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4.

 と思ったら、翌日あの子たちが現れて、みんなしっかり座って並んでいて、嬉しそうだったから、七紫とその向こうに座っている藤丸様を見た。

 七紫の前には、箱が置いてある。

「女の子には手芸、刺繍を、それに男の子には竹笛とお歌を教えて差し上げます」

 箱は一つには裁縫道具が入っていた。横には綺麗な布地と綿、数珠、古くなった手拭い、刺繍糸などがたたみ置かれている。もう一つの箱を開けると、竹で出来た笛が何本か入っていた。

 男の子達がよろこんで笛を取ろうとしたが、七紫に制されてまた座った。

「いいかしら? まずは、お習い事をする場合、挨拶が大切です」

「先生、よろしくお願いいたしまする」

 子供たちがみんなそろって、膝の前に手を当てて頭を下げたので、アリスは驚いてそれにならった。

「Marls」

「喋ったわ! 有栖が!」

 声を上げ、七紫が穏やかに静かにさせた。

「まず、道具を分けますから、それぞれ手にとって見てみてください」

「はい!」

 これからここにしばらく住まわせて、アリスの存在をぼやかせる事にもなるので、教えることはしっかりと教えていくつもりでもあった。アリスがどこから来たか未だ分からないが、もしもこれから将来ここにいるとしても、手に職がなければ困る。子供たちも嗜みになるし、場合によっては彼等の生活の足しになるのだから。

 これはお屋敷での格好だ、と言うことで、海苔坊、きい坊、おちよにも頭にお面を斜めや後頭部に付けさせていた。海苔坊には般若。きい坊にはひょっとこ。おちよにはおかめのお面だった。きい坊はお面が気に入ってアリスのように顔につけている。アリスは、般若のお面を見たのは始めてなので、怖くてその後頭部のお面をずっと横目で見ていた。チェシャ猫も初めは目をびかっとさせてそれを填めて現れた海苔坊を見たものだ。

 おちよは橙色と黒の縦縞の着物に紅に紫で鎖模様の帯を締めていて、梅の柄染めの足袋をはいている。首からは綿が入った辛子色の巻物を巻いていたが、今は座敷なので外して向こうに畳んで置いてあった。海苔坊は青に緑の小さい模様が入った着物を黒い帯でしばっていて、焦げ茶色で綿の入った羽織を着ている。きい坊は背が小さくて、生成に黒で松紋様の着物と深い緑の袴姿だ。おちよは庶民の子だが、海苔坊ときい坊はそれぞれ、煎餅問屋と盆栽屋の子供だった。きい坊は紀一という名前なのだが。

 しばらくお世話になるということで、海苔坊の親御さんからはお礼にとお煎餅をいただいていた。なので、子供たちの休憩時にお茶とともに出してあげるつもりだ。

 ありすとおちよには、まずはお手玉を作らせるつもりだ。慣れたら、刺繍やそれに金魚の人形だってつくらせることが出来る。ちょっと難しくなってくるのだが。

 アリスは、下着がつくれる! と思った。しかし、綺麗な布はもったいなくって使えない。よく使われて柔らかい布を手に取る。それはしっかりした手拭いで、それも綺麗な染め物で、面白い柄だった。いろいろな所で白いこういった布の、もっと薄いものを見たけれど、それをどうに三枚ぐらいもらえないだろうか。自分で井戸で洗って、あの建物の二階に干そう。

 パンツがこんなに重要なものだなんて、思いも寄らなかった。

 チェシャ猫は喋れるが、七紫の前以外では喋らないようにしているので、向こうでごろごろ毛繕いしている。時々消えたり現れたりしているが、ここは不思議の国ではないからか、完全に消えることが無かった。尻尾が見えたり、耳が見えたり、目がレモンの用に見えたりしている。それも誰もが見ていない時なので、知られていなかった。

「竹の音が出ませぬ先生!」

 きい坊が声を上げた。


 アリスが夜、蔵から出て厠に向かっていた。

 眠くて、目をこすりながら燭台を持って歩いている。まっくらい庭は植物の香りがして、ほうほうと何かが鳴いている。アリスだけが蔵にいて、ほかの三人は座敷に寝ていた。厠に来ると燭台を置いて、まだ慣れなくてもたもたしながらようやく済ませると、厠を出て、眠いので黙々と歩いてぼうっとしていた。

 だが、方向を間違えていた。

 燭台を持ちながら回廊を歩いていたが、ふと見回して、首を傾げて見回した。どうも違う。左右は障子の壁に囲まれていた。お裁縫をした所に似ている廊下の気がする。アリスは狐のお面のまま、首を傾げた。そのお面の顔を蝋燭がぼうっと照らしている。暗がりに浮き上がっていて、不安げだった。

 アリスが障子を開けてみると、誰もいない。みんながどこに寝ているかも分からないのだ。彼女は何かを見つけ、まるで吸い寄せられるように歩いていた。

 それは床の間に飾られた飾り刀だった。装飾性を重視された日本刀で、どこをとっても素晴らしい。アリスにはまだそれが何かが分からないので、燭台を自分の横に置いて、その綺麗な棒を持ち上げた。重くて驚いた。しかも、すうーっと、音も立てずにいきなり鞘がはずれて行って鏡が現れたのでアリスは驚いて落としそうになって台にガタンと置かれ、尻餅をついて目をぱちくりさせた。

 鏡では無い。刃物だった。蝋燭に光って鏡に見えたのだった。自分があまりにも危険なものに触ったのだと分かって、慎重に鞘に刃を納めた。西洋剣も重いけれど、これは比にならないほど重くて恐ろしい物に思えた。分厚いしぎらぎら光っていた。

「危ない。怪我なんかしなくて良かったわ」

 アリスは急いで蝋燭を持って、すぐに出て行った。

 妖しげな光りを発したあの剣、ちょっと心に染み入るかのように姿が揺れた。

 そういえば、男の人が町で黒い棒を腰に下げて歩いていた。長いキュロットを履いた男の人だったけれど、あれだったのだ。剣。しかも、さっきの部屋に飾られていたものとは比にならない長さの。もしかして、騎士だったのだろうか? 警察だったのだろうか? 見かけたら近づいて頼っていいのか、悪いのか、分からなかった。

 その時、その刀の鏡面に映ったものがいたことを、アリスは知らない。それは不思議の国の物だった。白い動物がふっと現れては消えた。それも、あのチェシャ猫のように。それも、鋭い顔をした妖しげな白い動物だ。その目撃例は聞いていて、何者なのか、チェシャ猫の親戚なのか、不思議の国でたちどころに広まっていった。最近現れないチェシャ猫も、探しているアリスも見つからないまま、それがお面でアリス本人がかぶっているのだと知られたら大変だ。

「さっきのようなので、短剣があったらいいのに。敵が来たら時、丸腰じゃ危ないわ。」


次回に続きます

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