ? 意識はあるみたいですガ……水飲んでまマスネ。ルイサン、私の携帯で救急車呼んでクダサイ」
(誰……? 瑠衣……?)
「も、もしもし?! えっと……○○町の、役所の……」
「もう大丈夫デス、水吐きましょうネ」
香苗は横向きに寝かされると、背中を強打される。
水を吐きながら咳き込む香苗、朦朧とする意識の中で、殺されたはずの高校生、姫川瑠衣の姿を見た。