19 土の魔法使い
私は彼に心当たりなどなかった。そもそも、こんな変なのを使う奴なんて……。
土の塊から放されたかと思うと、次は男の腕の中にいた。
「忘れたとは言わせない」
「本当に分からない……誰なんだ、お前は」
「分からないのか、ソフィア……ソフィア=グランマド」
どうやら勘違いをしているらしい。目も虚ろで、どこを見ているのか分からない。
「やっと君に会えた……離さないよ……」
気分が悪い。こんなのに強く抱きしめられてもうれしくない。
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「ロドノスに化けた男がソフィアを? 」
「あなた、基本的に敬語なしなのね……」
「ええ、まあ。魔法使いとしてはそれなりに優秀だから、下がたくさんいるの」
「へえ」
私は古代魔法使いの一覧表を見る。もちろん、リサテアには覗かれないように。(古代魔法は秘匿しなければならない。)
「あー、ソフィアは別人に間違えられたのでは? 」
「え? 」
「ソフィア=グランマドっていう魔法使いがいたの。その婚約者がアグリスター」
「その、アグリスターがソフィアを? 」
「でも、おかしいの。アグリスターは魔法使いの素質はゼロだと婚約者からも認められるぐらいだったらしいし……」
「魔法使いになるのって難しいの? 」
「まあ、魔術師より難しいと思うよ。一番お偉い方に認められて初めて魔法使いと名乗れるのだから。しかも、認められるには厳しい条件だらけで、平均27歳で取得できるわ」
「うわ……じゃあ、このソフィアの婚約者以外? 」
「そうね。この時代は申請漏れもあったらしいから、この婚約者にないものを得ようとしたバカもいたかもしれない」
アグリスターは可哀想な男だったと師匠は言っていた。
婚約するまでに7年もかかったのに、アグリスターの魔法使いとしての素質がゼロだとグランマドはある日知る。その後、近づくな、とグランマドは言いはなった。そのため、事実上ふられたことになるのだが、グランマドはアグリスターを愛していたらしい。先ほどのも魔法を使えない男が側にいれば死ぬぞという意味だとか。冷血な魔法使いが唯一愛した男──。ここまで聞けばそこまで可哀想とは思えない。
しかし、ソフィア=グランマドは学院時代から高嶺の花だった故に、婚約者が離れると告白されることも増えた。しかも、アグリスターとは違い、立派な魔法使い。もちろん、彼女の両親はアグリスターなんかより勧めた。アグリスターは彼女と逃げようとしたが、可哀想なことに、一人だけ捕まった。ソフィアが行方不明になったのはこの後だ。
──もちろん、こんなにベラベラ喋れば師匠に殺されかねない。
「じゃあ、誰なのか分かる? 」
「……分からないの。師匠からも聞いたことないし」
「困ったわね……」
師匠曰く、当時の学院の生徒一覧を見れればすぐ分かることらしい。しかし、大火事で全て燃えてしまい何も残っていない。
「資料とかないの? 」
「火事で燃えたの」
「……どこにいるのかも分からないから手分けして捜さないと」
「それじゃあ、私はハナと一緒にいるわ。あなたたちはそれぞれ動いて」
「……ハナを任せていいの? 」
「もちろん。ハナの中の人格は危険だから」
「……それじゃあ、こうしましょう。危険だと感じたらこの糸を引っ張って。もしくはソフィアが見つかったら。もし私が見つけても糸が動くから」
「糸使い、か……」
本当にいるものなんだ、と私は思った。つぶやきは聞こえておらず、もう歩き出していた。