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悔恨Ⅲ


 人造島(アヴァロン)は、多数の階層から成り立っている。


 島の中央、超一流融社の高層ビルが連なる核層(コア)から順に、央真層(センター)内周層(インナー)外周層(アウター)境界層(マージナル)、そして最岸層(リム)、延べ6つの区域が、土星の環のように順番で層を成している。

 中央から遠ざかるほど住民の生活レベルは落ちる。

 クロムが向かう先である境界層(マージナル)は、最岸層を除けば島内で最も外側に位置する区層であり、最も貧しい区層であった。

 貧しさは、人を追い詰める。追い詰められた人は、犯罪へと走る。

 だから境界層(マージナル)では治安維持という名目の下、融社による監視が非常に厳しいものとなっている。生活に必要な物資やインフラも完全に掌握されており、住民が融社に逆らって生きることは不可能だった。

 島内に占める面積も大きく、人口も最大を誇る。

 ――人造島(アヴァロン)というヒエラルキーにおいて、最も広く、かつ最も低い地位を占める場所。

 それが境界層(マージナル)だった。


 クロムが立ち寄った店は、そんな境界層(マージナル)最岸層(リム)が隣接する地帯にあった。

 この店は表向き、中古品を取り扱うジャンクショップとなっている。

 だがその裏には、最岸層(リム)から流れてくる盗品を扱う故買屋としての顔があった。

 こんな場所に店を構えているのもそのためで、客層は境界層(マージナル)の住民より、むしろ最岸層(リム)のならず者のほうが多くを占めている。


 最岸層(リム)から境界層(マージナル)に入り、目当ての店の前まで来たときには、すでに太陽が天頂から滑り降りはじめる時刻になっていた。

 錆びついて立て付けの悪くなった玄関を開けて中に入り、店主の姿を探す。

 クロムたちのラボなど比較にならないほどジャンクだらけの店内。その最奥、申し訳程度に設えられたカウンターに、立て肘をついて合成煙草(ミクスモーク)をふかしている中年男の姿があった。


「いらっしゃい。……お。こりゃまた久しく見ない顔が現れたもんだ」


 紫煙で喉をさんざん燻し尽くされたようなしゃがれ声がクロムを出迎えた。

 クロムは目顔で答えると、あらゆる角度から邪魔してくるジャンクをかいくぐってカウンターの前まで進んだ。


「また何か入用かい。買い取りで来たようには見えねえが」


「新しい銃を造りたくなってね。モデルとなる重火器があれば売ってほしい。できれば一式で」


「なんだい。おたくさん、またあんな妙ちきりんな形の銃を造ろうってのかい」


 最初にルシールのボディを造り上げたとき、必要なパーツを調達したのがこの店だった。

 それ以外にも弾薬の補充やメンテナンス用具の仕入れなどで折に触れ利用している。

 今やこの老け顔の店主とクロムはすっかり顔なじみとなっている。「久しい顔」、と呼ばれたのは、一か月前に起きた騒動からずっと、この店に立ち寄っていなかったためだ。


「妙ちきりんで結構だ。で、あるのか、ないのか」


「ないわけじゃねえさ。だが、ちっとばかし値が張るぜ」


 店主はボサボサの髪をガシガシと掻きながら言った。フケが盛大に飛び散る。


「構わない。金ならある」


「だろうな。ウチには多くの流れ者が来るが、あんたは特に金払いがいい。……待ってておくんな。最良の品を持ってくる」


「そんなこと言って、吹っかけるなよな」


 店主は意味ありげに笑いながら振り返ると、ひらひらと手を振りながら背後のドアから奥の倉庫へと消えていった。

 しばらくして、


 ――ブツを裏口から外に運び出すから、おたくさんもいったん外に出て来てくれんか!


 と、くぐもった叫び声が聞こえてきた。

 クロムは肩をすくめる。


『のらくらしてて、つかみどころのない人よね』


 懐でルシールが呟いた。


「確かに。だが信用はできる」


『そう? 誰かさんみたいに、お金のことにすっごくこだわりそうなタイプに見えるけど』


「結構じゃないか。金勘定でしか動かない人間は、まっとうな対価さえ払っていれば裏切ることはない。義理だとか友情だとか、そんなあやふやなもので動くような人種よりよっぽどマシだ」


『ドライな話ねえ……』


 クロムは店主の言葉に従い、元来た入り口から店の外へ出て行った。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 店の裏手は日陰で目立たない場所だった。


「これが最良の品か?」


「そうだ」


 陰気くさいとしか言いようのない場所。

 そこに置かれていたのは、一丁の連射銃だ。

 クロムが以前購入したのと全く同じタイプだった。


「前に買ったのと同じじゃないか……」


「そうだったっけ? まあ、でも最良の品であることは間違いないぞ。とある融社からの流出品だ。品質はあんたが一番よく知ってるはずだ」


「…………」


 せっかく新しくルシールのボディを造るのだから、前よりもグレードアップしたものを、という思いがクロムの中にはあった。しかし、その期待も儚く潰えようとしている。

 どのみち、調達先はこの店ぐらいしかない。他に選択肢はないのだった。


「不満げだな」


 店主が言う。


「なら、こうしよう。ちょっと待っててくれや」


 店主は再び倉庫の中へと消えていった。


「客をよく待たせる店だな、ここは」


 クロムは肩をすくめ、店主の後ろ姿を見送った。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「これでどうだい」


 店主が運んできたのは、もう一丁の連射銃だった。

 すでにクロムが提示されたものと全く同じタイプだ。

 つまり、今ここには同型の連射銃が二丁あることになる。


「同じものをふたつ買えというのか……」


 クロムは呆れ混じりに言った。


「近頃、融社が軍備面に力を入れ始めたようでな。武器を増産しているらしい。だから、こういう流出品の仕入れも頻繁になってるのさ。同型の銃が二つ入ったのもそういう理由からだ」


 店主の話をどうでもよさげに聞き流しながら、クロムは考えていた。同じものをふたつ買っても仕方がない。

 いずれラボに持ち帰って自前で改造するにしても、これでは使い道が……。


「ん。やっぱりお気に召さないか」


「……いや。二つとももらおう」


 クロムの頭の中にある妙案が浮かんだ。「これは面白いかもしれない」という思いが、クロムに購入の決断をさせる。


「まいど。じゃあさっそく決済だ。分割払いはお断り。一括でな」


 店主がうなじに手を当てる。クロムも自らのうなじに手を当て、埋殖器(レセプラ)から発せられる通信波を介し、相手から提示された額面分の電子貨幣(マネー)を店主の元へ届ける。

 金額は莫大だった。境界層(マージナル)で働く人間が一生かかって稼ぎだす収入から、さらにケタを二つほど上乗せした金額が、ほんの一瞬で取引される。

 決済はすぐに終了した。


「これをあんたひとりで持ち帰るのは骨だろ。アフターサービスだ。あんたが指定する場所に配達しといてやるよ。それだけの金はもらっているからな」


「よろしく頼む」


「買う方だけじゃなくて、なにか金目のものが手に入ったらウチまで見せにきてくれよ。良い値で買い取るぜ」


 二丁の連射銃を片付けながら、店主はさらに話を続けた。


「そういやさっき、『融社が軍備に力を入れ始めた』って言ったろ」


「ああ」


「それ、なんでだか知ってるかい」


「……いや」


 クロムは片眉を吊り上げた。この一か月、ニケルスとの戦いで負った傷なり損害なりを修復するので手一杯であり、島内を取り巻く状況――特に内周層(インナー)以内の情勢に関する情報を仕入れる暇がなかった。

 最岸層(リム)のならず者たちが絶えず出入りするこの店は、融社が公にしたがらない情報が集まりやすい場所でもある。ただでさえ喋り好きな店主が切り盛りしているぶん、そういった裏情報の仕入れ先としても価値があり、そのような意味からもクロムはこの店を利用していた。


「どうも最近、融社の拘置施設が謎の集団に襲撃されているらしいんだ。施設に拘束されている人間の脱獄を手引きして、次々と自分たちの仲間に加えていってるらしい。融社が軍備に力を入れ出したのは、拘置施設の警備を強化して、そいつらを叩き潰すためだって、もっぱらの噂だ」


「…………」


「島のウチガワが騒がしくなっている。今までになかったような状況になってきてるみたいだ。まあ、面白いことになりそうな予感がするな」


 そういうと、店主は合成煙草(ミクスモーク)を取り出して火を点けて一服してから、店の中に消えていった。

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